95.しゃかいけんがく
次の日、店休日にシエラは外に出ていた。
その目的は、他店の見学である。
王都の技術水準を調べる意図もあるのだが、そもそもとしてシエラは他者の作る武具に非常に興味があるのだ。
自分が思いつかなかったアイデアや、その鍛冶屋独特の意匠など、この世界の武具も《エレビオニア》時代同様非常にバリエーション豊かで見ていて飽きないのである。それも、ゲーム時代よりデザインが実用性に比重が置かれているため、参考になる点は多い。
そんなわけで、自身の想像力への刺激のために、シエラは《レッドハンマー工房》に訪れていた。
「やはり……ウチのものとは違った魅力があるのう」
レッドハンマー工房の武具は必ずどこかにワインのような深い赤を使用しているのが特徴である。
例えば剣であれば柄に赤い革が巻かれていたり、杖であれば宝珠を固定する金属具が赤く塗装されていたりといった具合である。
全体的な雰囲気はシックでオシャレだ。実用性と高級感がうまく両立されている様子がシエラには非常に好印象であった。
そんな武具の数々を興味深く眺めていると、シエラの姿を見つけた店員の青年がわずかに表情を変えると、つかつかと歩いてきた。
「シエラさん、ですね?」
「ん? ああそうじゃが」
物腰はしっかりしているのだが、声音に何か微妙に敵対的な空気を感じたシエラは、合わせて少し強張った様子で答える。
別にシエラとしては何もしていないはずなのだが、何か機嫌を損ねるようなことをしてしまっただろうか。
「親方――ジョーブリッジ・レッドハンマーがあなたに会いたいとのことです。今から、お時間いただけますか」
シエラのことを知っている様子だったのだが、実際には店主からの言伝だったらしい。どんな話があるのかはわからないが、相手の思惑を抜きにしてもシエラ自身も一度話してみたいと思っていたので、この機会はちょうど良いのかもしれない。
「ああ、問題ない。わしも会ってみたかったしな」
「それでは、こちらへ」
そういうと、青年は無愛想に話を切ると店の奥へと歩いていった。
随分な接客態度だ、と感じながらシエラは後に続いたのだった。
店の奥は、なかなかに巨大な鍛治工房になっていた。
工房の中には炉が六基並び、全てが職人の手で忙しなく稼働している。
槌の鳴る音をバックに、二人は奥へと進んでいく。
最奥の一際大きな炉に向かっている人物が、二人に気付いて顔を上げた。
「親方、シエラさんをお連れしました」
それを聞いた筋骨隆々で浅黒い肌のドワーフ系の男性――親方、ジョーブリッジ・レッドハンマーは目を細めた。
ドワーフといえば背が低いイメージなのだが、彼の身長は一六〇センチメートルほどあり、そのうえドワーフ特有のガタイの良さを持ち合わせている。小柄なシエラから見れば単純に巨人という印象である。
「ああ、ようやくか。コーツ、お前は店に戻ってろ」
「はい」
そう答えて、店員の青年コーツは戻っていった。
それを視線で見送っていたシエラに、ジョーブリッジが声をかける。
「奥に俺の部屋がある。そこで話そう」
「う、うむ。了解した」
低音のよく効いた迫力のある声に気圧されつつ、シエラは彼に連れられて移動したのだった。
彼の部屋というのは、シエラの世界でいうところの社長室的な部屋であった。
よく片付いた、部屋の主の厳格さを思わせるような空間である。
シエラは促されるまま、応接テーブルのソファに座る。そしてその対面に、ジョーブリッジがずしりと腰を下ろす。
もともとなのか、彼の顔は常にいかつい表情を作っているように見える。
「ジョーブリッジ・レッドハンマーだ」
「うむ、シエラじゃ。何ぞ、用じゃったかな。わざわざ呼んでもらうとは」
「……ああ、用はいくらでもある。事情に通じる鍛冶屋であれば、どこでもそうだと思うがな」
「はて、事情とな」
ジョーブリッジの言葉に、首を傾げるシエラ。
「業界に通じる者であれば、存在を知らない者はいないだろう。革命的な武具、魔法銃の開発、いつのまにか開店していた鍛治錬金術具店、冒険者連中との繋がり、その年齢不詳な容姿。……お前はいったい、何者なんだ?」
「なんじゃ、要するによくわからんやつがいるから正体を調べねば、ということかや。そういうことであれば、まずわしも聞いておきたいことがあるんじゃが、おぬしはわしを敵対視しておるのか? 店員の彼には妙に刺々しい対応をされたんじゃが」
ジョーブリッジは、どうやら言葉を飾らずあけすけに物を言うタイプらしい。そういうことであれば、シエラも気を使わずに聞きたいことを聞けそうである。
その質問に、彼は少し言葉に詰まった。
「…………、それは、誤解だ。俺はお前のことを敵視しているわけではない。……部下の中には新参者を疎ましく思っている連中がいることはたしかだ。だが、俺は単に興味があるだけだ」
そして、彼は自分の考えを言葉にするのが苦手でもあるようだ。その言葉は嘘をついているようには見えなかった。
「ほう、なるほどな。まあ敵対視されるかもしれんというのはあそこに店を構えたときから予想はしておったが、親玉がそうではないというのは少々意外じゃった。そういうことであれば話もしやすいわ」
シエラは、ここでようやく心理的なガードの構えを多少下ろすことにした。ここまで話した印象と、なんとなくの感触で彼が悪い人間には見えなかったのだ。
「そういえば、おぬしのところの魔法銃も見たぞ。《レッド・クイーン》といったか、あのマットな塗装はオシャレで良いのう」
「すでに入手していたか。……構造を盗んだとは非難しないのか?」
「いやいや、滅相もない。例えば剣や弓の構造が誰のものでもないように、わしは魔法銃の仕組みを誰のものでもないと思っておる。どの工房でも自由に作ってくれて構わぬ」
「そうか……。それなら、よければ中身について意見をくれないか」
ジョーブリッジは、シエラが革命的な魔導具たる魔法銃の構造について権利を主張しないのは意外だった。これほどの器の大きさを感じさせる人間には彼はなかなか出会ったことがない。
とはいえ、この印象には多少誤解も含まれている。そもそも魔法銃というのはシエラの元いた世界の銃の仕組みを丸々流用したようなものなので、シエラ自身は元から権利を主張するつもりが毛頭ないのである。
「うむ、やはりまずは魔石に刻んだ魔法式についての改良は必須じゃろうな。アレでは変数が多すぎて、術者の設定次第で威力が筐体の制御範囲を外れて安定性を欠いてしまう。おすすめは形状や威力を魔法式で規定してやることじゃな」
「……そうかッ!」
彼はハッとした顔になると、インベントリから一枚の紙を取り出し、ゴリゴリと乱雑にメモを取り始めた。
やはり彼もシエラと同じく職人気質であるらしく、人前であっても自身の気付きを今すぐメモしておきたいのだろう。
「あとは銃身じゃなあ。ライフリングという溝を――」
「ライフリングというのは、あの凹凸のことだな!? クイーンの開発時、我々はあれこそが重要な機構だと全く気が付いていなかった。今開発中のクイーンⅡには既に採用が決まっている」
「おお、それは慧眼じゃな。魔法の種類や火力によって最適な銃身の長さとライフリングの回転率、溝の幅は変わってくる。わしもまだ研究中だが、おぬしならば上手くやれるじゃろう」
レッドハンマー工房の技術力の高さは、レッド・クイーンや店の武具を見学してよく知っている。シエラのその信頼はジョーブリッジにも通じたようで、彼は口端を少しだけ緩めた。




