89.二度目の合流、そして
ツェーラ鍛治錬金術具店は今日も早朝から営業していた。
ハツユキを起動したその日は臨時休業にしたのだが、その次の日には店が開けられるのだからリコールというのは便利な魔法である。
ところでそのハツユキはといえば、実はもうこの家にいるのである。
彼女は《リコール》を使えなかったのだが、なんとシエラに触れることで随伴して跳躍することが可能だったのである。
他の眷属やリサエラとでは無論こんなことはできなかったので、これもハツユキの特性の一つなのだろうか。
ハツユキにこれを尋ねたところ、『正確な理由はわかりまセンが、おそらく私は世界からお母様の所有物と見做されているのではないでしょうカ』とのことだった。それは推測に過ぎないながらも、たしかにあり得る話だとシエラは納得した。
この地においてハツユキをどういう扱いにしていくか決めていなかったため、現在はひとまず他人の目に触れないよう二階の空き部屋に待機させている。
ただあの様子であれば店員なども十分務まるだろうし、今後の事業の拡大に期待が持てるぞとシエラはほくそ笑んだ。
「お、いらっしゃい。今日もポーションかや」
「ああ、いつものを十五本ずつ、頼むよ」
「毎度あり、じゃ」
そんなことを考えている間に、早速数人の客が入ってくる。見覚えのある、いつも治癒ポーションと魔力ポーションを買っていく者たちだ。
シエラが早朝から店を開けているのは、こういった早朝に来店する客が多く存在するためである。
彼らは仕事前に不足した消耗品を買いに来るのだ。
早朝は仕事前の客が、昼間は休日中の客が、夕方は一仕事終えた客がそれぞれ一定層存在するため、意外と暇になるタイミングはない。強いて言えば夜間はめっきり客が少なくなるため、シエラは早朝に開けて日が落ちきらない時間に閉める営業形態を取っているのであった。
そうして接客をこなしていると、客足が途切れる頃には昼時が過ぎていた。今日の昼飯は何にしようか、などと考えつつ伸びをしていると、新たな客が入ってくる。
「おや、ガレンにイヴかや。珍しい組み合わせじゃな」
「特に理由はないがな」
「ガレンは、買い出し。私は《雷霆》の相談に」
「なるほど、それぞれ別の用事じゃったか。まあゆっくりしていくといい」
《黒鉄》のガレンとイヴである。彼らも相変わらず忙しいらしく、顔を見るのは二週間以上ぶりになるだろうか。頻繁に会う時期が続いていたので、実際の日数以上に久しぶりな印象である。
「ポーション類が減ってきていたからな。治癒を100、魔力は30あたりか。あとは何か魔導具を拡充しようかと思っている」
「了解じゃ。おすすめは量産化にこぎつけた新商品の《冷却護符》と《加熱護符》じゃな。あとは魔力起動式の魔導発煙筒なんかもあるのでな、わしがポーションを用意する間にでも見て行ってくれ」
最近シエラが力を入れて拡充しているのが魔導具コーナーである。
戦闘に使えるものから、旅に役立つもの、日常生活に使えるちょっとした小物まで、様々な用途の魔導具を作成して取り揃えてある。値段は多少張るものが多いが、しっかりとした作りになっているのでコスパは悪くないはずである。
そう紹介しつつ在庫からポーションを用意しガレンに渡していると、またドアベルが鳴った。
「いらっしゃ――、おお……!」
そこに見えたのは、《アルカンシェル》のメイド長、リサエラであった。
「――シエラ様、ようやくお会いできました」
リサエラはそう言うと、いつもより大袈裟に腰をおって一礼した。その顔は満面の笑みである。
「おお、ようやくか。待ちわびたぞ」
実際には昨日も一昨日も一緒だったわけだが、ついにこちらの地での再会であり、なんとも不思議な気分になる。
「……シエラ、この人は……?」
ガレンとともに魔導具を見ていたイヴが問う。
「ああ、紹介しよう。わしの――なんといったものか、友人の、リサエラじゃよ。こちら、《黒鉄》のガレンとイヴじゃ」
「よろしくお願いいたします、ガレン様、イヴ様。私、シエラ様のメイド、リサエラと申します。以後お見知り置きを」
「メイド……?」
「シエラ殿は、どこかの御令嬢だったのか?」
リサエラの名乗りに、イヴとガレンの疑問がこちらに向く。
「いや、別にそういう事実はないんじゃが。……まあ、そういう関係性でもあり、古い友人でもあると。そんなところじゃよ」
シエラの説明に、ガレンとイヴの頭上にハテナが浮かんでいるのが見えた。とはいえ、それ以上の説明をするのはいろいろと難しい。
「よくわからんが……、まあいいか。ポーション、たしかに受け取った。魔導具はまた今度にするか。……ところで、メイドということだが、リサエラ殿は――強そうだな」
戦士を見定めるガレンの視線に、リサエラが微笑んで返す。
「いえ、私など」
「……そうか。武人として、一度手合わせ願いたいものだ」
「機会がありましたら、ぜひ」
そうして、ガレンは店を出て行った。
「リサエラの強さがどうしてわかったんじゃろうな」
「……わたしにも、わかる。あの人は……隙がない。立ち振る舞いが、完璧」
イヴにもその雰囲気は伝わるようで、いつになく緊張した面持ちである。
「そういうものかの、わしにはいつも綺麗な姿勢だな、という程度しかわからぬが」
「お褒めに与り光栄です、シエラ様」
「う、うむ。ああそういえば、わしは昼飯がまだじゃったのだが、リサエラはもう済ませたかの?」
「いえ、私もまだです。何か簡単に作ってきますので、台所をお借りできればと。イヴ様もご一緒にいかがですか?」
「ああ、すまぬな。奥に一通り揃っておるので、頼む」
「……じゃあ、いただきます」
あまりに自然にキッチンに向かうリサエラの姿に、イヴも思わず頷いてしまう。
「……やっぱり、シエラの知り合い、って感じがする」
「どういう意味じゃ?」
「……わからないなら、いい」
イヴとしては二人の雰囲気に似たものを感じるのだが、言語化が難しい感覚である。シエラ自身には全く自覚がないため、そう言われても全くピンとこないままであった。
簡単な昼食を作ると言ったリサエラは、本当にすぐ昼食を完成させていた。
シエラの備蓄とリサエラのインベントリ内の常備素材を使用した、おしゃれな洋食ランチプレートである。
「うむ、うまいうまい。リサエラは本当に優秀じゃのう」
この地に来てから、シエラはリサエラの食事を食べるたびに、毎回感想を口にする。それはシエラの自覚のない行動なのだが、それがリサエラには何よりの褒美である。
「……うん、すごく、おいしい。高級なレストランみたい……」
「ありがとうございます、シエラ様、イヴ様。喜んでいただけてなによりです」
その一方で、イヴの脳内でリサエラの正体不明度は更に上昇していた。
戦闘力では王都最高峰のガレンよりおそらく格上。そして完璧に隙のない立ち振る舞い、その上料理も非常に上手いと来ている。これだけの相当な高スペックに加えて、《シエラのメイド》という更に謎めいた関係性まで付与されている。全くヒントのない難解な謎を提示された気分である。
とはいえ、思えばシエラについても自分は知らないことばかりだ、ということにイヴは気付いたのだった。
「そういえば、リサエラは寝泊まりはどうしておったんじゃ?」
「昨日は王都の文化を学ぼうと思い、大通りの宿に泊まっておりました。この街の食事や、名産品の黒茶など、新たな発見があり勉強になりました」
「なるほど、たしかに新しい街に来たらそういうのは楽しみじゃよな、わかるのう。この家は空き部屋も余裕があるが、どうするかや」
「もちろん、シエラ様のお世話を全てさせていただくため、今日からはこちらへ移らせていただくつもりです」
「うむ、それは助かる」
イヴから見て、シエラとリサエラの仲は非常に良いように見える。それはなんというか、主人とメイドという雰囲気ではない、更に近いもののようで。だからだろうか、
「あ、あの……」
つい、自分でも唐突に思えるような声が出た。
「ん? どうしたかの、イヴ」
「わたしも……、これからここを宿にさせてもらうことって、できない、かな」
珍しく、自分の顔が少し赤くなっているのがわかる。
「ほえ? ああ、わしは別に構わぬが――、どうしてじゃ?」
唐突に見える申し出だが、空き部屋もあるのでシエラとしては特に断る理由はなかった。単純にどういう心境の変化かが気になったのだった。
「えっと……もっと、魔法銃のこと相談したいし、他にも、話ができると、いいな、って……」
イヴは自分の言っていることが理由として通っているのかはよくわからなかったが、シエラは納得した顔で頷いた。
「なるほど、たしかにフィードバックと改善が綿密に行えるのは大きいのう。そういうことであれば全然問題ない、これからよろしくじゃ、イヴ」
「……よろしく」
シエラが差し出した手を、イヴがおずおずと握る。契約成立だ。
この家は店のスペースを兼用してなお一人暮らしでは有り余るスペースがある。リサエラに加えてもう一人増えた程度では何も問題はないのであった。
「ということじゃが、リサエラもよいよな?」
「はい、もちろんです、シエラ様。イヴ様、今後ともよろしくお願いいたします」
「……よろしく、お願いします」
シエラの問いかけに、リサエラも笑顔で頷く。
そしてリサエラは、シエラもイヴも気付かないほど一瞬だけ、不敵に笑った。
(ライバル、ですか……シエラ様は、渡しませんよ――!)




