そんなことより、わたしは可愛い
「最近、5Gを手に入れたら女にモテるような気がするわけなんだが」
ファミレスに入り、腰を落ちつけて約五分。
栄治がスマホをいじりながら、頭の悪そうなことを言いはじめた。
「ファイブジーとか、ファイブジェネレーションとか言ってるけど、あれって、なんでファイブなわけ? 第五世代って意味なら、フィフスじゃねーの? 五番目っていうならそうだろ? ファーストチルドレンとか、セカンドチルドレンなわけだし? ファイブGとかいったら、Gが五匹いるみたいにならなくない?」
栄治のつぶやきに、となりに座っている俊太がこたえた。
「そんなことより、俺、すごくね?」
俊太がプレイしているゲーム画面を栄治に見せつける。
「マジか!? お前マジか!?」
と栄治がうるさい。
「お前ら、とりあえず教科書ぐらい出せよ」
ただひとり問題集を開いている大地が、友人たちに苦言をていした。
まったく聞きいれない友人たちに溜め息をついて、大地は周囲を見まわした。騒々しい店内には、同じ学校の生徒たちがいる。テスト前にはよくある光景で、学校でよくみる人物も、友人たちといっしょに座っていた。
○
「最近、お尻締めをマスターしたら美人モデルになれるような気がしてるんだけどさあ」
チョコレートパフェを完食した明美が、夢みたいなことを言いはじめた。
「つまりそれって、モテモテなわけでしょ? 人生の勝ち組に入るわけでしょ? もう勉強とかしなくてよくない? 男にモテモテなら、もう働かなくてもよくない? っていうか、スマホでふつうに翻訳できるのに、なんで英語の勉強とかしなきゃいけないわけ?」
明美のとなりに座っていた友子が、ふっと息を吐き出し、単語帳を閉じた。
眼鏡のレンズを光らせて、友子は独語する。
「ベーシックインカムの時代は来る。働かなくてもいい時代が、きっと来る」
未来を語りはじめた友子に、明美がすり寄る。ふたりは意味ありげに微笑み、おしゃれなブックカバーのついたBL本を自身のカバンから取り出し、交換した。
「あんたたち、テスト前くらい自重しなさいよ」
詩織はふたりの友人に苦言をていした。
完全休憩モードに入った友人たちに溜め息をついて、詩織はお尻を引き締めた。自制心を保ちつつ、冷たいグラスを手に取り、アイスティーに口をつける。学校でよくみる人物が、こちらのテーブルに近づいてきた。視線が合い、とくになにもないままに、通り過ぎていく。奥にあるトイレに向かったようだ。
気分をそがれた流れにのり、詩織もまた、トイレのために席を立った。
○
男性用と女性用、トイレ出入口のスライドドアが、同時に開かれた。
「……」
「……」
大地と詩織が、顔を見あわせる。
なんとなく気まずさを感じたが、とくになにもないままに、ふたりは移動する。
「あれ?」
「えっ?」
静かすぎる店内。誰もいない。
内装に変わりはないが、音がなく、人の気配がなく、匂いもない。
大地と詩織は、無言のまま顔を見あわせた。
それぞれに店内を回り、誰もいない街の風景を窓から眺めたり、圏外になったスマホを調べたり、びくともしないドアを叩いたり、厨房の奥に入ってみたりした。
ファミレスの店内にいるのは、自分たちしかいない。
普通ではないことを、ふたりとも理解した。
「なんだろうな、この状況」
「なんだろうね、ほんとに」
大地と詩織は、窓の近くの席に座り、ふたりで外の景色をながめた。
断絶された小さな世界に、たったふたり。不思議すぎて理解が追いつかないせいか、空間自体は日常的なせいか、それともふたりでいるせいか、いまひとつ、不安や恐怖に襲われない。
「鈴木さん、でよかった?」
「うん、鈴木。鈴木詩織。そっちは、斎藤くんだよね? となりのクラスの」
「そう、斎藤。斎藤大地……よろしく、っていうのは、しっくりこないかな?」
「この状況だと、のんきすぎるかもね」
危機感のなさに苦笑しつつも、たがいに悪い気はしない。
「で、どうしよっか……斎藤くんは、なにか案がある?」
「うーん……トイレから出てきたらこうなったわけだし、もう一度トイレから出たら戻れそうな気もするんだけど」
「そういうもの?」
「やってみないとなんともね……しかし、このまま戻れないとなると、テストがまずいことになるな」
「そこなの? 斎藤くんの心配するところって」
危機感が薄い。
そして、いつもより昂揚している。
自身の精神状態に戸惑いながらも、大地と詩織は会話をつづけた。テスト勉強の話から、互いの友人たちをネタにした内容につながり、現状とは無縁の、プライベートな話に発展する。
「いやいや、こんな話をしている場合じゃないよな?」
「ほんと、そうなんだよね。そうなんだけど……」
戻らないといけない。
それなのに、なにかおかしい。
大地は少し考えこみ、詩織はふっと思いついた。
「そんなことより、わたしって可愛くないかな?」
えっ?
大地が小さく声をあげ、ぽかんとした表情で詩織をみた。
詩織は、自分が口にした言葉に唖然とした。
「可愛いというか、かっこいいかな。姿勢もいいし、綺麗で、美人だとおもう」
「そう」
「けっこう、好みのタイプ」
「そう、なんだ」
大地も詩織も、すでに互いを見ていない。
ふたりとも、自分がおかしいことを自覚している。
抱いた危機感が、焦りを引き寄せる。
「ああ、でも、トイレに行くとき気づいたんだけど、詩織、グラスを両手で持ってただろ? 抱えるように持ってる姿をみて、可愛いなっておもった。いつもの姿とギャップがあって、けっこう、くるものがあったというか……」
勝手に名前を呼び捨てにしたあげく、心情を暴露している。
だめだ。
これはだめだ。
ここにいては精神が折れると、ふたりとも気づいた。
「……そんなことより、戻ろう。もとの世界へ」
「……うん」
迷いこんだ世界は、なにかを狂わせる。
大地と詩織は、顔を見あわせないまま、足早にトイレに入った。
○
男性用と女性用、トイレ出入口のスライドドアが、同時に開かれた。
「……戻った、かな」
「みたいだね」
大地と詩織は、顔を見あわせる。
気まずくはあるが、それを誤魔化せるだけの自制心が働いている。
調理された食品の匂い。
人の気配。
騒々しい。とくに栄治の声がうるさい。
「あいつ、ほんとに声がでかいな」
「そんなことより、大地くん──」
まだ影響が残っている。
自覚しつつ、詩織は、連絡先の交換をもちかけた。
○
「神かよ!? お前マジで神かよ!?」
「そう、俺は今日、神の領域へ到達する」
友人たちがゲームに熱中する前で、大地はテスト勉強に励んだ。
「どうした大地。さっきからツッコミがないぞ? 若干さびしい」
「無駄を悟っただけだ。それに、いまはもう、お前らが仲良く赤点をとって、補習授業に追われるのもいい気がしている」
「友人を裏切るつもりか!?」
「ああ、そのつもりだ」
「ええっ!?」
栄治が騒ぎ、俊太がゲーム画面から視線を外した。
「どしたの、大地? なにかいいことでもあった?」
「まあな……周りに誰もいなければ、天に拳を突きあげてるとおもう」
栄治と俊太が首をかしげた。
大地は笑みをこらえつつ、問題集のページをめくった。
○
「詩織はんはよろしおすなぁ~」
「ほんまになぁ~」
BL本を読み終わった明美と友子が、詩織に絡み出した。
「顔もスタイルもお美しくて~」
「問題集を前にしてニヤニヤできるだけの頭をお持ちで~」
詩織はゆるんでいたらしい頬をかるく揉んだ。
「とりあえず、泣きそうな顔でいうのはやめてくれない?」
「わかっとるんどす~」
「うちらかて、詩織はんが努力家いうんは知っとるんどす~」
継続は力なり。そんなことは、明美も友子もわかっている。わかっているのに続かない。めんどくさい恨み節に変えて、泣き言を口にする。
詩織には、そういうことがほとんどない。
弱いところを見せたりしない。
可愛くない女かな、と、おもったりもした。
アイスティーに口をつけながら、悩んだりもしていた。
「そんなことより──」
詩織は空になったグラスを手にしつつ、ふたりの友人に相談をもちかけた。




