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Fゲーム  作者: 塚波ヒロシ
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第10章 たぶん、風

第10章 たぶん、風


「きれい……」

 ミュートが思わず口にした一言は、泥まみれで競争している鉄の怪物の腹の中では、おおよそ似つかわしくない感嘆の言葉だった。

 ダグの予測通り、レッドブルは500メートルほどの差で3位でバトルゾーンに突入した。

 その瞬間、今まで開けていた草原の中の光景とは打って変わって、突然桜並木が出現した。

 車が4台ほど並走できる広めの一本道の両脇に一定間隔で満開の桜の木が植えられていて、それが地平線の先まで続いている。

 ただでさえカーブの少なそうな一本道が続いているため、桜の花を雪のように降らせている光景は、僕の視線を地平の先にまで吸い込んでゆくようだ。

 体のを置き去りにして、心がずっと先に飛んでゆく様な感覚に、一瞬意識がどこかに行ってしまいそうになるのを首を振って元に戻す。

 ミュートが言った様に綺麗には違いないんだけど、なんか催眠効果でもあるんじゃないかと思ってしまう。緊張感を取り戻さないと飲み込まれてしまいそうで少し怖いな……。

 フロントガラスに顔が映り込むほどミュートが近づいていて、その顔は口をあんぐり開けていていつもより幼く見えた。やばい、これはこれで可愛いので思わず見つめたくなる。

「ミュート、レースに意識しろよ」

 自分に言い聞かせる意味もありミュートに注意をすると、彼女はバツの悪そうな顔で振り向き、フロントガラスに情報を出し始めた。

 2位とに差は400メートルを切ろうとしていた。そのすぐ前に1位が走っている。いわゆるスリップストリームに2位が入っている様子だ。

 ただ、何かがおかしい……。

 違和感の正体はダグが教えてくれた。

「2位のあいつ、攻撃しないのか?」

 そうだ!もうとっくにバトルゾーンに入っているんだった!

 確か2位のマシーンにはボンネットの先端にマシンガンが仕込まれていて、あの距離ならば確実に射程に入っているのに。

「ロム、近づきましょうよ。油断はしないでね」

 ミュートも違和感に気づいたらしく、小さな画面を出して何やら調べつつ僕に指示を出す。

 ロングストレートに入っているので、僕はアクセルを踏み込み、2位のマシーンの右後方200メートルを目掛けてレッドブルを加速させた。

 トップを走るスーパードラゴンが砂と桜の花の飛沫を跳ね上げながら疾走する。バギータイプなので全てのタイヤがボディーから外にはみ出している。跳ね上げられた砂はダイレクトに後方へ飛んでゆくため、すぐ後ろにいる2位のマシーンはワイパーを全力で振り続けている。

 2位の黒いマシーンは、その砂の浴びて既に白い車に変色していた。

 フロントノーズが長く、万年筆のペン先のようなシルエットの車体は緩やかに波打っていて、力強くて加えて優雅な曲線のデザインだが、こうも砂まみれになるとそれも半減してしまう。

 僕が2位の右後方につけると同時に、ミュートがワイプで2位のフロントノーズを映し出す。

 半分白くなった車体の中央部あたりがせり上がり、その装甲の下から短い砲身が2本並んで出てくる。真正面のスーパードラゴンの背部に照準を捉えた砲身はドドドドッと甲高い発射音と共に前後に激しく震え、それが終わると白い蒸気を細くたなびかせた。

 カメラはスーパードラゴンの背部も捉えていたが、全く変化がない。いや、正しく言うのならば銃弾が当たったであろう箇所が緑色のライトで照らした様に何回か一瞬点滅をした。それ以外全く何も変化は無かった。そう、銃弾による穴もダメージも何も無かった。

「ピンポイントバリアーだわ……」

 ミュートが振り向かず呟く。

 ピンポイントバリアー。恒常的に展開し続けるバリアーシールドではなく、攻撃された一瞬のみ、その攻撃箇所だけを一点だけ守る小型バリアーの一種で、基地施設や大きな艦艇の様な大きな動力設備を必要としない、1人乗りのマシーンに搭載できる防御兵装だ。

 確か元々はスーパーロボットの一台、ワルキューレに搭載されていた技術だったはずだけど、展開する座標とタイミングの算出が難しく、アイズの協力無しには扱いに難儀する代物だと、いつかの雑誌で読んだことがある。まさかそんな物にお目に掛かるとは思わなかった!

 僕が驚きにも近い興味の視線を左前方に送ると、スーパードラゴンが一気に加速をした。

 ウウウウ……という機械的な重低音とジャジャジャと砂地を激しく引っ掻く乾いた音を伴いながら、純白の車体が一気に遠ざかる。

 僕も一瞬遅れはしたが、残りの距離でリードを広げられる訳にはいかない。残りの2台と同じように加速して……?

 おかしい!2位の黒いマシーンが突然左右にジタバタ首を振ったかと思うと急減速し、あれよと言う間に僕の真左をすり抜けて後方に流れ落ちて行ってしまった!まるで急にバックしたかのように後方にすっ飛んでゆく。桜に花びらと砂煙が細い糸状に連なり、スーパードラゴンの後部と2位の車のフロントを繋ぐワイヤーのようだ。それがどんどん長くなってゆき、ついにはそれが焼き切れた様に細かく散り散りになる。

 2位だった黒いマシーンはついに僕の視界か消えてしまった。バックミラーで確認したが、どうやらスピンしたらしく濛々と砂煙をあげて停止してしまったようだ!

「ミュート、何が起きたんだ?」

「わ……分かんないわ!解析するから」

「1分で頼めるか?」

「40秒で支度するわ!」

 何故かお婆ちゃんの様なしゃがれた声で返答するミュートに違和感を覚えつつも無視をすることにした。正直今は時間が惜しい。

 ブツブツと独り言を言う解析中のミュートを放っておいて、僕はレッドブルをスーパードラゴンの真後ろにピッタリつけた。

 そこで初めて僕は別の違和感に気づいた。

 ハンドルが凄く重く、スピードが全然乗らないのだ。スリップストリームの位置に入りはずなのに、なんだこの抵抗感は!レッドブルに異常が発生しているんじゃないか?

 思わずダグに通信をするが、レッドブルのステータスに異常は見られないとの事だ。

「こっちでもミカと俺が解析している!ヤバいと感じたら離れろよ!ここでリタイアなんて勿体無いぞ!」

 ダグが早口で僕に捲し立てる。ミュートも独り言が大きくなってきていて、そんな状況下の僕の焦りを一層掻き立てる。あーもう!そもそもミュートの言っている「飛行戦艦を呼び寄せた」ってのは何のことなんだ?


 約束の40秒キッカリにミュートとダグが異口同音に答えを出した。

「たぶん、風のせいだ」

 ……え?何それ。気のせいなの?

 無言で惚ける僕にミュートが説明を続ける。

「強力なダウンフォースがかかったのよ」

「つまり、気流の流れってこと?」

「そう。コレを見て!」

 ミュートがフロントガラスの右寄りに少し大きめのワイプを出す。そこにはスーパドラゴンを右側から写した画像と、車体の前から後ろに綺麗に整列したいくつもの矢印が映し出されていた。

「さっきの加速の時、スーパードラゴン本体に変形が見られたんだが……」

 ダグが実際のカメラ映像をワイプの上に重ねて表示すると、確かにスーパドラゴンのボディー後部、変わった形のウイングと思っていた部分が鱗の様に何箇所も盛り上がっているのが確認できた。

「ここで空気の流れを変化させたみたい」

 右から写した画像の整列した矢印が、先程の綺麗な整列とは違い、スーパードラゴンのすぐ真後ろで急降下していた。そこでまるで広がる花びらの前後に下にと矢印は広がっている。

「コレってつまり……」

「後続の車のフロントノーズを見えない空気の巨大な塊で叩きつけてコントロールを不能にし、スーパードラゴン本体に追い風を与えて加速させる効果があるって事だ!」

「しかも真上からの画像も見ると……」

 ミュートが画像を真上からのものに切り替えると、スーパードラゴンが切り裂いている矢印は後続車の左右からとんでもない量で左右を挟み撃ちしている。

「左右にも逃げ場がないみたい……」

「何てこった!もう真後ろに着いちゃったんだけど!」

「ごめん、もうちょっと早く気付いていれば……」

 僕の悲鳴を聞いて、ミュートがシュンとし小さな身体をさらに小さくした。

「ご、ごめん!責めた訳じゃないんだ。不用意に近付いた僕が甘かった……」

「……とにかくもう距離も時間もない。タダでさえフロントノーズが広いレッドブルにもう一回アレをヤられたらタダじゃ済まないぞ!」

「了解だ!何か手を考えよう!奴だって常勝じゃないんだろう?何か手があるはずだ!」

 僕は珍しくダグとミュートに檄を飛ばす。せっかくここまで来たのに何もせずに2位のままでゴールは嫌だ!父さんや母さんにこの車でトップでゴールする所を見せてあげたいんだ!そして何より自分自身の負け犬人生に終止符を打ちたいんだ!

 2人の了解をきき、僕は強風に吹き飛ばされないように更にハンドルを握る手に力を込める。

 眼前のスーパードラゴンが掻き分け吹き飛ばす桜の花びらが、まるで残りの時間のように瞬時に僕の視界の後方に押し流されてゆく。残りの距離をみると、もうすでに3キロも残っていない。

 メットインナーの生温い湿り気が今になって気持ち悪く感じて来た。まるでナイフを突きつけられた様な感覚だ。いつあの空気の大砲を打ちかまされられるかと思うとドンドン呼吸が荒くなり、汗が吹き出してくる。目の前の桜吹雪はこんなにも幻想的なのに、今の僕は死神に捉えられた子供の様だ。何も打つ手だないんじゃないか……?

 吹き付ける桜吹雪の激しさとは逆にミュートとダグは静かに沈黙している。データこそいじっているが、ミュートは同じ画面とにらめっこしていて未だ打開策を出す事はできない様だ。

 僕の目線から見ると、ミュートが桜のシャワーの中でゆっくりと外に手を振っている様に見える。まるで桜のシャワーに押しつぶされない様に必死に掻き分けている様で、なんかちょっと可愛いな。

 傘でもさせれば良いんじゃないかなぁ……なんてぼやーっと別の事を考えてしまっていた。

 あ、そっか。レッドブルには一発だけロケット弾を積んでいたんだっけ。それで桜吹雪を散らしたらミュートが押しつぶされる事もないかも……。

 ……ん?なんか今、妙な考えが浮かんだ様な……

 僕は何気なくコースレイアウトに目をやった。

 残りは2キロ。ゴール手前にちょっとしたジャンプがあり、ゴールする車が空中でゴールテープを切る演出なっている。

 ……なんか僕の思考の中でパズルのピースが少しだけ組み合わされる感覚があった。あと使っていない機能はブーストとマシンガン……。

 僕はミュートにゆっくりと呼びかけた。

「ミュート、ちょっと計算して欲しいんだけど……」


「こちらでも計算しました!この手ならいける可能性があります!」

 ミカがダグのように早口で回答する。

「というか、コレしか手が無いわ!」

 ミカが桜吹雪のシャワーの中で僕に振り返り叫ぶ。

「武装の発射は私に任せて。ロムはブーストと車の操作に専念なさい!」

「ロム!カウントダウンはこっちで出す!一回こっきり、失敗したら2位どころかクラッシュでリタイアになるからな!」

「全部了解、覚悟はしてるよ!」

「よーし!ドラゴン狩りを始めるぞ!」

 ダグの号令と同時にフロントガラスに残り時間17秒が映し出された。僕の本当のデビュー戦が始まるまでの2年と17秒がもうすぐ終わろうとしていた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

ちょうど折り返し当たりになりますが、楽しんで

頂きましたか?

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またメッセージなども受け付けております。

今後ともよろしくお願いします。

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