36.かえりみち
シエラは、帰り道は《黒鉄》と馬車を共にしていた。
《白の太刀》は丸二日以上の戦闘で気力を使い果たしており、別の馬車で全員が爆睡中である。
「しかしまあ、なんとか死者が出ずに済んでよかったのう」
「……ん。やっぱり、《白の太刀》は、すごい」
答えるイヴの声音には、純粋な尊敬の念が感じられる。
「そうだな、被害が出なかったのも全ては早期から対応していた彼らのおかげだ。夜を徹して戦い続けるというのは、一流の冒険者の胆力の為せる技よ」
ガレンも続き、
「本当にね……ぼくたちも《白の太刀》に次ぐ冒険者パーティだなんて言われたりもするけど、彼らはやはり別格だな、と思わされるよね」
ギリアイルもしみじみと頷く。
(ちなみにエディンバラは馬車の隅でいびきをかいている)
この世界の人間はレベルが上がるごとに頑強になっていくし、肉体の性能も上がっていくが、それでもやはりそれだけの長時間戦い続けるというのは、尋常ではないことである。
レベルといえば、この世界の人間種の者たちがインベントリを使えるのと同じように、ステータス画面も確認することができるようである。
なのでそこから自身のレベルを確認することもできるし、技能の習熟度もおおまかに知ることができる。
冒険者ギルドでのランク上昇には、実績のほかに一定以上のレベル制限も課されているそうだ。
どうしてそういうところがゲーム的なのかシエラには不可解なのだが、それがこの世界の当然なのだから受け入れるほかない。
この世界の法が解き明かされる時が来るのかどうか、シエラにはまだ全くわからないのであった。
「それにしても、冒険者、か……。確かに噂に違わぬハイリスクハイリターンな職業選択よな」
「ん? どうした、突然」
シエラのつぶやきに、ガレンが反応する。
「いや、わしはあまり危険な経験というのはしたことがないものでな。日頃から命を張る生き方というのは、なかなか大変そうじゃな、と」
それを聞いたガレンの顔は、少し昔を懐かしんでいるようだった。
「まあ、確かに危険とは隣り合わせだな。だからこそ金になるというものだが、道半ばで命を落とす者も少なくない。俺たちも昔は無茶をしたこともあったよな」
イヴはなにか心当たりがあるのか、少し恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
ギリアイルも、苦笑気味である。
「確かに、駆け出しの頃はいろいろ無理したりもしてたね……。その頃を知る知り合いに会うと、笑われて恥ずかしい思いをするよ」
「まあ、それも含めて今の俺たちがある。シエラ殿も、冒険者の職に興味が?」
「ああ、いや、わしは特にはな……。わしの知り合いに、同じような生き方をしている奴らがおるんじゃよ」
といっても野蛮人の領域に片足を突っ込んでいる自由人たちではあるが。
「なるほどな……。そういえば、シエラ殿も見事な剣技だったが……冒険者の経験はなかったんだな」
「あれは剣技というより得物の性能任せじゃからな……。こいつじゃよ、わしの作だ」
そう言って、シエラは白銀の大剣《ソード・オブ・アイオライト》を実体化して見せる。
「おお、これは美麗な……少し、持ってみてもいいか」
ガレンが驚いて尋ねる。シエラは特に気にせず、気軽にほれと大剣を差し出した。
「……ぬ、重いな……。しかし、間近で見ると更に印象が変わるな。錬金術師であると同時に、こんな業物をも打てる鍛冶師でもあるのか……」
「そう褒めるでない、照れるぞ」
シエラはそう言ったが、表情は実に満足気である。
ゲーム時代から自身の作るものに対しての自信はなぜか人一倍強いので、褒められると素直に嬉しいのである。
「ああ、そういえば《白の太刀》の得物も最近わしが打ってやったんじゃよ。なかなかじゃったろ」
その言葉に、ガレンが納得した顔になった。
「なるほど、なるほどそうか、合点がいった……! それぞれが以前見たときと違う、かなりの業物を持っていると思ったが、シエラ殿の打ったものだったか」
「……リーダー、新しい盾、欲しくなってる?」
ガレンの心境をイヴが読み解き、ツッコミを入れる。
「い、いや、俺のはまだ新調して一年程度だからな……。そろそろイヴの弓とエディンバラの太刀は買い替えてもいいと思っていたんだが……。シエラ殿、もしよければ依頼させてもらえないか」
ガレンの顔には「せっかくなら自分も新しい武器が欲しい」と書いてあったが、パーティの予算との兼ね合いを計算したのか、渋い顔で提案してきた。
「うむ、構わんぞ。確か宿に帰ってから打ち上げだったな? その席で条件の交渉と行こうではないか」
「ああ、頼む」
ガレンがしっかりと頭を下げる。
見れば、イヴも小さく頭を下げていた。
「……たしかに、ゲラリオの弓、よかった。前よりずっと、速くて正確になってた」
「うむ、そうじゃろ。イヴにもおぬしに合った物を作ってやらねばな」
そんな話をしつつ、帰りの馬車は何事もなくアイゼルコミットへと走ったのであった。