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秋風  作者: 士祉護福介
2/7

共同作業

 あの日以来、2人は打ち合わせの合間にお互いの事を共有していった。

意外にも共通点が多かった事に2人は驚いた。

例えば、中学で入っていた部活はお互いテニス部だった事や初めてみた映画がタイタニックだった事、甘い物とお酒が大好きな事など。

お互いは仕事以上にそういった話で盛り上がり、時間はあっという間に過ぎていった。


「あっ、もうこんな時間だ。先生、お仕事の邪魔をして申し訳ありません。今日も先生のお話聞かせて頂いてすごく楽しかったです。私は会社に戻ります。原稿よろしくお願いしますねっ。」


咲希はそう言うと、笑顔で部屋を後にした。

咲希を見送ると、急に心に穴が開いた気持ちになった。

拓也は咲希の事を知る度にどんどん彼女を好きになっていくのを自分で感じていた。

30分程、さっきまでの余韻に浸り・・・


「よしっ!咲希さんの為にも頑張って仕上げるぞ!!」


拓也は気合いを入れ直し、筆を執った。心の中では咲希さんと呼んではいるが、本人を目の前にすると名字でしか呼べなかった。恥ずかしい気持ちが勿論あるが、それだけではなかった。

作家と担当者という立場であるのであまり馴れ馴れしくなるのはいけない事だと思っているからである。

この頃は、好きだという気持ちはあったが、付き合いたいとかは全く考えてなく、ただこの関係性がずっと続けばいいと思っていた。


 締切が3日後に迫った頃、咲希は拓也の部屋で出来上がるのを見守っていた。絵本もほぼ完成していたが最後の所で拓也は筆が進まないでいた。


「末次さん。終わりの一言が出ないんだよね。何がいいと思う?」


椅子をクルリと回し、後ろのソファーに座っている咲希を見ながら言った。


「うーん。先生がこの絵本で一番伝えたい事を書くべきだと思います。この絵本は親と離れ離れになったゾウの子供が親を捜しながら色々な動物達と触れ合う中で成長していく物語ですよね?それを通して先生が一番伝えたい事は何ですか?」


「その伝えたい事が難しいんだよな。最後に親子が再会した時に子供に親が何て声を掛けるのか想像できなくてね。

あっ末次さんなら、もし里菜ちゃんと離れ離れになって成長した里菜ちゃんと再会した時に何て声を掛けますか?」


咲希は里菜の事を思い出し想像してみた。

少し考えて、


「私ならとりあえずギューと抱きしめます。子供が痛がるくらい強く。言葉に出来ない温もりを与えますね。

ごめんなさい。先生。答えになっていなくて・・・」


恥かしそうに答える。

拓也は咲希が言った事を頭で想像してみた。

想像した後、


「それですよ!それはいいですね!言葉では伝えれない子供への愛情を温もりで表現したんですね!まさにそれが僕が読んでいる人に伝えたかった親子の愛です!ありがとうございます末次さん!そのアイデア頂いてもいいですか?」


興奮した拓也は椅子から立ち上がり咲希の手を握った。

咲希は驚きながらも嬉しそうに


「ぜひ使って下さい。先生のお力になれたのでしたらすごく嬉しいです!」


そう答えながら咲希も立ち上がった。

2人して興奮して立ち上がっていたが、少しして手を握っている事に気づき、慌てて手を離し2人は照れ笑いをした。


「す、すみません。つい興奮して手を握ってしまいまして・・・。でも、末次さんのおかげで絵本が完成出来そうです。すぐに仕上げますので待っていてください。」


拓也は咲希にそう伝えると椅子に座り早速仕上げに執りかかった。

その後ろ姿を見つめながら咲希はソファーで完成するのを待っていた。


1時間ほどすると絵本が完成した。

筆を置き、


「出来た~!!!」


と、背伸びをしながら拓也は叫んだ。


「先生。お疲れ様でした。ついにできましたね。」


ソファーから立ち上がり拓也に近づいていく咲希。


「はい。末次さんのおかげで無事に完成しました。確認して頂いていいでしょうか?」


拓也は原稿を咲希に渡しながらチラッと顔を見た。


「はい。確認させて頂きます。先生の絵本を最初に見れるなんてすごく幸せです。」


笑顔で答えながら原稿を手に再びソファーに座った。

咲希は原稿を読み終え、テーブルに置くと、


「先生!すっごくいいです。ホントに感動しました!!」


目をキラキラさせながら拓也を見つめ答える。

その目にドキッとしながら拓也は


「ほんとですか?ホントによかったですか?」


不安そうな顔で咲希を見た。


「これは先生が伝えたかった親子の愛がしっかりと伝わりますよ。やっぱり先生はすごいです!」


興奮しながら咲希は答えた。


「そうですか。それならよかったです。末次さんのおかげですよ。末次さんが担当でよかったです。これからもお願いします。」


照れながらも真っ直ぐな顔で咲希を見ていた。


「いえいえ。私は何も出来ていませんが、先生がそう言って下さって私の方こそありがとうございます。これからもお願いします。」


咲希も真っ直ぐな顔で拓也を見て言った。


その後、原稿を持って咲希は部屋を後にした。

拓也は咲希が帰ったので眠りにつこうとしたが、自分の手を見ると


「俺はこの手で咲希さんの手を握ってしまった。あの色白で柔らかい手を」


興奮して手を握ってしまった事を思い出した。

最初は喜んでいたがふと不安がよぎった。


 「もしかしたら咲希さんは嫌がってたのかもしれない。どうしよう。今度から担当が変わってしまったなら。

いや、俺がこれからもお願いします。って言ったら咲希さんもお願いします。って答えてくれた。だから大丈夫なはずだ。

でも、あの場では社交辞令でああ言うしかなかったから答えただけで、会社に戻って上司に担当を変えてと言ってるかもしれない。

あ~どうしよう。どうしたらいいんだ~!!!」


電話で確認しようと考えたが怖くて聞けずに不安ばかりが募り、結局拓也は朝まで眠れなかった。

 朝9時、拓也の携帯が鳴った。

画面には、末次咲希(担当者)と出ている。

それを見た瞬間に拓也は携帯を落としそうになった。


「やっぱり担当が変わるのではないだろうか・・・」


そんな不安がよぎる中、電話に出た。


「も、もしもし。平川です・・・」


いつも以上に低い小さな声で出た拓也を他所に明るく元気な声が返ってきた。


「先生、おはようございます!昨日はお疲れ様でした。先ほど、編集長に原稿を確認して頂きOKが出ました。これで進めさせて頂きますね!あれからお休みになられましたか?」


咲希の声に


 「大丈夫そうだ。よかったぁぁ」


そう安心した拓也は


「よかったです。ありがとうございました。昨日はあれから寝ようとしましたが、なかなか寝付けなかったです。末次さんはしっかりと休まれましたか?」


「あらっ!先生大丈夫ですか?また次の絵本に向かう為にしっかりとお休みになられて体を労わって下さいね。私はしっかりと休みましたので大丈夫です。また後日、次の打ち合わせの日程調整をさせて頂きますので今日はゆっくりとお休み下さいね。」


咲希の言葉に返事をして電話を切った。

拓也は担当が変わる話ではなかったので安心し、ホッとしたら急に眠気に襲われて、それから夜まで熟睡した。


 2週間後・・・

ゾウの親子の絵本が完成し、出版される事になった。

咲希は拓也の家を訪れた。


「先生。いよいよ今日から販売ですね。たのしみですね~!皆に読んでもらいたいですね!」


興奮しながら大きな声で咲希は言った。


「末次さん。自分の事のように嬉しそうじゃないですか」


「それはそうですよ!私が担当させて頂いた初めての作品ですからすごく嬉しいですよ!先生は嬉しくないんですか?」


「いや、そりゃ嬉しいよ。でも、僕以上に末次さんが喜んでくれてるから。ありがたいです。私たち2人の処女作ですもんね」


2人は顔を見合わせて笑った。


 絵本の平均的な初版部数は、大体3000~5000部。また、1年以内に重版となればいい方で、累計1万部売れれば売れているという風になる。

今回のゾウの親子は初版4000部出している。最初は好調に売れて、わずか8ヶ月で3000部を重版する事になったのだが、その後は右肩下がりになり、重版が全部売れる事はなかった。

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