96.不穏な気配
その後、シエラとジョーブリッジは完全に意気投合し、様々な武具についての話題に花を咲かせた。
シエラは主にレッドハンマー工房の質の高いデザインについて質問し、見識を深めた。シエラはあくまでゲーム的にデザインを捉える節があり、現場での実用を考慮に入れる彼のデザイン論には学ぶところが大きかったのである。
逆に、ジョーブリッジはシエラの語る錬金術と鍛治の技能を組み合わせた手法に開いた口が塞がらなかった。
「確かに、素材を全て錬金術で不純物を除去、上質なものへ置換していけば最終的な武具のクオリティは上がる……それは理解した。だが……あまりに割に合わない程度の効果しか得られないのではないか?」
「それには誤解があるのう。おぬしはおそらく鍛治素材まわりに精通した錬金術師を知らんのじゃろう? 錬金術は鍛冶技術に勝るとも劣らぬほど深遠な世界じゃ、触媒反応で素材を全く別の性質に変化させる術や、置換の際に素材への強化付与容量を拡張する術など、応用できる範囲は無限大じゃよ」
くくく、と笑うシエラ。
シエラは鍛治師が本職ではあるものの、武具を作成するときに最も時間を使うのは錬金術による素材の下処理である。
また、錬金術は術の種類や素材の組み合わせなど、それこそ無限に研究することがある分野だ。実のところ、鍛治技能よりも錬金術技能のほうがレベリングに時間がかかっているほどである。
「そんな術は、聞いたことがない……」
ジョーブリッジは先のことを考えて頭を抱えた。シエラの話を聞けば聞くほど、錬金術は武具製作に有用な技術である。それはシエラの作る高品質で安定した武具を見ても間違いはないだろう。だが、レッドハンマー工房では現在錬金術師を抱えていないどころか、コネのある錬金術師の知り合いすらも存在しないのだ。(そもそもこの国には錬金術師を抱えている鍛冶屋など存在しないのだから仕方のない話である)
「まあ、これからでも雇ってやればよいのではないかの。長い目で見て育成してみるのも良いじゃろうて。錬金術師にしても、研究資金の豊富な名門工房に雇われるのは悪い話ではないじゃろうし」
「そうだな……。助言、感謝する」
このシエラの何気ない助言が、この後数百年に渡ってレッドハンマー工房の地位を安泰なものにさせることになるとは、この時のシエラには知る由もない。
「……ところで、お前のところには王城の使者は来たか?」
話がひと段落した頃、ジョーブリッジが切り出した。
「王城の? いや、全くそういったことはないが。どういうことじゃ?」
唐突な質問に、シエラは首をかしげた。
「数日前に、王城の使者がうちに来て、魔法銃の大量発注を依頼してきた。兵士に配備する予定らしい」
「なんと、そんなことがあったんじゃな。それは……戦争に備えてということかの」
「まず間違いなくそうだろう。納期から見ても、遠い話じゃなさそうだ」
「……そうか。それでおぬしは、その依頼を受けたのかや?」
ジョーブリッジは、難しい顔をしながら頷いた。
「ああ。価格も適正値以上だったし、数が数だ。国との繋がりを深めれば工房の名が上がる。まあ、国の騎士や兵士の武具を作るのはよくあることだ」
「そうかや……。……わしは正直、戦争のための武器は作りたくはないのだが、おぬしはどう考えておるんじゃ」
「俺もそう思っていた時期もあったが、今は違う。武具はあくまで道具。その意味は製作者ではなく、使う者が決めることだ。それに、強力な武具を使えば、この国の兵士の生き残れる確率も上がる。……そう考えることにしている」
「そうか……」
シエラは神妙な表情で頷く。
ジョーブリッジも、ビジネスとして完全に割り切っているわけでもなく、思うところはあるようだ。
それを聞いて、シエラは少し安心した気がした。
「おそらく、お前のところにも程なくして訪れるだろう。その時までに返答を決めておけ」
「うむ、そうじゃな。――今日は話せてよかった。そろそろお暇するとしようかの」
「わかった。――いつでも話しに来い」
彼の別れの挨拶はやはりぶっきらぼうな感じではあったが、悪いようには聞こえなかったのであった。




