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秋風  作者: 士祉護福介
1/7

出会い

 窓を開けると、まぶしい朝日と共に気持ちの良い風が平川拓也の顔にあたる。


 「もう、10月かぁ。あれから1年か・・・」


拓也は1年前に居なくなった咲希の事を思い出しながら左頬に流れた雫をさっと拭いた。


 拓也は、10月で34歳になる。

仕事は絵本作家である。詳しく言えば絵本作家と言っても20歳の時に書いた


 処女作の「うさぎのチーちゃん」



 1年前に書いた「秋風」


が売れただけである。

35歳までに売れなければ転職しようと考えていた。


 末次咲希と出会うまでは・・・



 拓也と咲希の出会いは、3年前に咲希が拓也の編集担当者になったからである。

前任の担当者に突然呼ばれて編集社に行くと、


「平川さん、今度から平川さんの担当はこの末次咲希さんにしてもらう様になりました。末次さん後は任せたよ。じゃあ。」


そう言って前任の担当者は早々とその場を後にした。

多分、全然売れないから新人担当者に変えられたんだ。当然の結果だから仕方ない。

拓也は自分で納得した後に咲希の顔を見た。

咲希は緊張しているせいで、


「初めまして!平川先生!私、末次咲希と申します。これから先生の担当者として、全力でサポートさせて頂きますのでよろしくお願いします!!」


と、大きな声で挨拶をしてしまった。

拓也の驚いた顔を見て我に返り、すごく恥かしそうに謝罪した。


「あっ、すみません先生。緊張して声が大きくなってしまいました。すみません・・・」


 その後、顔が真っ赤になり下を向いた。

その姿を見て、思わず拓也は笑った。


「緊張しなくていいですよ。ただの売れない絵本作家ですから。それに、先生というのはやめて下さい。恥ずかしいので。」


「いや、先生は先生ですよ!私、先生の絵本全部持っているんですよ。先生の担当になりたくてこの会社に入ったのですごく嬉しいです!」


下を向いていた顔を勢いよく上げ、興奮しながらキラキラした瞳で拓也を見つめて言った。

拓也は驚きながら


「あっそうですか。こんな売れない人のファンなんて変わってますね。末次さん。でもありがとうございます。これからよろしくお願いします。」


と、挨拶して咲希と別れ編集社を出た。

拓也は家に帰ると、執筆中の絵本を描こうとするが中々筆が進まない。

内容は決まっているのだが、さっき見た咲希のキラキラした顔が出てきてしまうのだ。


 「俺のファンか。先生か。

   可愛い笑顔だったなぁ。いくつなんだろう。彼氏とかいるのかなぁ」


拓也は咲希に一目惚れしたのだ。

ニヤけた顔がデスクに置いてある鏡に映し出されているのを見て


 「気持ち悪っ!!」


自分で自分に文句を言い首を左右に振り、正気に戻った。


 それから2日後・・・

朝10時、拓也の携帯が鳴る。


 末次咲希(担当者)


と、画面に出ているのを見ると心臓が早くなったのを感じながら、なるべく冷静に出るぞと自分に言い聞かせながら


「あっもしもし・・・平川でしゅけど・・・」


噛んでしまった!!

赤面した拓也を他所に明るい声で咲希は、


「お疲れ様です。先生。今、執筆されている絵本の進捗状況や今後の打ち合わせ等をしたいので先生の所にお伺いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「・・・」


恥かしさのあまり返事がない拓也に


「先生、聞こえていますか?」


「あっはい?聞こえています。なんでしょうか?」


慌てて答えた拓也に対して、


「打ち合わせ等したいので先生の所にお伺いさせて頂きたいのですが、いつがよろしいでしょうか?」


繰り返させられても嫌な声も出さずに明るく咲希は話した。


「打ち合わせですね。いつでも大丈夫ですよ。質素な場所ですが・・・」


「それじゃあ、今日の午後2時にお伺いさせて頂きますね。住所は前任の担当者に確認しておりますので。それでは後ほど。よろしくお願いします」


「お待ちしております。」


そう言うと、電話を切った。

切った後、


「今日来るのか・・・。また、あの笑顔を見れるのか。楽しみだなぁ」


そんな事を考えながら部屋を見渡すとすごく散らかっているのに気づいた。


「いかん!これはいかん!とりあえず片づけよう。こんな汚い所に末次さんを招く事は出来ない!」


急いでゴミを捨て掃除機をかけ、ガラスまで拭いた。

普段、自分では全く掃除をしないので、近くに住んでいる一美がたまに来て片づけをしているのだ。

拓也と一美は幼馴染で昔から家族ぐるみの付き合いをしている。

拓也のお母さんから拓也を頼むとお願いされてからたまに家を訪れては身の回りの事をしてあげているのだ。

一美は大手化粧品会社に勤めていて、25で結婚したが去年離婚してバツ1だ。子供はおらずバリバリのキャリアウーマンといった所だ。

一通り掃除が終わり、時計を見ると1時40分になっていた。

姿鑑で自分を見ると


「さすがにこれはやばい。着替えないと」


ヨレヨレの白のシャツと破れかけたズボンを脱ぎ、アイロンのかかったシャツとスーツのズボンに穿き替えた。

着替えた後にコーヒーメーカーを作動させマグカップを2つ準備した。


2時ジャスト ピンポン♪


インターフォンが鳴り、モニターには少し息を切らした咲希が写っている。

また心臓が早くなるのを感じながら


「どうぞ」


とモニターに向かって話、エントランスのロックを解除した。

拓也は10階建てのマンションでその8階に住んでいる。

エレベーターで8階に上がり、805号室の前に着き、一呼吸おいて咲希はインターフォンを鳴らした。

すぐに玄関の扉が開き、少し顔が赤くなっている拓也が顔を出して家に招き入れる。


「お邪魔します」


緊張しながら靴を脱ぎ、準備されてあるスリッパを履く。中へ案内されると、


「わぁ~!!先生のお家綺麗ですね~。広いし良いですね。彼女さんか誰かが掃除されているんですか??」


部屋を見渡しながら咲希は質問した。


「えっ?いや、彼女とかいないよ。自分でしてるんだよ」


そう言いながら、


 「一美は彼女じゃないから嘘はついてない」


と一人で納得する。


「へぇ~先生すごいですね!男の人でこんな綺麗にしている方、中々おられないですよ。他の作家さんの所にも行きますけど」


そこまで言うと、余計な事を言ってしまったと口を抑える咲希。


「ありがとう・・・」


拓也は照れながら答えた。

拓也は咲希をダイニングテーブルの椅子に座らせ、テーブルにコーヒーが入ったコップを2つ置いて向かいの椅子に座り、1つのコップを咲希の前に動かした。


「ありがとうございます。あっそうだ!先生、甘いもの大丈夫ですか?そこの通りに有名なケーキ屋さんがあってそこでケーキを買ってきたのですが」


そう言って咲希は小さな箱をテーブルに置いて中を見せた。

ショートケーキとチーズケーキとモンブランが入っていた。拓也が何が好きか分からなったので3種類買ってきたのだ。


「甘いのは好きです。わざわざありがとうございます。せっかくなので一緒に食べましょう。末次さんはどれがいいですか?」


「先生に買ってきたので先生が先に選んで下さい!」


「僕は全部好きで選べないから末次さんが選んで下さい」


真剣な顔で咲希を見つめて拓也は言うので咲希は恥ずかしそうに


「すみません・・・。じゃあ私はモンブランを頂いてもよろしいですか?」


「もちろん!じゃあ僕はチーズケーキにします。ありがとうございます」


それから2人はケーキを食べ始めた。


「先生。先ほどは失礼しました。お邪魔してすぐに彼女さんいるのかみたいに聞いてしまいまして・・・」


「あ~気にしなくていいよ。実際いないわけだし。もう31なのに売れない作家なんか誰も相手にしないよ」


苦笑いしながら拓也は答えた。


「そんな事ないですよ!先生はすごい方なんですよ!私は以前も言いましたが先生の絵本全部持っていてどれも好きですよ。同じ年なのにこんなすごいお仕事されてるから私も負けずに頑張ろうと思えるんですよ!!」


また興奮しながらキラキラした瞳で拓也を見ている。

拓也は気になっていた質問をしてみようと思った。


「末次さん、僕と同じ年なんですね。あの~答えなくなければ答えなくていいですけど、末次さんは彼氏さんとかいますか?」


いきなりの質問にケーキを運ぶ手が止まり、驚いた顔で拓也を見つめる。


「いや、答えたくなければホントに答えなくていいですよ。なんかすみません。調子に乗って変な質問して。忘れて下さい。ケーキ食べましょう!おしいですよねこのケーキ」


拓也は自分で質問した事に後悔しながら咲希の顔をまともに見れずにケーキを口に運んだ。


「いないですよ。」


「えっ??」


今度は拓也が驚いて顔を上げた。


「いないですよ。彼氏。・・・そうですよね。先生にだけ質問して自分が答えないなんて在り得ないですよね。それに、作家と担当者は何でも言い合える関係性が大事ですよね。その為にはお互いの事をもっと知る必要がありますよね」


 満面の笑みで答える咲希を見て、


 「あ~やっぱり可愛い~!!」


改めて惚れ直した拓也だった。


「正直に言うと、彼氏はいませんが、6歳の娘が1人います。私、24の時に当時付き合ってた人がいて、その人と婚約していたんです。その時に娘の里菜が出来たんです。でも、結婚する前に彼が事故で亡くなって今はシングルマザーです」


「えっっ!!!」


驚きすぎて口を開けたまま拓也は固まってしまった。


「ごめんなさい。急に重たい話をしてしまって。でも、先生には何でも知ってもらいたいなと思って」


そう言うと咲希は、恥ずかしそうに俯いた。


「僕こそごめんね。悲しい事思い出させちゃって。でも、苦労してるんだね末次さん。1人で娘さん育てながら仕事して。僕なんかより全然すごいよ!!」


つい、大きな声で拓也は言ってしまった。


「ありがとうございます。先生からそう言ってもらえると頑張ってきた甲斐がありました。でも、全然苦労なんかしてないんですよ。彼が亡くなったのは寂しかったけど、元々親が紹介してきた人だったのでそんなに好きではなかったんです。親は田舎で小さな会社をしていて会社を守る為に私を利用したんです。いわゆる政略結婚だったんですよ。だから、あの時に結婚しててもいずれ別れていたと思います。結局、結婚せずにシングルマザーになったので親は怒って実家を追い出されてこっちに来たんですけど、近くに祖母が住んでいますので何かと助けてくれるから安心しています。娘も今年から小学生になったので自分のした仕事をしようと思って、今の会社に入ったんです。それで先生の担当になれたので今はすごく楽しいです!!」


スッキリした顔で拓也を見つめている咲希。


「そうだったんですね。正直に話してくれて嬉しいです。僕で良かったら力になりますので何でも言って下さい!」


興奮し、立ち上がって拓也は言った。


「先生、ありがとうございます。それならまず、今執筆している絵本を完成させて下さい。編集長から出来上がらないと怒られるし、私も早く読みたいので」


咲希がそう言うと2人は顔を見合わせ笑った。


 その後、今の進捗状況を確認して今後のスケジュールを打ち合わせした。





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