55.実演販売
その後シエラは天空城で夜を明かし、昼前にアイゼルコミットへと転移していた。
(久々に再会したリサエラがなかなか離してくれなかったのである)
借りている部屋から下のロビーに降りると、シエラの借りているスペースにはちらほらと開店待ちの冒険者が集まってきていた。
特に告知もなく数週間アイゼルコミットを離れていたわけだが、行動自体は有名パーティの《黒鉄》と共にしていたので、《マウンテンハイク》利用客であれば把握していようというものだ。
「おう、ぬしら、しばらく空けてすまんかったな。今日からまた平常運転じゃ」
そう言いつつカウンターの内に入り、商品の薬品を並べていく。
冒険者たちはといえば、口々にシエラを歓迎してくれているのでシエラとしてもありがたい限りである。
そうして商品を売り捌いていると、入口から《黒鉄》の面々が現れる。
「おや、シエラ殿も早速営業再開か」
やはりネームバリューというのは偉大なもので、《黒鉄》が見えると同時に冒険者たちがわっと沸くと同時に、進行方向の人々が割れていく。
「うむ、おかげさまでな。と、イヴ、ちょっとよいか」
「……なに?」
ガレンの後ろからイヴが出てくる。イヴも小柄ではあるが、ガレンがあまりにがっしりしていて完全に隠れてしまっていたのだから相当なものである。
「アレが完成したのでな、っと」
そう言ってシエラがインベントリから取り出したのは白い魔法銃。《雷霆》である。
その姿を見て、周りの冒険者たちがざわつく。
あれはなんだ、イヴさんが使うんだから弓なんじゃないか、いやもっと別の用途の道具かもしれない、などなど。
「どうじゃ、イヴ。試射ついでに我が工房正式生産魔法銃第一号、《雷霆》のお披露目といかんかな」
「……もちろん、やる」
《雷霆》を受け取りつつ、イヴは強く頷いた。
《黒鉄》の面々や、ロビーで興味を持った冒険者たちを連れてシエラは王都の外に出てきていた。
このあたりはまばらに民家がある地点を抜けると草原が広がっており、長距離射撃に丁度良い環境なのである。
「さて諸君。魔法銃は魔法を射出するための魔道具じゃ。しかもただ射出するのとは違い、内部で圧縮、指向性を持たせることによって低位の魔法を強力にして放つことができるという画期的な魔杖だと思ってくれればよい」
その説明を聞く観客は、未知の道具にまだイメージが湧かないようである。
イヴがグリップを握ると、銃身にいくつものラインが走る。
「まあ、百聞は一見にしかず、実際に見てもらうのが手っ取り早かろうて。イヴ、いつでもよいぞ」
「うん。……――《遠雷槍》、発射」
イヴが狙いを定め、引き金を引く。
目標物は、はるか先へに見える大きな岩である。
チャンバー内部で圧縮されていた《遠雷槍》が前方にのみ開放を許され、圧縮されたまま銃口へと向かう。
ライフリングは回転を与えると共に、魔術的加工によって《遠雷槍》に強力な前方への指向性と、さらなる加速を命じる。
そして、射出。カッと光った瞬間一条の光線が放たれたかと思うと、光線は瞬く間に目標地点へと飛来、そこにあった大きな岩に激突する!
中心部をきれいに射抜かれた大岩は、着弾地点にぽっかりと穴が開いているだけでなく、その周りはどろりと赤熱して溶け出してしまっていた。
「命中、確認。……すごく、いいね。シエラ」
「うむ、そうじゃろう、そうじゃろう!」
着弾を確認して二人が笑い合うと、ようやくなにが起こったのか理解した冒険者たちがざわめきだした。
「試射は成功じゃな。撃ち出したのは雷属性の攻撃魔法《遠雷槍》。魔術師にとってはそこまで高位の魔法ではないが、魔法銃で発動することによってこの威力を得ることができる。どうかね、諸君」
冒険者たちのざわめきは大きくなるばかりだ。内容は驚きと興味に彩られている。
そのうちの一人が軽く手を上げて発言する。
「すごいな、これは……。ここで実演して見せたということは、俺たちにも売ってくれるということかい?」
「いい質問じゃ。おうとも、これこそがツェーラ工房の新商品、魔法銃なのじゃからな。まあ、生産は始まったばかりでな、正式な販売開始は一週間後というところじゃな。……まあ実は、その販売用のファーストロットが今手元に五機ほどあるんじゃが……お主らに売ってやらんこともない」
シエラがそういうと、冒険者たちはこぞって声を上げる。どうやらイヴによる試射の効果は大いにあったらしい。
希望者は五名をゆうに超えていたが、最終的に冒険者パーティにつき一つを売るということでなんとか平和に売ることができた。
使ってみたあとには是非とも感想をくれよ、と念押ししてこの集まりを解散したのであった。
マウンテンハイクに戻ってきたシエラは、テーブル席でイヴと昼食を食べていた。
シエラは実演が上手くいったことに上機嫌になりつつ、昼食のホットサンドにかじりついていた。
「うむうむ、やはり他の冒険者にも魅力的に見えたようで何よりじゃな」
「たぶん、これは歴史を変える発明」
答えるイヴはテーブルに立てかけた《雷霆》を見て、真面目な顔でそう評した。
「……《遠雷槍》が、あの威力になるなんて」
「確かに、《遠雷槍》は当てやすいわりに火力には乏しいところがあったが、《雷霆》で圧縮して使えば速度、精度、火力全てを底上げできるという寸法じゃよ。《雷矢》より更に効果が分かりやすかろうて」
魔法には『階梯』という概念がある。第一階梯から順に、段階が上がるごとに魔法は強力になっていくというものだ。
その考え方は《エレビオニア》とこの世界とで一致しているようで、例えば最初に学ぶ《雷矢》は第一階梯、二段階上の《遠雷槍》は第三階梯にあたる。
以前この街で下調べをしたのだが、このあたりの冒険者の魔法使いの使う魔法はだいたいが第五階梯前後のものらしい。(無論、練度によって上下するところではある)
《イダテン》にこめていた《雷矢》などは本来はダンジョン内の敵に有効な魔法ではないのだが、実際にはあれだけの活躍を残している。きっと《雷霆》はそれ以上の成果を出してくれることだろう。
「ただまあ、広範囲攻撃であったり、さまざまな魔法を使用できる点ではまだまだ本職の魔法使いには敵わないわけだが……、冒険者たちの選択肢の一つになってくれるとよいがな」
そうしてシエラとイヴは魔法銃の運用や今後についてを話し、なかなかに盛り上がったのであった。
 




