38.ここからまた
「う……ん」
アストラ遺跡事変から数週間が経った。
シエラは相変わらずアイゼルコミットと天空城《アルカンシェル》を行き来する生活を送っている。
この日は天空城の自室のベッドで昼前まで寝ていたのであった。
《マウンテンハイク》はいい宿だが、やはり天空城の家具は高級なものばかりで揃えられており、寝心地は流石に比較にならないレベルである。
ひとまず布団から出たシエラは伸びをすると、ワードローブから服を選ぶ。
彼女の衣装棚には、能力値的な実用性を考慮しなければ膨大な選択肢がある。
そしてとりあえず目についた清楚な印象の白いワンピースに着替えると、部屋を出た。
部屋を出ると、いつから待機していたのかエルマが涼やかな微笑ですっと頭を下げる。
「おはようございます、シエラ様」
「う、うむ、おはよう、エルマ。……何か用じゃったか?」
「いえ、緊急の用事はございません。ただ、先週は週次報告ができませんでしたので、本日二週間分の報告をさせていただく時間をいただければと思います」
「ああ、そうか……。先週は忙しかったからのう」
天空城では、外部の調査や内部の状況などを週に一度報告する会を開催するようにしていた。
ただ、先週のシエラは錬金術具店で大口の注文が複数重なり、天空城に戻っている時間がなかったのである。
アストラ遺跡事変後は噂も広まったようでそれなりに繁盛するようになっているのでありがたいのだが、忙しすぎるというのもなかなか考えものである。
「そういうことであればやっておいたほうが良いな。一時間後で構わんかの」
「はい、各担当者を集めておきます」
「うむ、頼む」
打てば響くといった様子で淀みなく返答をくれるエルマに感謝しつつ、朝食兼昼食を食べに食堂へ向かう。
リサエラがいなかったら食料保存庫から適当にもらってこよう、と考えていたところだったが、その隣にはいつの間にかリサエラが何食わぬ顔で歩いていた。
「ぬ、お…う、リサエラ。おはよう」
「おはようございます、シエラ様。先に向かって昼食をご用意しますので、食堂でお待ちくださいませ」
そう言って、リサエラは素早く先に歩いていってしまった。
しかしシエラは戦闘職種ではないとはいえ、リサエラがいつ現れたのか全く察知することができなかった。
隠形なのか歩法なのか、完璧な気配の消し方である。
今のもおそらくグランドマスターメイドのスキルの一種なのだろうと思うのだが、メイド系職種というのはなかなか謎の深い職業である。
メイド系職種とは、れっきとした戦闘職種に分類される職業である。
様々な武器種を操る武器使い《アームズアダプター》系統の職業が前提となっているだけあって『全て』の武器種に適性があり、他の職業にない独特な戦闘技能も習得していく職業である。
他にもメリットは多々あり、技量が高く命中率とクリティカルヒットに高い補正がかかったり、料理スキル・裁縫スキルを本職の生産職業に一歩劣る程度まで習得できたりといった具合である。
ただし、デメリットもある。全ての武器種に適性がある代わりに、一から二種類の武器を極めるタイプの職業には特化したときの総合的な強さで劣る。他にも筋力値が低めだったり魔法に対する防御力が低めに設定されていたりと戦闘特化の職業より多少能力値が冷遇されている感は否めない。また、装備できる防具は《種別:メイド服》に限られるという条件もあり、防御力は低くなりがちである。
「……それをひっくり返すのがプレイ時間というわけだが。まあいいか、とりあえずメシだ」
ゲーム内屈指の能力値と特殊能力を誇る冥界王の篭手を装備し、全力を出したリサエラがプレイヤー相手に敗北したところは見たことがない。
身内の頭のおかしさに紛れてしまっているフシはあるが、リサエラもかなりのやりこみ勢であることは間違いがないのである。
「おお、いい香りだ」
食卓に着き、五分少々待っていると香ばしい香りが漂ってくる。
そしてまもなくリサエラがトレイを持って食堂に入り、食卓に二人分の食事を並べていく。
「今日は具材多めの炒飯です」
「うむ、いいのう、すばらしい……! これもオリジナルかや」
「そうですね。《エレビオニア》にはあまり中華のレシピはありませんでしたので、記憶を頼りに作ってみました」
「いやしかし、見事なものだ。さっそくいただこう」
「はい、いただきます」
そしてできたての炒飯を綺麗に食べ終わり、シエラはふぅと一息ついた。
ゲーム時代に集めていた記憶のある野菜や魔物の肉等の入った、この世界ならではといった風味の炒飯は非常に美味であった。
「さて、そろそろ会議室に向かうとするか」
「ご一緒します。――といっても最近はずっとこちらにいますので、だいたいのことは把握しているつもりではありますが」
「そういえば、既に天空城の管理機能はほとんどがリサエラを上位に据えて回っているのだったな。……すさまじい事務能力だ……わしはそういうのはどうにも苦手でな」
「ずっとシェルマスターをされていたというのに、ご謙遜を」
リサエラが冗談めいた笑い方をしたので、シエラもつられて笑う。
ゲーム時代は特に管理すべきものが多くあるわけでもなかったので、今の状況とは比べ物にならないのである。
そんなことを話しつつ、二人で会議室に入る。
扉を開けると、いつものように眷属序列の高い管理者クラスの者たちが片膝をついた状態で待機していた。
仰々しいのはやめてほしいなあとエルマにやんわりと伝えたことはあるのだが、譲れないものがあるのかこの対応は変わる様子はない。
「うむ、ご苦労、面をあげよ」
そう声をかけ、今週の週次報告会が始まったのであった。




