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生産職吸血鬼は異世界の夢を見るか  作者: 吸血鬼まつり
97/112

97.圧倒的に短気

 果たして、ジョーブリッジの忠告は間に合ったのか。

 その人物が訪れたのは、シエラがレッドハンマーを訪問した次の日のことであった。


 その立派な体格の男性は、しっかりした作りの高級そうなサーコートを纏っていた。

 彼は店に入るとぐるりと店内を見回したあと、まずシエラのそばに控えるリサエラに、そしてカウンターにあぐらをかいて座るシエラに視線を合わせた。

 彼の容姿はといえば、短く整えた金の髪が印象的な、線の細いイケメンである。儀礼的な微笑を浮かべてはいるが、なんとも気難しそうな印象を受ける。


「きみがここの店主、シエラ殿か」

「いらっしゃい、わしがシエラじゃよ」

「……、若いな……」


 彼はそう言いながら、顔に「信じられない」という雰囲気を滲ませている。


「わしがシエラなのは間違いのない事実じゃが、それでおぬしは客なのかや。まあ冷やかしでもなんでも、リサエラへのナンパ以外ならうちは良いが」


 その質問に、彼は気を取り直した。


「いや……まあ、客ということになるか。私はアリエン。王城騎士団第一部隊隊長である」


 アリエンはそう言って、腰に下げた剣を鞘ごと持ち上げる。その柄にはこの国のマークが装飾されていた。これが王城騎士団たる証明になるらしい。(といってもシエラにはまったく知識がないため、それを見せられてもそうらしいという認識しかできないのだが)


「ほう、王城の者かえ。わざわざ隊長さん自らおでましとはのう」

「ああ。今日は王城より直接の依頼を伝えに来た。なんでもこの店は魔法銃の元祖らしいな。それを百梃作ってもらいたい。報酬は一挺あたり、通常の販売価格より五分増しでいい」


 出てきた話は、先日ジョーブリッジから聞いた話と同じものであったので、意外感はない。

 五分増しということは、つまり一挺あたり一〇五パーセントの価格で買い取るということらしい。

 通常、大量発注は単価を抑えるために行われるわけで、大量発注の上に割増というのは確かに良い条件と言って差し支えない。


「なるほどのう。悪くない条件じゃ」

「では――」

「だが、申し訳ないが断らせてもらおうと思う」


 商談は決まったな、と考えていたアリエンの顔が固まる。


「わしは人殺しの道具を作る気はない。まあ考え方は人それぞれじゃが、戦争に使う兵器は作らんことにしているのじゃよ」


 ジョーブリッジに話を聞いてからも、シエラの気は変わらなかった。戦争のための道具を作る気にはならなかったのだ。


「それに、すでにもう大手に大量発注をかけたあとなのではないか? わしに声をかけんでも十分な数が揃うじゃろうに」

「……そうはいかない。シエラ殿の作る魔法銃が大手よりも性能がいいことは調べがついている。もちろん一般兵向けの大量生産品は大手に任せているが、上級兵の持つ百梃はこの工房のものを配備すると、王城会議で決議されたのだ」

「いや、決議と言うがな、そういうのはまずわしに了承を取るべきじゃろ……。わしがどういった条件であっても断ると言った場合の考えはあるのかや」

「その時は――この国のため、どういう手を使ってでも」


 そう言って、アリエンは右手を剣の柄に置いた。それがただの脅しであれ本気であれ、シエラとしては「勘弁してくれ」という気分である。そしてシエラは、やれやれと首を振った。


「この国の王様は好戦的らしい、と風の噂で聞いていたが……部下までもがこうも短気とはのう。悪いことは言わん、わしはおぬしらを手伝ってやれんので、帰ってくれぬか」


 ――そのシエラの言葉は、アリエンの地雷を踏んだらしい。


「――ッ! 騎士のみならず王を侮辱し、加えて国益にも反するその態度、もはや我慢ならん! 国賊として貴様を排除す――」


 アリエンが剣を抜く動作を始めた瞬間――その動きが止まる。

 その手首が、リサエラの黒い手甲に握られていたのである。


「アリエン様。お控えくださいませ。このリサエラは、シエラ様に仇なす者に容赦はできませんので」


 微笑んで言うリサエラに、背筋に冷たい汗を感じるアリエン。

 彼には、このメイドがいつ距離を詰めてきたのかがわからなかった。最初はこの物々しい手甲を装備してもおらず、いたって普通のメイドにしか見えなかったのである。

 そして、彼の戦士としての勘がこのメイドは不味いと告げている。彼女の膂力によって自身の手はぴくりとも動かないし、この黒い手甲はあまりに禍々しい妖気を放っており、このまま触れられ続けるのは良くないということが本能で分かるのだ。


「く、……ッ」


 それでもなんとかリサエラを睨み返すと、リサエラの微笑みが少し薄くなった。


「反抗的なお方ですね。それでは片腕――」

「リサエラ、やめておけ」


 シエラの言葉で、リサエラの右手にかかりかけていた力が収まる。

 この場で最もほっとしたのは、アリエンではなくシエラである。

 リサエラはシエラのこととなると暴走しがちである。あと数瞬止めるのが遅ければ、アリエンの右腕は手甲の特殊起動効果《内なる地獄の業火(ゲヘナ)》によって焼け落ちていたことだろう。

 この技で破損した部位は、治癒を受け付けなくなる呪いを同時に受ける。この呪いを解呪すれば治癒できるようにはなるのだが、この国の治癒術師の技量ではおそらく一生解呪できない可能性が高い。

 そうなってしまっては、完全に王城に喧嘩を売ったことになってしまう。今の状況のままでも十分喧嘩を買ってしまった感はあるが、取り返しのつかない状態まで悪化させるのは得策ではない。


「リサエラが失礼した。また、なにかわしが失礼なことを言っていたならそれも謝ろう。これで勘弁してはくれんかの……」


 冷や汗をかきながら、頭を下げるシエラ。隣のリサエラは珍しく不服そうな表情である。


「く……、――失礼する!」


 アリエンはそう言うと、扉を乱暴に開けて去っていったのだった。




 嵐のような一幕であった。シエラはカウンターに腰を下ろし直すと、ふうとため息をついた。


「まったく、騎士団の第一部隊隊長というくらいだから、奴はそこそこの地位の者なんじゃろう? それがあんな様子では、王城の人間の品性が知れるというものじゃな」

「私もそう思います。ところでシエラ様、あの男、随分と聞き分けよく帰りましたが……諦めますかね?」

「どうじゃろうな……」


 聞き分けがよくなったのはリサエラのせいだろう、とは言えずシエラはもう一つため息をつく。

 シエラはアリエンの依頼について思い返していた。

 なぜアリエンは最初から命令という形ではなく依頼をしてきたのか。

 それは、この国の鍛治師と錬金術師の立ち位置によるものだ。この国において、鍛治師や錬金術師といった職人は国ではなくそれぞれのギルドに所属している。各ギルドは大陸中央の小国群を横断する国際組織であり、それらに所属する職人たちもまた国籍的にはフリーランスという身分なのだ。

 よって、国からは大っぴらに命令することはできず、依頼という形式を取っていたのである。

 とはいえ、最終的には暴力で脅しをかける程度のことはやるつもりだったようだが……。


「……最悪の場合、この国を出ることになるやもしれぬな」


 シエラがそうつぶやくと同時に、仕事から帰ってきたイヴが店に入ってくる。


「……シエラ、今のは……」

「イヴ……聞こえておったか?」

「うん。それに……あの隊長との話も。入っていけなくて……外で聞いてた」


 イヴは申し訳なさそうな顔で言った。


「いや、それでいい。イヴを面倒ごとに巻き込むわけにはいかんからの」

「……そういうのは、いや。……シエラが困ってるなら、私も助けたい」


 シエラはその言葉を聞いて、息を飲んだ。

 シエラはイヴのことを大切な友人だと思っているし、困っていたら可能な限り助けたいと思っている。

 同じことをイヴも思ってくれているということだ。

 本当にありがたいものだ、とシエラは深く頷いた。


「その気持ちはありがたく受け取っておこう。まあ、出て行くのは最悪の場合じゃよ。向こうがこちらを放っておいてくれるならよし、さらなる対話が必要ならそれもまたよしと」


 それ以上のことになれば……と、シエラは口には出さず考えた。


「――よし、ひとまず夕飯にしようではないか。腹が減っては考えもまとまらぬ」

「はい、かしこまりました」


 こうして、その日はそれ以上何も起きずに過ぎていったのだった。


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