52.いきはよいよいかえりもよい
「ヤイリア大渓谷は外れだったようだな」
重厚な、思い金属製の宝箱を開けたガレンがつぶやく。
その言葉を聞いて、シエラはがっくりと肩を落とす。
「それは何よりじゃな。異常がないのが一番じゃからな。まあそれも…………」
そう言って見上げるのは、視界の左右にそびえ立つ圧倒的なスケールの、断崖絶壁。
「ダンジョンに入ってから三日もかかっておれば、徒労感もあろうというものよ――」
コイラ墳墓を出たあと、シエラと《黒鉄》の一行は一度ヤイグリに戻り、それからまたヤイリア大渓谷へと向かった。
道中では既に魔物との遭遇頻度は下がってきていたので、コイラ墳墓の対処は成功したのかもしれない。
無論ヤイリア大渓谷に異変がないと決まったわけでもないので、ダンジョンに入ったわけだが……。
「洞窟を何時間も歩いたと思ったら今度は断崖絶壁で魔物と戦闘、崩落ポイントは数しれず、三日三晩かけてたどり着いたら異常なし……じゃものなあ」
「もとより、この仕事はそういうものだ」
「わかっておる。わかっておるから言わんでよい」
「ダンジョン最深部の宝物も手に入って十分な儲けになっている。シエラ殿にも追加の報酬を支払う用意がある。そう悪い話ではないと思うが」
「……慰めと受け取っておこう……」
確かにダンジョンを攻略する最中に収集した素材や回収した魔法の道具など、三日かけて攻略した甲斐のある量の戦利品を一行は手にしていた。
そして加えて言えば、中堅どころの冒険者たちであればヤイグリ大渓谷を攻略するのに一ヶ月はかかるところを三日の強行軍で突破できているのだから、嘆くのは贅沢というものである。
それにしても来た道をまた三日かけて帰るのか……とシエラは思わずにはいられなかったのだった。
「あー……なかなかに疲れたのう」
馬車の中で、シエラが腕と背を伸ばす。
結局ヤイリア大渓谷には異常はなかったので、一行はアイゼルコミットへと帰ることにしたのであった。
冒険者たちには、封印された剣には触れないようギルド経由で連絡をしたのでおそらくヤイグリ周辺での異変は解決したはずである。
もっとも、解決といっても誰が何のためにあの呪いを仕掛けているのか手がかりすらつかめていない状態なのだが……。
「……シエラ、ありがとう」
シエラが背を伸ばしていると、イヴが小さく頭を下げてつぶやく。
「どうした、突然に」
「シエラがいて、すごく、助かったから……」
そう言うイヴに、ギリアイルも頷く。
「そうだね。探索や戦闘も今回はすごく楽だったよ。それに大変なダンジョン行軍の最中もにぎやかで楽しかったしね」
「うるさくてすまんかったな」
ギリアイルの言葉に笑って答える。
今回はギリアイルとイヴのいる後方部をカバーする役目になっていたため戦闘に積極的に関わっていたわけではないのだが、役に立ったと言われて悪い気はしない。
提供した備蓄のポーションも好評だったので、どうやら良好な関係を築くことはできているようだ、と少し安心する。
「……それだけじゃ、ない。これ……すごく良かったから」
そう言ってイヴが大事そうに取り出したのは試作魔法銃《イダテン》。
今回二つの大型ダンジョンでイヴに酷使されたそれは、黒いマット塗装のところどころが剥げ、鈍色の傷が入っている。
実際、イヴは今回の遠征でずっと魔法銃を使い続けていたので、良かったというのは本音だろうと感じる。
「うむ、それは良かった。丁度良い、感想だとか要望だとかがあればここで聞かせてくれぬかの」
「……うん。命中精度は、すごく良かった。でも……私はもう少し強い魔法のほうが、使いやすいかも。魔力も余ってたし……」
「なるほど。確かに《雷矢》は最低級の魔法じゃったからな。今回一撃で抜けない魔物も少なくなかったし……見たところ、イヴの魔力であれば二段階上の《遠雷槍》あたりがよいかもしれぬな」
「うん、そのくらいがいい、かな」
「《遠雷槍》を撃つとなるともう少し銃身を大型化したほうが良いな……すると材質は……オプションにスコープも……うむ、アイデアはまとまった」
「いくらでも、払うから……向こうに帰ったら、発注させてね」
「うむ、任せておけ!」
どうやら、イヴの銃が魔法銃の正式生産第一号となりそうだ。
いいものに仕上げなければな、と仕様を妄想しつつシエラはほくそ笑む。
「ねえイヴ、ぼくも少し試させてくれない?」
おそらくはダンジョン攻略中から興味を持っていたのであろうギリアイルが声をかける。
「……これは、私の」
ギリアイルが手を伸ばすも、イヴは《イダテン》を胸に抱え込んでしまった。
「あー……それなら仕方ないね……イヴは昔から変なところで頑固なんだから……」
「ああ、それならこいつを試してみるとよい。《イダテン》より前に作った試作品じゃよ」
シエラが苦笑しつつインベントリから包みを取り出す。
その包みの中にはイダテンより更に無骨なシルエットのいかにも試作品然とした魔法銃が収まっていた。
「この中には火属性の初級魔法《火玉》が込めてある」
「まだ試作品があったんだね。ありがたく試させてもらうよ」
「普通に使うぶんには問題ないはずじゃ。ただ《イダテン》より精度が出なかったのと、射程距離が短くてなあ」
そう言いつつ三人は馬車の側面に大きく開いた窓から身を乗り出す。
このあたりは延々と道が続いており、少々魔法を撃ったところで誰かの邪魔にもならないので丁度いいだろう。
《火玉》は火属性の魔法を学ぶ際に最初に学ぶ魔法だ。
野球ボールからサッカーボール程度の大きさの火球を作って飛ばすことができる。
ただ、熱量はあまり大きくなく、途中で霧散してしまう上に魔法防御が高くなくとも革鎧で防げてしまう程度の魔法である。
ギリアイルが魔法銃を構え、少し先に狙いを定める。
「魔力を込めて……《火玉》……いけっ!」
ギリアイルが引き金を引くと、ボッと大きな音を立てて火球が飛ぶ。
構造強化と指向性を魔法に付与しているため、銃口の直径と同じビー玉大である。
火球はまっすぐ飛び、百メートルほど進んだところで地面に衝突し、派手に土煙を巻き上げる。
「なるほど、これはすごいね。《火玉》でこの威力かあ……!」
「うむ、元の魔法よりは格段に威力は上がっておる。ただまあ、まだ本体の構造が若干甘いモデルじゃがな」
その後数発試射して満足したギリアイルから銃を受け取って、再びインベントリにしまう。
「うん、これは確かに魅力的だね。商品化が楽しみだ」
「そう待たせることはないはずじゃ。くくく……これは流行らせねばな……」
イヴがダンジョンで使用していた様子から、これは武器の新しいジャンルとして食い込めると確信したシエラ。
こういうものは拙速な程度で丁度いい。誰かに似たようなものを出される前に発売してやろうと心に決めたのであった。




