29.おいしいくすり
「おはようシエラちゃん。あれ、なんかやつれてる……?」
午前六時。シエラが一階食堂に降りてくると、ヘラルドにそう声をかけられた。
「いや、少し寝不足でな……」
そうシエラは答えるが、実際のところは完徹である。
「へえ、何か用事が?」
「これじゃよ」
シエラは、インベントリから四本の小瓶を取り出してカウンターに置く。
中身は、昨日から作っていた最下級治癒ポーション。
結局、あの後追加の材料を買い足してから一睡もせず配合を研究していたのであった。
そうして出来上がったのが、これらのポーションであった。
中身の液体は、最初に作ったものより濃いオレンジ色をしている。
錬金術は魔力を使い続けるため、《エレビオニア》で徹夜には慣れているはずのシエラも体力と魔力を同時に消耗して疲れた様子なのであった。
「なるほど、ポーションか。ぼくはやっぱりこの手の魔道具の効果はわからないなあ……おーい、イヴ」
ヘラルドが食堂のほうを向いて呼ぶと、食後のお茶をしているらしき女性が一人歩いてくる。
ボブカットにした黒髪が印象的な、小柄な女性だ。
「……なに?」
「こちら、冒険者パーティ《黒鉄》のイヴさん」
ヘラルドに紹介されたイヴは、こてんと小さく頭を下げた。
眠そうな目をしているのだが、早朝だからなのか、元々こうなのかは判別つかない。
「ああ、よろしくな。わしはシエラじゃ」
「……よろしく。で?」
イヴがヘラルドに視線を戻す。
「ああ、シエラちゃんは錬金術師なんだけど、そのポーションはシエラちゃんの作なんだ。僕じゃ効果がわからないから、腕の確かな冒険者に見てもらえればいいかなって」
「ほう、彼女は腕利きかね」
「そうそう、この街じゃ《白の太刀》に次ぐ実力派パーティって言われたりもしてるってさ」
当のイヴはその話には何も反応せず、カウンターの上の小瓶をひとつ手にとった。
「……なるほど、良い腕してる」
イヴが、あまり表情を変えずにつぶやく。
「そうかの?」
逆にイヴの表情を伺っていたのがシエラの顔に出ていただろうか、
「……あまり、きもちを表すのが得意じゃないから、ごめん。あなたの腕は、確か」
「あ、いや、そういうわけであれば問題ない。我ながら良い配合が見つかったのでな、味も保証するぞ」
「……味?」
「うむ、わしも一度くだんの『安くてよく効くがとても苦い』ポーションは飲んだのだが、あれはきつかったのでな。もっと飲みやすくはならんかと思って試作しておったのじゃよ」
「……あそこのポーションは、確かに不味い」
同意は得られたようで、イヴの口の端に薄く笑みが浮かぶ。
「こいつは飲みやすく柑橘系にしておいた。ジュースのようにいける程度にはな。で、こいつを今日からこの宿で売ろうという計画なのだが――」
ヘラルドを見ると、笑顔で頷いた。
「場所は用意しておいたよ。ほら、あそこ」
ヘラルドが指したのは、食堂とは反対側のロビーの一角。そこには約束通りしっかりとした木組みのカウンターが備えられていた。
「おお、仕事が早い。感謝する。ということで、ひとまずこの宿の客向けにでも商売をしてみようかとな」
「……なるほど」
イヴも納得顔である。
「問題ないはずだが、一応効果が出るかどうか試しておきたかったのだがのう」
「それなら、もうすぐちょうどいいのが帰ってくる」
「……ちょうどいいの?」
シエラが聞き返したと同時に、表のドアが豪快に開かれる。
入ってきたのは、全身汗まみれの筋骨隆々な二人の男であった。
「……ほら、来た」
イヴが彼らに目線を向けると、それに気付いた二人はカウンターのほうに歩いてくる。
「起きてたか、イヴ」
「お前も朝の鍛錬はしたほうが気持ちがいいぞ、がはは!」
シエラは思わず椅子の上で身を引いてしまった。
暑苦しかったのもそうなのだが、彼らの身体にはいたるところに生傷が刻まれていたためである。
そんな彼らに答えず、イヴがシエラへ向き直る。
「……紹介する。こっちのごついのが、《黒鉄》のリーダーの、ガレン」
しっかりと日に焼けた筋肉質な大柄な身体の持ち主だ。
イヴと同質の黒髪を短く刈り込んでいる。暑苦しさが先に気になってしまうが、よく見るとなかなかイケメンである。
背中には大盾と長剣を背負っている。
「で、こっちのごついハゲが、エディンバラ」
……しっかりと日に焼けた筋肉質な大柄な身体の持ち主だ。
彼もまた黒髪だが、雑把に髪を後ろに流し、固めている。
腰には反りのある剣――太刀が提げられている。
「あと、まだ上で寝てる治癒師のギリアイルを入れて四人が、《黒鉄》」
「なるほど、これはたくましい……。錬金術師のシエラじゃ、よろしくな」
多少引き気味だったが、なんとか自然に挨拶をするシエラ。
「ほう、錬金術師か。よろしくな」
「新顔の錬金術師とは珍しいな、よろしく!」
ガレン、エディンバラそれぞれの挨拶が同時に飛んでくるので、聞き取るのも一苦労だ。
なんというか、このパーティの連携が勝手に心配になってしまうシエラであった。
「それで、俺らに何か用だったか」
「おお、うむ。ポーションの試飲を頼まれてはくれんかな、と」
そうして、これまでのイヴとのやりとりなどを伝える。
「なるほど、この程度は負傷には入らないが、そういうことであればありがたくいただこう」
二人とも了承してくれたので、小瓶を二人に渡す。
ちなみに、二人の体中の傷は朝の鍛錬で模擬戦を行った際にできたものらしい。模擬と言うなら傷を作るのはどうかと思うのだが……。
「それでは――、ぬ、うまいな」
「う、うまい!!」
栓を開けて一気に飲み干した二人の反応はそれぞれ同じようなもので、同時に体中の生傷が魔法的な力によって治癒されていくのが見える。
実際浅い傷しかなかったわけではあるが、一分もしないうちに、二人の傷は全くなくなっていた。
「よし、問題ないようじゃな」
満足気に頷いたシエラに、二人がしっかりと頷き返す。
「うむ、効果は全く問題ない。それより、ポーションというのはこんなにまともな味になるものなのだな」
「これはなかなか心地よいものだな! 運動の後の一杯だ!」
「いや、そういうものではないのだが――まあそういうことじゃ」
「……そんなに、おいしい?」
感激している様子の二人に、イヴも興味を惹かれたようだ。
「ほれ、せっかくじゃ、おぬしもどうじゃ」
「……いただきます。……なるほど、おいしい。これなら、乗り換えてもいいかも」
シエラは心の中でぐっと拳を握った。実力派パーティがお得意様になるのなら、二本や三本の試飲など安いものだ。
「まあ単純な回復量なら向こうの苦ポーションのほうが若干上だし、材料費の都合で値段もこちらのほうが割高にはなってしまうがな」
「それでも、この飲みやすさの前には、些細な問題」
「ああ。店を開いたら教えてくれ」
「毎日鍛錬の後に飲みたいね!」
「ああ、わかった。今日から開店の予定じゃから、そのときにまた見てくれ」
若干一名だけ使用用途が違うような気もするが、まあ誤差の範囲だろうと思うことにした。




