初デート
拓也はその後も、次の作品も咲希と作り上げたいと思い必死に構想を練っていた。
しかし、なかなかアイデアが浮かばず行き詰っていた。
咲希は1週間おきに拓也に電話するか訪問して状況確認をしていた。
ある水曜日、咲希は拓也の部屋を訪問して言った。
「先生、構想の方はどうでしょうか?」
「なかなか良いアイデアが浮かばなくて・・・」
「そうですかぁ。あっ!先生!たまには気分転換にお出かけされたりしたらどうですか?いつもと違う景色を見たりすると良いアイデアが浮かぶかもしれませんし、根詰めすぎると体調も悪くなりますよ」
咲希は最近、拓也が元気がなくなってきているのに心配で気分転換する様に促してみた。
拓也は、
「そうですよね。でも、特に行きたい所とかないんですよねぇ。コンビニやスーパーなんかには出かけたりしてますが、1人で行く所なんてあまりないですよ」
そう答えた。
咲希は拓也の言葉を聞いて、少し考えて、
「あっ!!そうだ先生!隣町にある図書館の横の文化センターって行った事あります?あそこに大きくて綺麗な白鳥がいるんですよ」
「あるのは知ってますが、言った事はありませんね。男1人で行っても恥ずかしいですからね」
「そんな事ないですよ。あそこだったら景色もいいし、気分転換になると思いますよ。私は娘と何度か行った事があるんですが、娘が好きで今度の日曜日も行くんですよ。先生、1人で行きにくいんでしたら私と一緒に行きませんか?里菜も一緒で良ければ」
「えっっ!!」
と、大きな声で驚いた。
「あっ先生が嫌でしたら無理にとは言いませんが。少しでも先生に気分転換してもらいたいと思ったものですから」
咲希は拓也が嫌がったのではないかと思い、少し寂しそうに言った。
すると、
「いや、嫌とかではないんですよ!むしろ嬉しいですけど。いきなりで驚いてしまったんです。一緒に行ってもいいですか?里菜ちゃんが嫌がらないですかね?」
拓也は嫌がってない事をしっかりと伝えた。
「ホントですかぁぁ?よかったぁ。嫌がられてしまったかと思いました。すごく嬉しいです。里菜なら大丈夫です!なんたって、里菜も先生の大ファンなんですよ!!先生の絵本が小さい頃から好きで今でも毎日の様に読んでいますよ。私も娘に初めて買ってあげた絵本を読んで2人で大ファンになったんです。だから先生と会えるって分かったら里菜はすっごく喜ぶと思います」
と、興奮しながら咲希は話した。
「親子でファンだなんて。すごく嬉しいです!ありがとうございます!里菜ちゃんが喜んでくれるなら是非ご一緒させて下さい」
少し照れながらも拓也は答えた。
「やったぁぁ!!じゃあ先生、決まりですね。ドタキャンとか絶対ダメですよ!!里菜には当日会うまで内緒にしてますねっ。思いっきり気分転換しましょう!」
いつものキラキラした顔で拓也を見つめる。
「あっ!はいっ!!」
まともに咲希の顔を見れずに緊張しながら答えた。
デートまでの3日間は拓也はアイデアを考えるよりも、
「何を着ていこうかなぁ。どんな話をすればいいのかなぁ。里菜ちゃんと仲良くなるにはどうしたらいいかなぁ」
日曜日の事ばかり考えていた。
子連れと言ってもデート自体3年ぶりなのでどう接すればよいか悩んでいた。
土曜日に一美が家に来たので、咲希の事や明日のデートの事を相談してみた。
「へぇ~デートなんだぁ。久しぶりだよね。でも、子供連れって事はほんとに担当者として気分転換に誘っただけだと思うよ。だからそんなに浮かれない方がいいよ!!」
と、一美は素っ気なく答えた。
「なんだよ。そんな冷たく言わなくていいだろ。俺にだって夢見させろよ!」
「夢見るのは絵本の中だけにしなっ!!」
そう言い放ち、一美は帰っていった。
「なんだよあいつ!ちょっとくらい相談に乗ってくれてもいいのに!」
一美の態度に1人で文句を言っていると、咲希からメールが届いた。
先生、夜分遅くにすみません。
明日の件ですが、10時に図書館前で待っています。里菜にはちゃんと内緒にしています。
明日がすごく楽しみです。先生!ドタキャンは無しですからねっ!!
おやすみなさい♪♪
メールを見るとさっきまで怒っていた事が一気に吹っ飛んだ。
「明日10時か。咲希ちゃんも楽しみにしてくれているんだ。うれしい~!!
一美の言葉なんて気にせず明日のデートは楽しむぞ!!」
日曜日
拓也は9時40分には図書館前に到着し、2人を待った。
時計をチラチラと見ながら時間が経つにつれて、緊張感が増していった。
9時55分
「せんせ~」
声がする方を見ると、大きく手を振りながらいつもの笑顔で歩いてくる咲希と驚いた顔で後に続く里菜が現れた。
「先生。おはようございます!お待たせしてすみません!」
拓也に近づき挨拶する咲希だが、返事が返ってこない。
「先生?どうかされましたか?先生!」
いつもと違う私服の咲希に見惚れていた拓也がやっと我に返り、
「あっこんにちは。じゃなくて、おはようございます!」
「あらっやだ先生。まだ寝ぼけているんじゃないですか」
2人は顔を見合わせて笑った。
その姿をジッと見つめていた里菜に気づき、
「あっ先生。娘の里菜です。里菜ちゃんご挨拶できるよね?」
と、娘を自分の前に誘導し拓也に紹介した。
「お、おはようございます。里菜です・・・」
里菜はすごく恥かしそうに下を向いたまま小さな声で挨拶した。
「おはよう里菜ちゃん。初めまして。いつもお母さんにはお世話になっています。平川拓也です」
拓也は里菜に自己紹介をした瞬間、
「えっ?!平川拓也?ママ、ママ、子の人あの平川拓也なの?ねぇママ????」
里菜は誰だが分からなかったが名前を聞いて自分の大好きな絵本作家だという事に気づき興奮した。
「そうだよ。里菜ちゃんの大好きな絵本作家の平川拓也先生だよ。ママがお仕事を一緒にさせてもらってるの。今日は先生が里菜ちゃんに喜んでほしくて、一緒に来てくれたの」
優しく里菜にそう話す咲希。
「そうなんだ!拓也、私、拓也の絵本大好きでぜ~んぶ持ってるの。今日一日一緒にいてくれるの??」
「拓也じゃなくて、先生でしょ里菜!!」
「だっていっつも拓也って言ってるから拓也でしょ!」
「いつも言ってても本人の前では呼び捨てにしないの!」
そんな親子の会話を聞き、笑顔になった拓也は、
「里菜ちゃん、拓也でいいんだよ。絵本読んでくれてありがとね。今日はママが誘ってくれて、里菜ちゃんを喜ばせようとしてくれたんだよ。今日はよろしくね」
そう言いながら里菜ちゃんの頭を撫でた。
「じゃあ、拓也早く行こう!こっちに大きな噴水があるんだよ。早く来て!」
里菜は拓也の手を引っ張り急がせた。
「ちょっと里菜ちゃん、待ちなさい。そんなに先生を引っ張ったらダメよ。先生、すみません・・・」
申し訳なさそうに拓也を見る咲希に、笑顔で声に出さずに
「大丈夫」
と伝えて里菜の後を追いかける。
里菜に案内されながら敷地内を1周すると、
「里菜ちゃん、ちょっと休憩しよう」
拓也がそう言うと、近くにあったパラソル付きのテーブル椅子に拓也と咲希は腰かけた。里菜は芝生を走り回っていた。
「先生、すみません。せっかくの気分転換が余計に疲れたでしょ?」
また咲希は申し訳なさそうに拓也に謝った。
「全然ですよ!すごく楽しいし、気分転換になっていますよ。今日は誘って頂いてよかったです。ありがとうございます」
拓也はいつもと違って爽やかな雰囲気で答えた。
「そう言って頂けるならよかったです。里菜もすごく楽しそうです。いつもは私と2人なので。それに今日は大好きな先生と一緒だからはしゃいでいます。こちらこそありがとうございます」
少しして里菜が2人の所へ近づき、
「ママ、お腹すいてきた~」
咲希は時計を見ると12時すぎていた。
「あらっもうこんな時間だね。じゃあご飯にしよっか。先生、今日は質素ですがお弁当を作ってきましたので、一緒に召し上がりましょう」
そう言うと、テーブルにお弁当箱を出して広げた。
おにぎり・サンドイッチ・からあげ・たこさんウインナー・卵焼き・ブロッコリーと綺麗な色のお弁当が出てきた。
「うわ~おいしそうですね!末次さんすごいですね!」
拓也は興奮して言った。
「そうでしょ。拓也、ママの料理は世界一おいしいんだよ!!」
「里菜!そんな恥ずかしい事言わないでよ。先生、あんまりおいしくないので期待しないで下さい」
自慢げに言う里菜と恥ずかしそうに答える咲希を見ながら
「幸せってこの事なんだなぁ」
と、感じる拓也だった。
3人は楽しく会話しながらお弁当を食べた。
少し休憩をした後、
「そういえば、末次さん。この前言っていた白鳥はどちらにいますか?」
「そうでした。それが今回のメインでしたね。じゃあ白鳥を見に行きましょう。
里菜ちゃん白鳥さんの所に案内してもらっていいかなぁ?」
「わかった~。拓也、こっちだよ!ほらっ行こう!」
再び拓也の手を引っ張りながら里菜は白鳥の所に案内する。
「ここだよ。拓也みて!あれが白鳥さん」
前を見ると、すごく大きくて真っ白な白鳥がいた。
拓也は白鳥を見ると、
「すごい・・・。真っ白で綺麗。こんな白鳥見たことがない」
驚きを隠せなかった。
「ママ~お麩ある?」
「あるわよ。はい」
咲希は持ってきたお麩を里菜に渡した。
「拓也、白鳥さんはお麩を食べるからあげていいんだよ。でもね、食パンはダメなの」
「食パンは食べれないの?」
「うん。白鳥さんが病気になるんだって。だから、お麩をあげるの」
そう言いながら里菜は白鳥にお麩を投げると白鳥はそれを食べた。
「初めて来た時に食パンを渡そうとしていたら、白人さんのご夫婦がいてその方々が、食パンは塩分が高いからあげてはいけないって教えて下さったんですよ」
咲希は話した。
「塩分が高いから病気になるのかぁ。なるほど。その白人ご夫婦はここの関係者の方だったんですか?」
拓也は咲希に問いかけた。
「いえ。一般の方なんですけど、ここで白鳥を見て以来、白鳥が好きになって健康を守る為に、毎週日曜日にご夫婦でここに来て、白鳥を見守っているそうなんですよ」
「すごいご夫婦ですね!海外の方が日本の動物を守るとか素敵ですね!」
そう言うと、白鳥をまじまじと見つめ続けた。
拓也が時計を見ると、15時すぎていた。里菜も遊び疲れたのか眠そうになっていた。
「末次さん、里奈ちゃんも眠そうなのでそろそろ帰りますか?」
「そうですね。先生。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。いい気分転換にもなりましたし、白鳥の素敵な話も聞けて。
新しいアイデアが少し出てきましたので、執筆に向けて頑張れそうです」
「本当ですか?よかったぁ。頑張って下さい。しっかりとお手伝いさせて頂きますので。里菜ちゃん、先生にお礼は?」
眠そうな目をこすりながら、
「拓也、今日はありがとう。また今度も遊ぼうね。絵本楽しみにしてるから」
拓也は笑顔で頷いた。
それから拓也は咲希と里菜を見送って、家路についた。
家に帰るとすぐに出てきたアイデアをノートに書き記した。
初めてのデートを振り返りながら。