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そんなことより、わたしは可愛い

作者: 京本葉一
掲載日:2019/09/19

「最近、5(ジー)を手に入れたら女にモテるような気がするわけなんだが」


 ファミレスに入り、腰を落ちつけて約五分。

 栄治がスマホをいじりながら、頭の悪そうなことを言いはじめた。


「ファイブジーとか、ファイブジェネレーションとか言ってるけど、あれって、なんでファイブなわけ? 第五世代って意味なら、フィフスじゃねーの? 五番目っていうならそうだろ? ファーストチルドレンとか、セカンドチルドレンなわけだし? ファイブGとかいったら、Gが五匹いるみたいにならなくない?」


 栄治のつぶやきに、となりに座っている俊太がこたえた。


「そんなことより、俺、すごくね?」


 俊太がプレイしているゲーム画面を栄治に見せつける。

「マジか!? お前マジか!?」

 と栄治がうるさい。


「お前ら、とりあえず教科書ぐらい出せよ」


 ただひとり問題集を開いている大地が、友人たちに苦言をていした。


 まったく聞きいれない友人たちに溜め息をついて、大地は周囲を見まわした。騒々しい店内には、同じ学校の生徒たちがいる。テスト前にはよくある光景で、学校でよくみる人物も、友人たちといっしょに座っていた。



 ○



「最近、お尻締めをマスターしたら美人モデルになれるような気がしてるんだけどさあ」


 チョコレートパフェを完食した明美が、夢みたいなことを言いはじめた。


「つまりそれって、モテモテなわけでしょ? 人生の勝ち組に入るわけでしょ? もう勉強とかしなくてよくない? 男にモテモテなら、もう働かなくてもよくない? っていうか、スマホでふつうに翻訳できるのに、なんで英語の勉強とかしなきゃいけないわけ?」


 明美のとなりに座っていた友子が、ふっと息を吐き出し、単語帳を閉じた。

 眼鏡のレンズを光らせて、友子は独語する。


「ベーシックインカムの時代は来る。働かなくてもいい時代が、きっと来る」 


 未来を語りはじめた友子に、明美がすり寄る。ふたりは意味ありげに微笑み、おしゃれなブックカバーのついたBL本を自身のカバンから取り出し、交換した。


「あんたたち、テスト前くらい自重しなさいよ」


 詩織はふたりの友人に苦言をていした。


 完全休憩モードに入った友人たちに溜め息をついて、詩織はお尻を引き締めた。自制心を保ちつつ、冷たいグラスを手に取り、アイスティーに口をつける。学校でよくみる人物が、こちらのテーブルに近づいてきた。視線が合い、とくになにもないままに、通り過ぎていく。奥にあるトイレに向かったようだ。


 気分をそがれた流れにのり、詩織もまた、トイレのために席を立った。





 男性用と女性用、トイレ出入口のスライドドアが、同時に開かれた。


「……」

「……」


 大地と詩織が、顔を見あわせる。

 なんとなく気まずさを感じたが、とくになにもないままに、ふたりは移動する。


「あれ?」

「えっ?」


 静かすぎる店内。誰もいない。

 内装に変わりはないが、音がなく、人の気配がなく、匂いもない。


 大地と詩織は、無言のまま顔を見あわせた。


 それぞれに店内を回り、誰もいない街の風景を窓から眺めたり、圏外になったスマホを調べたり、びくともしないドアを叩いたり、厨房の奥に入ってみたりした。

 ファミレスの店内にいるのは、自分たちしかいない。

 普通ではないことを、ふたりとも理解した。


「なんだろうな、この状況」

「なんだろうね、ほんとに」


 大地と詩織は、窓の近くの席に座り、ふたりで外の景色をながめた。


 断絶された小さな世界に、たったふたり。不思議すぎて理解が追いつかないせいか、空間自体は日常的なせいか、それともふたりでいるせいか、いまひとつ、不安や恐怖に襲われない。


「鈴木さん、でよかった?」

「うん、鈴木。鈴木詩織。そっちは、斎藤くんだよね? となりのクラスの」

「そう、斎藤。斎藤大地……よろしく、っていうのは、しっくりこないかな?」

「この状況だと、のんきすぎるかもね」


 危機感のなさに苦笑しつつも、たがいに悪い気はしない。


「で、どうしよっか……斎藤くんは、なにか案がある?」

「うーん……トイレから出てきたらこうなったわけだし、もう一度トイレから出たら戻れそうな気もするんだけど」

「そういうもの?」

「やってみないとなんともね……しかし、このまま戻れないとなると、テストがまずいことになるな」

「そこなの? 斎藤くんの心配するところって」


 危機感が薄い。

 そして、いつもより昂揚している。

 自身の精神状態に戸惑いながらも、大地と詩織は会話をつづけた。テスト勉強の話から、互いの友人たちをネタにした内容につながり、現状とは無縁の、プライベートな話に発展する。


「いやいや、こんな話をしている場合じゃないよな?」

「ほんと、そうなんだよね。そうなんだけど……」


 戻らないといけない。

 それなのに、なにかおかしい。

 大地は少し考えこみ、詩織はふっと思いついた。


「そんなことより、わたしって可愛くないかな?」


 えっ?

 大地が小さく声をあげ、ぽかんとした表情で詩織をみた。

 詩織は、自分が口にした言葉に唖然とした。


「可愛いというか、かっこいいかな。姿勢もいいし、綺麗で、美人だとおもう」

「そう」

「けっこう、好みのタイプ」

「そう、なんだ」


 大地も詩織も、すでに互いを見ていない。

 ふたりとも、自分がおかしいことを自覚している。

 抱いた危機感が、焦りを引き寄せる。


「ああ、でも、トイレに行くとき気づいたんだけど、詩織、グラスを両手で持ってただろ? 抱えるように持ってる姿をみて、可愛いなっておもった。いつもの姿とギャップがあって、けっこう、くるものがあったというか……」


 勝手に名前を呼び捨てにしたあげく、心情を暴露している。

 だめだ。

 これはだめだ。

 ここにいては精神が折れると、ふたりとも気づいた。


「……そんなことより、戻ろう。もとの世界へ」

「……うん」


 迷いこんだ世界は、なにかを狂わせる。

 大地と詩織は、顔を見あわせないまま、足早にトイレに入った。





 男性用と女性用、トイレ出入口のスライドドアが、同時に開かれた。


「……戻った、かな」

「みたいだね」


 大地と詩織は、顔を見あわせる。

 気まずくはあるが、それを誤魔化せるだけの自制心が働いている。


 調理された食品の匂い。

 人の気配。

 騒々しい。とくに栄治の声がうるさい。


「あいつ、ほんとに声がでかいな」

「そんなことより、大地くん──」


 まだ影響が残っている。

 自覚しつつ、詩織は、連絡先の交換をもちかけた。





「神かよ!? お前マジで神かよ!?」

「そう、俺は今日、神の領域へ到達する」


 友人たちがゲームに熱中する前で、大地はテスト勉強に励んだ。


「どうした大地。さっきからツッコミがないぞ? 若干さびしい」

「無駄を悟っただけだ。それに、いまはもう、お前らが仲良く赤点をとって、補習授業に追われるのもいい気がしている」

「友人を裏切るつもりか!?」

「ああ、そのつもりだ」

「ええっ!?」


 栄治が騒ぎ、俊太がゲーム画面から視線を外した。


「どしたの、大地? なにかいいことでもあった?」

「まあな……周りに誰もいなければ、天に拳を突きあげてるとおもう」


 栄治と俊太が首をかしげた。

 大地は笑みをこらえつつ、問題集のページをめくった。





「詩織はんはよろしおすなぁ~」

「ほんまになぁ~」


 BL本を読み終わった明美と友子が、詩織に絡み出した。


「顔もスタイルもお美しくて~」

「問題集を前にしてニヤニヤできるだけの頭をお持ちで~」


 詩織はゆるんでいたらしい頬をかるく揉んだ。


「とりあえず、泣きそうな顔でいうのはやめてくれない?」

「わかっとるんどす~」

「うちらかて、詩織はんが努力家いうんは知っとるんどす~」


 継続は力なり。そんなことは、明美も友子もわかっている。わかっているのに続かない。めんどくさい恨み節に変えて、泣き言を口にする。

 詩織には、そういうことがほとんどない。

 弱いところを見せたりしない。

 可愛くない女かな、と、おもったりもした。

 アイスティーに口をつけながら、悩んだりもしていた。


「そんなことより──」


 詩織は空になったグラスを手にしつつ、ふたりの友人に相談をもちかけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章が読みやすく、最後まで楽しませて貰いました。何かお出しな気分になるエンドでした。
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