44.広がる世界
「天空城認識阻害結界《アマテラス》は有効に機能しておるな。いつ見ても見事な雲海じゃ」
シエラたち三人はエルマに案内されて天空城の外にある、第三外郭展望台へとやってきていた。
実際に見たほうがわかりやすいだろうという配慮である。
天空城アルカンシェルには下を見るための展望台がいくつも用意されており、防衛兵器などとともに落下防止用の柵や望遠鏡などが設えられている。
現在は、眼下には厚い雲が広がっており、どういった場所を飛んでいるのかは全く確認できない。
これは天空城に用意された認識阻害結界《アマテラス》の効果の一つであり、出力にもよるが周辺数キロメートルに渡って天空城の周囲に擬似的な雲海を展開するというものである。(なお物理的な水分を含んだ雲ではなく実体のない幻影のたぐいのため、雨を降らせたりはできない)
この世界に飛ばされてからはシエラは展望台へ来ていなかったので、眺めの壮大さに感嘆していたのであった。
そこへ、エルマがメニューウインドウを開きつつ解説を始める。
「現在、認識阻害結界《アマテラス》の幻影雲海生成術式《アメノイワヤ》によって眼下を遮断しておりますが、これよりモードを光学迷彩のみに変更し、地上からは空が、我々からは地上が見えるよう調整いたします」
「そういえばそんな機能もあったのう。して、現在わしらはどこにおるのかの」
「はい、現在我々は――《オルジアク》の東側付近、上空四千メートルを飛行中です」
エルマが説明し、メニューウインドウを操作する。すると少しずつ雲が薄らいでいき――視界が晴れた。
「ぉ、おお、これは……!!」
眼下に広がっていたのは、絶景。
視界の端まで広がる広大な大地がそこにはあった。
ところどころに民家の集まっている場所も存在しており、人類の営みを感じることもできる。
「うむ、これは絶景でござるな。言葉にならぬとはまさにこのこと」
隣で言うチクワは目を細め、遠くまで見渡している。
「地平線まで、ずっと大地が続いていますね……地図の通り、本当に巨大な大陸のようです」
リサエラも息を呑んで景色に見入っている。
「そうじゃな……しかし、わし、ちょっとダメかもしれん…………」
最初の数分は景色に圧倒されていたシエラだったが、柵のすぐ下に広がる景色に、恐怖心が芽生えていた。
上空四千メートルというのは明らかに常識を外れた世界であり、飛行機の座席以外では目にすることのない景色である。
高所恐怖症であるかどうかに関わらず、本能的な恐怖を呼び起こしても無理はない。
「ふむ、それでは拙者はこのあたりで行くとしよう。エルマ殿、十秒間だけアマテラスの対物障壁を切っておいてくれるかな」
「わかりました、が……チクワ様……?」
シエラが柵から離れて心を落ち着かせていると、ふとチクワがエルマに声をかけ、ひょいと柵に飛び乗る。
「は? チクワ、お主――」
シエラが呆然と呟くが――
「それではこれにて失礼」
次の瞬間、空中に一歩を踏み出したチクワは――重力に引かれて、そのまま姿を消した。
「な、チクワぁ――――!!?」
「チクワ様――――!?」
シエラとリサエラが同時に叫び、柵から身を乗り出したときにはすでにチクワの姿は豆粒のような大きさになっていた。
奴は、上空四千メートルから身投げしたのである。
「え、な、お、おい……あやつはばかなのか……? いや馬鹿なのは戦闘に関わることだけかと思っておったが……」
「悪く言うつもりはありませんが、タガが外れるのは戦闘中のみかと思っておりました……まさか飛び降りるとは」
「…………、しかし改めて考えてみると、あやつならこの程度では死なんような気もしてきた」
「…………、確かに……」
シエラが思い浮かべるのは、チクワの中の人の異常な運動神経と、ゲーム内での異常なプレイヤースキルである。
リサエラも、おそらくは(ゲーム内での)同じような光景を想像しているようである。
「おそらくは、ですが……空中を蹴るスキルであったり、空中に滞空するスキル等を活用して落下速度を軽減するのでは、と思いますが……」
リサエラによれば、戦士系のプレイヤーキャラクターは基本的に共通して高レベル帯で複数段空中でジャンプをするスキル等を習得するそうだ。そのあたりのスキルや、サムライマスター特有の剣技等を活用して地上に降りるのではないかということである。
「なるほどのう……、もしや、やろうと思えばリサエラも……?」
シエラが恐る恐る尋ねる。
「肉体の強度は一般人の比ではありませんし、魔法や技能を駆使すれば……考えてみると、方法はいくつかありそうな気がします」
「……マジ……?」
シエラが一歩引いて答えると、リサエラは慌てて首を横に振って否定する。
「いえっ、でも、実行する気にはなりませんよ! ここまでの高さとなると、単純に怖いですし……」
「じゃよなあ、あやつ、やはり頭のネジが二桁単位で吹っ飛んでおったんじゃなあ……」
呆然としつつ、改めて眼下を見やり呟いたのであった。




