33.緊急クエスト
《黒鉄》の参戦でなんとか遺跡下層入り口で魔物を抑え込んでいた戦線も、ついに遺跡上層で魔物をできる限り討伐する戦いになっていた。
先ほどから彼らの討伐圏内から外れた魔物が何体も森に向かってしまっている。
「ちっ、こいつはきついな……!」
「泣き言言わないの! 耐えるんだよ!」
必死に矢を放ち魔物を串刺しにしていた《白の太刀》のゲラリオだったが、インベントリに大量に貯めていたはずの矢はほとんど尽きかけていた。
集中力の落ちかけていたゲラリオの背後を襲おうとしたリビングデッドをアケミが大盾で弾き飛ばしつつ、ゲラリオを叱咤する。
そのアケミも体力は限界で、大盾を振るう腕は重々しい。
「耐えろ……アカリが、もうすぐ来る、はず」
アースリの魔術は火力はあるものの消費も激しい。魔力ポーションの在庫はなくなり、体内の魔力ももう底が近い。
「ちいっ、こんな状況は流石に初めてか!」
「黙って、手を動かせ」
エディンバラが漏らして、ガレンが注意する。
《黒鉄》の面々も奮戦していた。
彼らのほうが到着が遅かったこともあって体力魔力ともにまだ多少残っているが、事前に買っておいたポーション類は《白の太刀》に使ってなくなってしまった。
――しかしシエラが彼らに売った大量のポーションがなければ、この戦線はとっくに瓦解していた。そういう面では、シエラは既に十分に彼らの役に立っていたのである。
エディンバラが刀を振るい、ガレンが騎士盾で地面に叩きつける度にリビングデッドは倒せているが、それにしても数が多すぎる。
遺跡内部は確かに広いが、彼らは既にその遺跡いっぱいに満ちる程度の数のリビングデッドを葬っているはずだ。
つまり、何らかの理由で遺跡内部でリビングデッドが大量に湧き出しているということだ。
そうわかってはいても、数が多すぎて遺跡内部に突入できないのだから仕方がない。
「……っ、いくら倒しても……っ!」
「頑張れ、イヴ、今はやるしかない……!」
矢を射るイヴの命中率は明らかに低下してきていた。
ギリアイルは元気付けてはいるものの、治癒魔法をかける余裕はない。
残っている魔力で、聖属性の魔法を唱え、リビングデッドを倒しているためである。
全員が全員、満身創痍。それでもここまで戦い続けられたのは、彼らが一流の冒険者である証拠であった。
しかし、そんな彼らにも、疲労から一瞬の油断が発生する。
「ッ打ち漏らした、イヴ――!」
「――っ!!」
ちょうどイヴの背後に位置していたのも災いした。
ガレンの声が届く前に大柄なリビングデッドがイヴの背中に勢い任せのタックルを仕掛け、イヴを押し倒す!
「っ、やめ――」
リビングデッドにのしかかられ、振り上げられた剣の前に何もできず、顔の前に腕を掲げるイヴ。
他の者の援護も間に合わない一瞬の中、錆びついた剣がイヴに振り下ろされ――振り下ろされることはなかった。
ベコッ、と鈍い轟音が響き、イヴの眼の前からリビングデッドの上半身が消滅する。
その音の正体は、白銀の髪の少女が振るった大剣の腹がリビングデッドを殴打し、吹き飛ばした音であった。
「無事か、イヴ」
少女の言葉に、小さく頷くイヴ。
「――シエ、ラ?」
「いや、間に合ってよかった。ギリギリになってしまったが、もう大丈夫じゃ」
そしてシエラが伸ばした手を、イヴがつかむ。
起き上がったイヴが見た先では、疾風となったアカリが複数体のリビングデッドをまとめて串刺しにしているところであった。
他の冒険者たちも続々と森から現れ、遺跡に向かってきているのが見える。
「随分と消耗しておるな。……よく頑張ってくれた、これを飲んでおけ」
そう言ってシエラは、ほのかに輝く真紅のポーションをイヴに渡す。
手渡された上級治癒ポーションを、イヴは効果を確かめることなく一気に飲み干した。
「……あたた、かい……。来てくれて、ありがとう。……シエラ」
高位の治癒魔術を宿した魔力は瞬く間にイヴの傷を癒やしていき、追加効果として環境ダメージ耐性や血液生成増進に加え、勇壮状態を付与する効果も発動する。
「その言葉は、全てが終わるまで取っておいてくれ。これから……反撃開始じゃ!」
アルスラ遺跡上層にて、魔物の大軍と冒険者の一団の激突が始まっていた。
のちの歴史書に『アルスラ遺跡事変』と記される事件の、後半戦の始まりであった。