はじまりはいつも雨
第1章 はじまりはいつも雨
「ゴール!やはり今回のレースもポールトゥーウィンで決めてきたのはシルバーナイト ワットだー!」
車内スピーカーから歓声と共にアナウンサーの大声が反響する。あぁ耳障りだこと!僕は音声入力でスピーカーを切り、目の前のコース集中する。
フロントガラス越しに見えるのは、雨のダートコースを水飛沫を跳ね上げながら尻を振る真っ赤な小型車。確かミニクーパーとかって言う車だったっけ。
そいつがチワワみたいに尻をふりふりコーナーを攻略してゆく。その度に少しずつ僕との距離が離れてゆく。ダートコースだと僕の駆る黒のフェアレディよりも軽いミニクーパーの方が有利なんだろう。
こちとら必死にチワワよりも良いラインを取ってるつもりだがいかんせん立ち上がりで出遅れる。明らかにマシンパワーでも負けているらしい。せいぜい差が開かない様にするのがやっとだ。チクショウ!僕にもっと技術があれば!
「ロム!後は最後の直線だけだぞ。抜かせなくても良いけど、クラッシュだけはやめてくれよ!」
ピットのダグがいつもの甲高い声で僕に指示を出す。またも12台中11位がほぼほぼ決定したわけだ。
「お疲れ様でした、ロム。」
「ありがとう、ミカ」
僕はタオルを受け取り、ピットのベンチにドスンと腰を下ろす。渡してくれたのはウチのチームの紅一点、ミカだ。彼女は雑用からメカマンまでこなす我がチームの母親的存在だ。魅力的でチャーミングな彼女はその服よかな胸や腰をブカブカの白いダウンコートに覆い隠している。すっごく可愛いんだが、残念なことにダグの彼女でもある。
「お疲れさん。まぁなんだ、一応タイムは縮まってるぞ。順位はいつものブービーだけどな」
コイツはチームのリーダー、タクミ。僕らはダグって呼んでいる。我らがチーム「ブレイバー」のチーフメカマンで司令塔だ。僕とはスクールの同級生で幼馴染。それこそ毎日のように会っている。僕よりもガタイが良く色黒で、健康と腕力を絵に描いたような男だ。しかもスクールではモテモテなのだが、ミカという彼女ができてからは女子にちょっかいを出すことも無くなった。まぁ、逆にその硬派さが女子にウケてもっとモテるようになったのだが。羨ましい事だ。そのダグがインカムを首に下げ、ちょっと残念そうに僕に話しかけてくる。
「そんなのは分かってるよ。タイムが縮まっても順位が変わりないんじゃポイントだって…」
「…いつも通りの2ポイント。参加賞と完走賞。合わせて2ポイント」
はぁぁぁぁ…顔にかけたタオルの下で僕はコレまたいつも通りの長い長い溜め息をするのだった。
「何か飲みますか?」
「「水!」」
ミカに僕とダグが揃って答える。彼女はくるぶしまで包む白いダウンコートの裾をクイっと引き上げ、冷蔵庫の中を覗き込んだ。
「コーラもスポーツドリンクも有りますけど、また水ですか?」
「それもいつもと同じなの。俺たちみたいな弱小チームは一に節約二に節約…」
この二人の掛け合いまでいつもと一緒。僕はまた毎度の長い長い溜め息をするのだった。
僕たちは二年ほど前から念願だった「Fゲーム」にエントリーしている。当時はハイスクールに上がったばかりだ。
Fゲームってのは元々はバーチャルリアリティーとか拡張現実とか言われていた、コンピューターゲーム内に実際に入り込んだような世界で、非現実的な体験をするアレの発展型のような物だ。
剣士になってドラゴンと戦ったり、大海原に真ん中で海賊船に囲まれながらサーフィンをしたり、大空を気球に乗ってただただ飛び続けたり……。そんな幾つものゲームゾーンの中で、僕ら3人はモーターレースにエントリーしている。親が自動車工のダグと、テレビゲームではレースゲームが得意だった僕がチームを組んで参加するのは自然なことだった。
車は僕とダグの小遣いを全部注ぎ込んで何とか手に入れた。有名な車だったので結構安く手に入れる事ができた。まぁどノーマルのデータしか手に入れられなかったけど。
改造やパワーアップは全く出来ていない。当初の野望は結構早めに夢だって気付いた。毎週末にどこかしらで開催される野良レースに参加する費用だけで僕らの小遣いは吹っ飛んだ。パワーアップだなんて夢のまた夢だ。当然レースには勝てない。参加ポイントと完走ポイントを細々と貯めて、パワーアップ費用を何とか工面しようとしている最中だ。
僕達みたいな学生で小遣いだけで運営しているチームは珍しいみたいで、普通は社会人や金のある奴らがまとまった金額を積んでから参加している。その僕らとは比較にならない財力で先ずはレアな、しかも映画やアニメに出てきたスーパーマシーンのデータを買い、それをレースに出られるよう「現実化」するんだ。例えばさっきのレースでポールトゥーウィンを決めた「シルバーナイト」こと「ワット-ジグソー」は、映画に出てきたタイムマシーンとホバークラフトの機能を持つスーパーマシーンを駆っている。
流石にタイムスリップは再現できないけど、タイヤから火を噴いて放電しながら、超加速であっという間にゴールする様はあまりに羨ましい。とてもじゃ無いけど僕達の愛車じゃ幾ら改造してもあんなインチキ……もといスーパーパワーは搭載出来ないんだ。逆に言えば僕らの愛車フェアレディが何かの映画やらアニメでそれに勝るスーパーパワーを発揮しているシーンでもあり、それを手に入れられたらあのイケすかないグラサン野郎に一泡吹かせられるんだろうけど。おっとこれは失言。
まぁそんな僕達に都合の良いデータなんて物が本当に存在するのか怪しいもんだけどね。何せこの世界は2020年代から情報が「断絶」しているんだ。
当時のことを知っている人もいるけど、それを資料や証拠として実物を提示できる人は殆どいない。記憶の片隅にあるかも知れないけど、それをデータとして提示できないんだ。いやもし動画や写真を持っていたとしてもまず公言しないだろうね。
だってこの情報が希薄なこの世界じゃその資料はものすごく貴重で高価なものなんだ。それこそ昔の映画のディスクを一本、市場に出しただけで大きな家が土地付き新築、プールもガレージもつけてお釣りが来るぐらいにはなるはずだ。もちろん家は三階建てで家具も全部セットにしてもだよ。逆に言えばシルバーナイトはそれだけの金額をたった一台の車を手に入れるために用意できたってわけだ。
それだけこの世界は昔の、そうまだ僕達が地球人って呼ばれていたころの情報に飢えているんだ。だってそうだろ?この世界は地球脱出用の宇宙船の、メインコンピューターのなかに作られたバーチャルな世界で、その地球は遥か後方、百光年ほどなんだから。車を走らせてレンタルビデオを借りに行くにはあまりに遠すぎる距離だってのは分かってくれるよね?
「じゃぁ俺らは帰るわ。お前もくるか?」
「いいや、辞めとくよ。明日は授業だろ?早く寝るとするよ」
僕は真っ黒なボディーを泥で灰色に見事に染め上げたフェアレディに乗った二人に、自転車を引きながら断った。毎度の事とはいえグレーな気持ちを早々切り替えることはできないよ。
「じゃぁまた明日な」
「オーケー。また明日」
僕は泥のようにへばり付いた悔しさと共にノロノロと家路についた。
帰宅しリビングに居るであろう両親に挨拶しようとすると、珍しく二人ともいそいそと玄関まで僕を出迎えてくれた。
「た、ただいま…」
「おかえりなさい、ヒロム」
「おかえり。そのなんだ、お疲れ」
いつも通りニコニコしている母はいいとして、何故かソワソワしている父。え、何?ちょっと不気味なんだけど。
母が僕のリュックを受け取り、父がリビングに僕の背中を押す。なんだなんだ?
「ヒロム、今日のレース。タイムが縮まっているじゃないか!」
テレビのローカル番組で僕の走ったレースが録画で映っていた。といっても僕のあの順位じゃゴール時の映像はなく、スタート前の選手紹介とレース序盤の混戦時のものだったけど。
「といっても毎度のブービー賞だけどね」
なんだか恥ずかしいのと悔しさで僕は父の顔を見て話すことはできない。
「でもでも、無事故なんだから。立派だと思うわ」
母がフォローするつもりで手を叩いて嬉しそうに言った。まぁ、接触事故をした車より下の順位なんかだけどね。
「父さんもそう思うぞ!しかもどノーマルの車であのオフロードを完走してくるんだ、大したものじゃないか」…ポイントが無いだけなんだけど
「そうそう!立派よ!きっと今度は…」
「ごめん!明日は授業なんだ!もう寝るとするよ」
何か言いたげだった両親を後に、僕は自室のベッドに潜り込んだ。朝起きて気付いたのはなんだか枕の湿り気だった。
「ちーす!よく寝れたか?」
「うん、まあね」
いつも通りダグの家に着き、いつも通りダグと挨拶を交わし、いつも通りオンボロソファーの左隣に座る。二人がけのソファーはまだまだ男二人を支えることが出来るぞと言わんばかりにスプリングを軋ませる。
「何か飲みますか?」
デニムのツナギ服に淡いピンクのフリフリエプロンを着たミカがポニーテールを揺らして冷蔵庫に駆け寄る。昨日の姿も可愛かったが、それは今日も変わりない。彼女はダグのどこに惚れたんだろうか不思議でならない。
「「水!」」とダグと返答がハモる。ミカは毎回ソレが面白いらしく、いつも通りぷっと吹き出す。
「今日は昼まで世界史だったよな…」と呟きながらダグが腕を緩く伸ばし、顔の少し前に両手を広げる。画家が構図を決めるときにするあの動作だ。すると空間にはまるでそこにテレビ画面があるかの様に画像と文字列が映し出された。
「そうだよ。今日はこの船が出航する辺りじゃなかったっけ」と僕も同じ動作をして講義の時間割を中空に映し出す。
画面内のさらに小さく右上に映し出されたワイプ画面では僕の前にいつも座っている女生徒の赤毛のポニーテールの後頭部が映し出されている。始業にはまだ時間が十分あるけど彼女より先に着席したことはないなぁ。
「ミカは良いよなぁー。俺たちカーボンと違って勉強なんてしなくても、ネットに繋がればチョチョイって情報を引き出せるんだから」
ダグが既に情報端末メガネをかけて、見えていないはずのミカを方に顔を向けて愚痴をこぼす。
「あー!それA.I.S-アイズ差別ですよー!」とダグのメガネ越しの視線の方向からボトルに入った飲料水を持ってきながらミカが口を尖らせる。
「そもそも情報を引き出せるだけじゃ意味が…」
「差別じゃねぇよー。アイズを褒めて称えてるんだよ」
「ホントですかねー?ってキャァー!」
「ミカは頭が良くって、気が利いて、しかも超オレ好みの美人さんなんだ。差別なんかするはず無いでしょ?」
「ちょっと、褒めるかお尻を触るかどっちかにしてください!あまりしつこいと、水をかけますよ!」
僕はそんなイチャつく二人を無視していつも通りの月曜日をスタートするべくメガネをかけて、教室の電脳ルームにダイブするのだった。
ー西暦2000年台も四分の一ほど過ぎ去った頃、人類はいよいよ宇宙に進出するようになった。いや、正しく言うのなら地球から追い出されたのだったー
その何十年も前から、食料、エネルギー、人口、紛争、環境と色々問題を抱えていた。トドメとなったのは環境問題だった。地球の温度はぐんぐん上昇し南北の極はそれまで大量に抱え込んでいた大陸ほどの質量を持った氷の塊を水に変えてしまった。海水が目に見えて増加し、いろんな水辺の都市が水に浸かってしまった。有りとあらゆる問題が連鎖的に取り返しがつかなくなり始め、とうとう当時の大国が住む場所と食料とエネルギーを取り合い、もはや戦争するしか無い所まで来た。
ただ、人類はお互いを殺し合い全滅するシナリオを選ぶ馬鹿ばかりじゃなかった。時を同じくして極東と呼ばれる地域の小さな島国で面白いデータが算出された。当時最新鋭のスーパーコンピュータが弾き出したデータだ。ソレによるとどうやら地球以外にも結構な数の人類が移住可能な惑星が宇宙に存在するらしい。しかもその惑星ってのは当時の技術で建造可能な宇宙船でどうにか到着する事が出来るらしいのだ。
そこで地球中の権力者がイロイロ話し合って、その案に乗る事にしたのだ。
誰が名付けたか分からないけど、アークー方舟ー計画と呼ばれたソレは今まで何を決めるのも優柔不断だった権力者たちを優秀なリーダーに進化させあっという間に実行に移させた。
12隻の、それまで作った事がない巨大な宇宙船を建造し、有りとあらゆるコンピューターや推進エンジン、その他諸々の装置を取り付けた。
つまり宇宙船に乗って、地球以外の人間が住める星を見つけ、そこを第二の地球にしようという計画があっという間に動き出したんだ。
でも、ちょっとだけ計算が違っていた。思ったよりも人を乗せる事が出来なくなってしまったのだ。地球脱出用の船なのに、当時の地球人口の1%しか乗れなかったのだ。完全に見積不足の失敗だったのだ。
だけど、ここでまたさっきの島国のスーパーコンピュータがとんでもないデータを出してきた。子供、しかも冷凍保存された受精卵や、同じく冷凍保存された胎児だったら開拓に必要な人数全員乗せられると。
スーパーコンピュータの計画はこうだ。生まれたばかりの胎児や受精卵をおおよそ成人が1人入るぐらいの保存液の入ったカプセルに入れる。成長した子供の脳には宇宙船のコンピュータにつながる事ができるケーブルが外科手術で付けられる。子供は宇宙船のコンピュータの電脳空間を現実と勘違いしたまま成長する。彼らは電脳空間で運動し、勉強し、生活してゆくのだが実体は棺桶のようなカプセルの中で見る錯覚なのだ。
電動空間で飛んだり跳ねたり自由に動き回る事が出来るが、カプセルの中の体は一切動かない事になる。それでも電気的な信号や、保存液からの栄養補充によってちゃんと成人にまで問題なく成長できるのだ。
また、カプセル内にはナノマシーンが入っていて、場合によっては内科的手術や、病気の治療なんかも行える。
つまり、居住スペースが少なくて済むのだ。この計画ならば惑星開拓に必要な人数を12隻の宇宙船に乗せる事が出来ると言う事だった。
人権問題は後回しにされた。いや寧ろ我が子を助けたいと思った親たちがこぞって志願した。そんな紆余曲折有りながら10年ほどで12隻の宇宙船は子供達の揺り籠と霊柩車とママのお腹を兼ねながら冷たい宇宙空間に船出したのだった。
宇宙船が地球軌道を離れて今年で99年。冷凍保存されていた受精卵が僕となり、この世界に誕生してからほぼ18年。そんな長い時間、この宇宙船は第二の地球をまだ探し当てることが出来ていなかった。




