81.ソフト開発、そして
そんなことを話しつつティータイムを終了して、シエラはソフト面の設計に入っていた。
夕飯の用意までにまだ時間があるということで、一緒にいるリサエラにも知恵を借りるつもりである。
「……日常動作であったり、常識であったりの基本的な知識については、人間のものを移植するのがよいのではと考えておる」
「なるほど、たとえば私やシエラ様の知識を転写して、自動人形の元とするわけですね。そういったものの記憶装置はどうされるのですか?」
「おそらく、魔石が使えるのでは、と。普段は魔導具を作ったりする際に魔法の構造を書き込むものじゃが、同じように情報を転写して書き込んでしまえばよいのではないかと思ってな。その情報をもとに自動人形が動けるのかといったことについては、流石に全くわからぬから実際に試行錯誤するしかないとは思うが……」
少なくとも、自動人形は《エレビオニア》には存在しなかった未知の新技術である。そのため、今シエラが考えていることは全て机上の空論に過ぎない。知識の転写にしても、試してみないことには可能かどうかすらわかっていないのだ。
これ以上は実際に組み上げてみて、そもそも動くのか動かないのか、何が必要なのかを探っていく必要がある。
「あとは、セーフティ部分の設定――出力を制限したり、攻撃しない相手を決めておいたり――とかかの。慎重になるに越したことはないが……ひとまず組み上げてみるとするか」
次の日の午後。ほぼ徹夜に近い作業の甲斐あって、作業テーブルの上には一体の人形が横たわっていた。
(つい熱中してしまった結果日を跨いでしまったので、鍛治錬金術具店には臨時休業の札を置きに行ったのだった。)
外装には魔獣の皮など複数の素材が混合された布地が使用されており、テスト段階ということもあって色は真っ白で肌の質感とは程遠い状態である。
頭部には遠視の魔法を書き込んだ魔石が二つ嵌め込まれており、加工の甲斐もあって碧眼のような印象だ。
また当然髪の毛は用意していなかったのだが、外装のままだと違和感があるということでシエラが昔開発したネタ頭部装備のカツラが被せてある。外ハネ気味の青髪ショートカットは完全にシエラの趣味だ。
「……といったように、まだパッと見で人工物とわかるような感じじゃな」
「やはり、外装は最低限肌色なほうがそれらしい気もしますが……」
そう言うリサエラに、シエラは少し言い淀む。
「あー……それはじゃな。まあ……何かの不具合で処分せねばならなくなったときにじゃな……過度に感情移入しないため、というか」
「あっ……なるほど、すみません、シエラ様。私の考えが至りませんでした。ですが、たとえどうなろうと、どんな見た目であろうと、シエラ様は私がお守りします」
リサエラはそう答えて、冥界の王の小手に包まれた両手を合わせる。
何かがあったときに備えて、リサエラには戦闘の準備をしてもらっている。それにシエラの思いつく限りのリミッターを仕込んではいるので、そういったことは何も起こらない――と信じたい。
「あとは、まだ外装が開いたままの腹に核を込めれば起動できるな。儀式用の魔法陣も配置したし……よし、始めるとするかの」
シエラが手を合わせて、魔力を練る。
「シエラ特製儀式魔法、《魂転移》起動――」
目を閉じ、始動キーを唱えると、作業テーブル下の床に描いた魔法液体金属製の魔法陣が淡く輝き始める。
これは、以降のシエラの詠唱を肩代わりするものでもあり、魔法の効果を長時間発生させる仕掛けでもある。《エレビオニア》では魔法で《陣》を張る術師がよく用いる方法である。
シエラが張れる陣は生産系か錬金術関係の魔法のみではあるものの、炉の火力を上げたり、腐食を防止したり等様々な活用方法がある。
しばらく待っていると、作業テーブルの上、人形の前に置かれた白龍の核がどくんと脈を打つ。脈といってもそれは魔法的な力の脈動で、物理的な動きはないもののシエラやリサエラには鼓動が感じられる。
「既成概念に囚われず……世界は見たままが全てではない……、よし、この場は全てわしが支配した……! 《魂転移》、状態を第二段階へ……!」
魔法的な感覚を頼りに、絶えず流動する魔力の塊を導き、筐体の中へ収めていく。シエラは目を閉じているため魔力の変化しか感じられないが、リサエラは眼前の光景に息を呑んだ。
白龍の核の形状が少しずつ曖昧に崩れていき、光の粒子になって拡散したかと思えば、少しずつ人形の中央へ収束していく。空洞だった下腹部の空間が、白い光で満ちている。
「転移中の損耗、なし。最終段階へ移行……固定化、実行……、よーしいい子じゃ、頼むぞ――」
いっときは赤子のように暴れていた魔力が、落ち着きを取り戻していく。
そして――光が収まる。
人形の下腹部には、白く透明な宝玉がすっぽりと収まっていた。
魔力が完全に落ち着いたことを確認して、シエラが目を開ける。この儀式魔法は自身が物理的な世界を見ないことで、魔法的な力の存在を曖昧にすることが重要だったので、完了するまで目を開けることが許されなかったのであった。
「――おお……上手くいったな。理論はなんとなくわかっていたとはいえ、ぶっつけ本番でうまくいってよかったのう……」
「流石です、シエラ様。新魔法まで開発されるとは」
「まあ、必要ならば道具から作るのが生産職、ということじゃな。この魔法は他の用途は全くなさそうじゃが……。とはいえ、あとは制御基盤に始動キーを送るだけか……」
シエラは緊張から、ごくりと息を呑んだ。人形の核のさらに上部には、大きめの魔石が鎮座している。これには人形を制御するための様々な命令が記されており、起動キーや停止キーも設定されている。
ちなみに、基礎動作については最終的にリサエラのものを転写させてもらった。リサエラが自ら志願したのが大きな理由だが、リサエラの所作は誰が見ても美しいものなので、シエラとしても彼女の知識を借りたいと考えていた。
この人間の記憶から知識を読み取り魔石に転写する魔法も今回シエラが新たに用意したものだ。実際にはこの世界においてもとんでもない魔法なのだが、シエラは必要に迫られて作成しただけで、その価値については特に理解していないのであった。
「…………、《コード:ラケシス》。起きよ――自動人形よ」
シエラが魔力を練って、起動キーを唱える。
すると、一瞬だけ自動人形との魔法的な繋がりを感じ――続いて、核が脈動を始める。
テーブルの上の人形は寝たままの姿で唇を動かさず、こう言った。
「――おはようございマス、お母様」
もりもり誤字が見つかるので恥ずかしい……




