90.ウカツ!
シエラは自分の不注意さを非常に後悔していた。
イヴとリサエラに部屋を割り振ろうと二階へ案内したのだが、ハツユキを待機させているのをすっかり忘れており、当然鉢合ってしまったのである。
「シエラ……この人は……?」
不幸中の幸いか、ハツユキにはシエラのストックから白いワンピースを着せていたので、全裸ではなかった。とはいえ、説明が必要なことには間違いない。
「あー……こやつはじゃなー……」
なんと言おうかシエラが言葉を濁している間に、ハツユキがイヴに対して深々と一礼した。
「私はハツユキと申しマス。私は、シエラ様を主人とする、自動人形デス」
「自動……人形……?」
イヴが目を見開いているのを見ながら、シエラは完全に頭を抱えた。
たしかに急なことだったので対外的にどう名乗らせるかなどは決めていなかったのだが、最も言い訳のできない展開になってしまった。
シエラは数秒間のうちにいろいろと思考した結果、もはや誤魔化すのは不可能という結論に達したのだった。
「……えー、うむ。こやつは、あるダンジョンの最奥から発掘された自動人形で、わしが修理を施し、起動に成功した個体なのじゃ」
シエラの取った手は、正体については誤魔化さないが、過程については多少調整を入れる、であった。
核がダンジョンから回収されたのは事実であるし、あまり大きな嘘はついていないはずだ。ほぼ全てを一から作ったなどと本当のことを言うのは流石にリスクが高過ぎると思われた。
「自動人形……聞いたことのない技術。えっと……本当に人形、なの? 普通の人にしか、見えないけど」
イヴは、全てのことに対して困惑していた。唐突なオーバーテクノロジーとの邂逅である。
ハツユキはその問いに対して、何のためらいもなくワンピースを脱ぎ、全身を見せる。そして腹部に手を当てると、外装の一部が展開。内部に収まる金属骨格や、白龍の核が露わになる。
「この通り、デス」
「そういうことじゃ。これから店員でも任せようかと思っておったのだが、一足早い出会いになってしまったな……」
「……やっぱり、シエラって……すごい、ね……」
「まあ、ハツユキに関してはたしかに我ながら会心の出来ではあるが、偶然じゃよ、偶然。……ところで、このことは黙っていてもらえるとありがたいのじゃが……」
「……うん、わかった」
まだ情報を整理している様子のイヴだが、ひとまず状況は収まったのでシエラとしては一安心である。
「ハツユキも、今後他の人と接するときは自動人形と名乗らぬようにな。まあそのあたりの対人マニュアルは近いうちに決めておかねばだが……。あと、一応女性なのだから軽率に服を脱がぬように。このあたりはリサエラに指導を頼んだ方がよいか……」
「わかりました、お母様」
「うむ……、では部屋の割り振りに戻るとするかの……。とりあえず、この部屋はもう私物があるのでわしの部屋としよう。で、残りは――」
この家の構造は、中央に廊下があり、その左右に二部屋ずつの計四部屋が存在する。そのうち階段に近い方の一部屋がシエラの部屋である。
「では、私はシエラ様の部屋の向かいをいただければと」
「……じゃあ、私はシエラの部屋の隣」
「お母様、私は人形デスので、個室がなくともお母様と同じ部屋で構いまセンが」
「いや、わしが構うわそれは……。ハツユキは残りの一部屋を使うんじゃぞ」
「了解しまシタ」
ハツユキの声音が若干だけ不服そうなのは気のせいだろうか。
とはいえ、部屋の割り振りは無事に完了したのであった。
イヴは、宿に残っている荷物を持ってくると言って外出して行った。ガレンたちへの連絡も必要なのだろう。
シエラはといえば、一旦落ち着くため午後は店を臨時休業にすると、店のカウンターに突っ伏していた。
「はあ……なんでわしはこう、見通しが甘いんじゃろうな……」
「多少の失敗はあれど、結果的に特に問題なく切り抜けられたではありませんか」
「だといいが……」
なんにせよ、イヴが善良な人間で助かったと思うほかない。
シエラがため息を漏らすと、リサエラは微笑んで返す。
「それにしても、ここは良いお店ですね。さすがです」
「……そうかの?」
「はい。置いてあるモノがいいのはシエラ様なので当然として、落ち着いた雰囲気で、かっこつけた様子があまりないのが私は好きです」
「なるほどのう。まあ、わしも自分からかっこつけたりするのはあまり得意ではないが、周りの店を見ていると多少羨ましくなる時もある」
「ああ、あの周辺にあった大きなお店たちですか。ここに来るまでに一度見学しましたが、たしかに伝統と格式を感じる豪奢な雰囲気でしたね」
「そうじゃろう、わしはああいうのも嫌いではないしな」
どちらかといえば、天空城の内装はあちら寄りだ。派手すぎないながらも、威厳のある豪華さ、といえばいいだろうか。
「なるほど……どちらも取るわけにもいきませんし、難しい問題ですね。でも、シエラ様のお店は初心者の方も入りやすい雰囲気を作れているのでは? 実は、ここへ来るまでにシエラ様の装備を着けた二人組と会いまして」
「おや、それは奇遇じゃな。二人組ということは、エメライトとシュカかのう」
実際、エメライトとシュカ以外にもちらほらと初級者が訪れる機会は増えてきている。二人が良い広告塔になっているのか、他の冒険者たちがこの店を勧めてくれているのかは定かではないながらも、良い傾向である。
「はい。《アルカンシェル》の降下地点をある山奥に設定したのですが、そこから王都へ向かっている間に偶然出会いました。なにやら、少し大きめの魔物に追い回されておりましたので、多少手助けをいたしました」
「なるほど、それはわしからもリサエラに感謝せねばな……、彼女たちに死なれては寝覚が悪いどころの話ではないし。……ん? 《アルカンシェル》の降下地点と言ったか? もう完全に着陸しておるのかや」
「いえ、高度を落としすぎると察知される可能性がありますので、私が降りるときだけ高度を山頂から百メートルほどまで落とし、その後はまた高度四千メートルまで戻しました。周辺環境を見るに、察知などはされていないものかと」
「そうか、さすがに認識阻害結界があるとはいえ地上まで降りればどうなるかわからんものな。……いや、まて……リサエラ、おぬしまさかその百メートルの高さを……自由落下で……?」
「え? はい、あの程度ならば問題ないと判断しましたが――」
不思議そうな顔で返すリサエラに、やはりこやつもキマっておったか……と感じるシエラ。
地上四千メートルも百メートルも、人間が飛び降りていい高さのはずがないと思うのだが、やつらの感覚はどうなっているのだろうか。
「あー……まあよい。しかし、エリド・ソルまで《アルカンシェル》が来たということは、眷属たちを使って周辺調査をすることもできそうじゃな」
「はい、シエラ様。近いとされる戦争の準備や他国の動向など、調査させたいと考えております。重要な作戦のため、人選にはシエラ様の知恵もお借りして近く行えればと」
「うむ、では今週のうちに一度《アルカンシェル》で会議を開くとしよう」
しばらく王都では動きがなかったので忘れかけていた戦争という単語。自分たちに何ができるのかはわからないが、備えておく必要はあるのであった。




