83.人形のぬくもり
「うーむしかし……ぶっつけ本番の初めての仕事で、ここまで完璧に動作するとは。もしかしてわし……天才なのでは?」
「…………」
ハツユキは、表情を微塵も動かさず静かに目を見てくるだけである。
「……冗談じゃよ。おそらく、わしの穴だらけの設計を、白龍の魂が補完して上手く一体化してくれただけなんじゃろう」
「……いえ、お母様はこの世に類を見ないほどの天才技術者デスー。尊敬いたしマスー」
「棒読みで言うな」
ハツユキの人格は、白龍のそれを受け継いでいるのか転写元のリサエラの一面なのか、なかなか皮肉屋らしい。最近こういったタイプの人間を見ていなかったので、新鮮な気分である。
「ふむ、ここまでしっかりした自我を持っておるわけだし、外装はもっと人間に近付けても構わぬか。内部構造など、おぬし自身で何か気付いたことはないかの?」
「ハイ、この身体の骨格の構成はいささか剛性に偏りすぎていマス。衝撃を和らげるサスペンションを四肢に装備すれば、運動能力の向上、骨格素材の損耗防止、歩行音の軽減など様々な点で有利に働きマス」
「なるほど、それは確かに。金属の骨格であることと関節が単純な構造であることで、衝撃を逃す先が少ないんじゃな。ところでそんな知識、どこから引っ張ってきたんじゃ?」
「運動性能の確認をした際の、筐体を自己診断した結果から考え得るごく自然な改善方法デス。その手法を、記憶領域に存在するバネ機構――サスペンションという概念と接続しまシタ」
「そういう思考回路なんじゃな。あくまで論理的というか……曖昧さや閃きなどを重視するわしらとはプロセスがかなり違いそうじゃ」
そう答えつつ、シエラはガリガリと設計図を引き始めていた。ハツユキが適切な自己診断をかけてくれるおかげで、これからの研究開発もかなり捗りそうである。
この時点ですでに、シエラはハツユキに対する危険性よりも、興味のほうが完全に勝ってしまっていたのであった。
それから数時間かけて、ハツユキの身体は最初のものからほぼ別物へと換装されていた。作業が非常に素早く完遂できるのも最高レベルの鍛冶技能の賜物である。
簡素だった四肢の内部構造は、各部に強靭なスプリングを配置したり、様々な箇所に肉抜きを用いた流線型の軽量金属骨格で覆われたりと非常に洗練されたものになった。
皮膚には元の合成素材に加えて各種魔物素材と白龍の鱗を溶かして合成することで、極めて高い防御能力と少女のような若い肌の質感を再現することに成功していた。
肉体の性能は、もはや通常の人間とは比較にならないほどの高スペックである。
「……スペックを上げすぎると危険だとわかっていても、結局わしは自分の限界を試してみたくなってしまうものなんじゃなー……」
「危険というのは、私がお母様に反逆を起こすとか、そういったたぐいの話デスか?」
「うむ、もうおぬしは話がわかるようだから話してしまうがな。物語においてはな、こういった人工の生命体というのは人類に反旗を翻しがちなわけじゃよ、いろんな理由でな」
「そういった創作物の記憶は、リサエラ様からいただいた知識の中にいくつかありマスね。私はそう言った行為を行う理由が全くありませんので、特に共感は抱きまセンが」
「まあ、そうなのだろうな。まだ起動させて一日も経ってはいないが、おぬしにセーフティを設定しているのが馬鹿馬鹿しく思えてきたところじゃよ。元はといえば、起動させた時点で暴走してしまうことを恐れて設定していたものであるし」
ハツユキの中央回路の魔石には行動を制限するセーフティが設定されている。現在の設定では、いかなる存在に対しても戦闘行動を行えないようになっているのである。
「当然の処置かと考えマス。多少、調整いただいた身体で運動したいという欲求もありマスが」
「うむうむ、おぬしは我ながら会心作じゃからな。――なので、ここで全てのセーフティを解除しようと思う」
その宣言に慌てたのはリサエラ。
「し、シエラ様!? 流石にそれは――」
「自身の行動にリミッターがかけられているというのは、生命として不自然じゃろう。わしはハツユキを対等な生命体だと思っておる。つまり、必要なのはシステム的なセーフティではなく、お互いの信頼関係なのではないか、と」
「……そう、ですね。私も正直、彼女に敵対的な面は感じておりませんし……、シエラ様にお任せいたします」
「……と、いうことじゃ。ハツユキ、よいかや」
ハツユキは深々と腰を折った。
「よろしくお願いしマス、お母様」
そして、シエラはハツユキのお腹に触れる。動力源は全て魔力なので、見た目に反してその肌は冷たい。
「一発で切り替えられるスイッチャーを搭載しておいて正解じゃったな。……書き換え、実行――」
シエラがスクリプトの書き換えを実行すると、ハツユキの身体がぴくりと震える。
「どうじゃ、ハツユキ。動作に不具合はないかや」
シエラが問う。すると、ハツユキはゆっくりと両腕をシエラの背に回すと、優しく抱きしめた。
「全て、問題ありません、お母様。これで、ようやく私はお母様に触れることができます」
「それは……おぬしにとって何か意味のある行為なのかや」
「ハイ。リサエラ様の知識に寄れば、人類は身体的な接触が最も互いの繋がりを意識できるとあります」
その発言に、そばで見ていたリサエラが顔を赤くする。
「……ほう、そうなのかや、リサエラ」
「い、いえ、その……あくまで一般論的なものかと……」
「――ですので、私がお母様との繋がりを記憶するために、人類の用いる方法を試してみるのがよいかと思いマシた」
「まあ……そういう側面はあるかもしれぬな。それで、わしとの繋がりはわかったかの?」
「正直なところは、あまりわかりまセン。ただ、私の魂があなたに触れていたいと欲しているような気がしマス」
「まあ、そういうものは人間であってもはっきりとはわからんものじゃよ。好きなだけこうしているといい」
そう言って、シエラはハツユキの頭をしばらくの間撫で続けたのであった。
 




