23.試されるエイムぢから
「何を作られるのですか?」
地下工房に到着して準備を進めるシエラに、リサエラが興味津々な様子で尋ねる。
後ろには二人を対象に冷気魔法を発動し続けるエルムの姿もある。
「あやつ――ブラドミーアの話を聞いて思ったんじゃよ、ゲーム時代の法にもはや縛られないのはわしらも同じなんじゃないかとな」
「というと……?」
「つまり……ゲーム時代には作れなかったもの――本来のレシピにないものが作れるのではないかとな。モノどころか、ジャンルすら存在しなかった全く新しい武器を作ってみようと思うのじゃ」
「おお……私たちのような脳筋族にはなかなかできない発想ですね」
特に《アルカンシェル》のメンバーは、ゲーム時代から自分たちのことを脳筋族と表現する傾向がある。
すなわち生産職を持たない純粋な戦闘系キャラクターのことなのだが、《エレビオニア》プレイヤーの七、八割はそうであったわけなのでその表現は少しおかしいのではないだろうか、といつも思う。
「いやそれほどでも……、それを言うならば、おぬしらもスキルによらない新しい技だとか、魔法だとかを発明することもできるのではないかの?」
リサエラの目がきらりと光る。
「……それは確かに一考の価値がありますね……。そういう点では、全てにおいて現実感が強くなった分、リアルで達人級のハナビ様やチクワ様などは以前よりずっと強くなっていそうですね」
「あー……確かに……。あいつらリアルバーサーカーじゃからなマジ……」
シエラはリサエラにはリアルで会ったことはないが、チクワとハナビにはオフ会で何度か会ったことがある。どちらも信じられないほどの運動神経をしているので驚いてしまった。
「まあ、そういうわけでわしらもいろいろ試行する価値はありそうじゃな。……よし、準備ができたか」
シエラが用意したのは《アルカンシェル》備蓄の金属類。
特に希少な金属というわけでもないが、《白の太刀》の武器を作ったときの金属とは比べ物にならないほど階級の高い金属類である。
「うーんしかし、やはり設計図を作っておくべきか……あまり詳しくないジャンルじゃし……リサエラ、手伝ってくれるかの」
「はい、喜んで」
シエラには鍛冶や錬金術のゲーム的な知識以外にも、どういった理由でどういった手順をとれば上手な作業ができるのかという知識がかなりの量詰まっている。
もちろんリアルで鍛冶師というわけではないしゲーム時代にそんな知識があったわけでもない。
この世界に来たときにいつのまにか植え付けられていたかのような感覚だ。
自身の経験から来るものではないので不思議な感覚なのだが、道理自体は理解できているのでひとまずは便利に使ってやろうという次第である。
その知識に寄らないものを作ろうとしているために知識が不足しているので、リサエラにも助言を頼んで設計図を組み立てていく。
――数刻後。
「……これは、なかなか」
シエラの手の内には、一丁の拳銃が収まっていた。
白銀の本体は美しいが、細かな装飾の類はなく全体的にごつごつとしたプロトタイプ然とした雰囲気だ。
「流石です、シエラ様」
この銃の設計にはリサエラの助言をかなり参考にしたのだが、そのリサエラは手放しに褒めてくれるのでなんとも恥ずかしい気持ちである。
「ふむ……外で試射してみるか」
「あの……私も見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ、構わんぞ」
控えめに聞いてきたエルムに頷いて答える。
そういえば、エルムも鍛冶系統の職業を持っているのであった。
細かいところまで記憶していなかったのだが、エルムのステータスを確認したところ彼女の職業構成は火属性魔法剣士系職と鍛冶師系上位職の組み合わせであった。
そういえば、彼女を作ったときのシエラのテンションとしては、「鍛冶師と火を使う職業はなんとなく相性がよさそうだ」という感じだったように思う。
そういうわけで、エルムも新しいものには興味があるらしい。
シエラは銃をくるりと回して、ついでに作ったホルスターに滑り込ませた。
「さて、このあたりでよいかな」
移動してきたのは広い練習場。本来、弓や魔法の練習に使われる場所で、およそ五十から二百メートルあたりの地点に的が点々と並んでいる。
「よし、それじゃあ早速――」
銃を引き抜いて、狙いを定める。
この銃には弾やリロードといった概念は存在しない。
発射に必要な行程は、構えて、魔力を込めて、引き金を引くだけである。
「――発射!」
シエラが引き金を引くと、しっかりとした手応えとともに、銃身から細く高密度に練られた魔力の炎の矢が発射される。
回転しながら発射されたそれは、集中していなければ見逃していたであろうほどの速度で飛翔し――的には命中せず、地面に着弾し爆発を起こした。
「おお……試射は成功じゃな」
「素晴らしい威力ですね、シエラ様」
「流石です、このエルム……感動いたしました!」
「い、いやいや、そんなに褒めんでよいて。結構しっかり狙ったのに全然かすりもしなかったしのう」
「それでも、中級火属性魔法の爆炎槍がこれほどの威力を出せるとは……。シエラ様、よろしければ構造をお教え願えますでしょうか?」
新しく作った魔道具に予想外に強い興味を示しているのはエルムである。
「うむ、よかろう。とりあえずパーツをバラして説明するぞ」
手元のテーブルに銃を置き、鍛冶系魔法で各パーツごとに分解する。
「まあまず心臓部じゃが、見ての通り爆炎槍の魔石じゃな。杖だとか、天空城の魔術大砲や魔術ガトリングに使われているものと同じじゃな」
心臓部、実際の銃で言えばチャンバー内には赤い宝石が固定されている。
「こいつを引き金に直結しているだけじゃな。安全性を抜きにすれば引き金も要らんが、まあこれはセーフティじゃな。詠唱入力を無効にして物理的な接触のみで魔法が発動するようにしている、と」
次に指すのはグリップ。
「この銃は構造的に弾倉だとかリロードだとかといった概念とは無縁じゃからな、単純に保持しやすい形であればなんでもよい。……そもそも、わしには銃の細かい構造なぞわからんからな。そのあたり知識があれば火薬式のものも作れようが……」
そして最後は銃身である。細く絞られた穴の内側にはきっちりとライフリングが刻まれている。
「これがこの銃のうちで最も硬質な、魔力にも強い金属で構成されておる。このパーツで爆炎槍を圧縮し撃ち出すわけじゃな。本来の魔法以上に圧縮するために、ヤワな金属では圧力に耐えられんじゃろう、おそらく。魔法を打ち出すのにライフリングというのもどうかと思ったが……先ほどの結果を見るに速度向上に一役買っていそうじゃな。……こやつの長さや太さを調整すれば照準も付けやすいかとおもうんじゃがなあ。……と、そういう感じじゃな」
天空城に設置されている防衛設備、魔術大砲や魔術ガトリングと違うのはこの部分である。
あれらの武装は魔法を圧縮したりせず、そのまま撃ち出すだけだ。
そもそもそれらには名前に反して砲身すらついておらず、形状としては台座に大ぶりな杖が固定されているだけなのだ。
「なるほど……ありがとうございます!」
見れば、エルムはどこから取り出したのかメモ帳に懸命にメモを取っていた。
見た目――要するに現実の銃よりは単純な構造なのだが、銃というものを初めて見る側にとってはなかなか印象が違うということだろう。
「シエラ様、私も撃たせてもらっても?」
「うむ、よいぞ、リサエラ」
リサエラも――というかネットゲームプレイヤーなどというものはだいたい――新しもの好きなので、興味があるようだ。
シエラが再度組み上げて手渡すと、リサエラはしばらく感触を確かめたのち、すっと片手で構える。
……なんというか、銃を構えた眼鏡の美人なメイドというのは非常に画になる。
「セット――ファイア!」
先ほどのシエラのものより細めの槍が撃ち出され、五十メートル先の的に命中する。
「ファイア、――ファイア!」
続けざまに、一秒間隔で炎の槍が撃ち出され、百メートル先の的と二百メートル先の的に狙い違わず命中し、爆炎を上げた。
「おお……? リサエラ、おぬし上手いのう……もしや射撃経験者とかか……?」
「いえ、それほどでも。以前サバイバルシューティング系のVRゲームを少し経験していたものですから。銃のおおまかな構造もそこで覚えました」
なるほど、リサエラの意外な一面を知った気分である。
それにしても、このプロトタイプでもちゃんと的に当てられるということがわかったのは収穫である。
「何か気付いたことはあるかや?」
「そうですね、シエラ様のように全力の槍を練るよりも、ある程度出力を抑えた槍を練って撃ち出すほうが安定するかと思います。おそらく全力の槍には銃身のサイズがあっていないのかと」
「なるほど……というか杖系の封入された魔法って出力絞ったりできるんじゃな。攻撃魔法を使えんわしには新鮮な概念じゃな」
「これもゲーム時代にはなかった考え方ですね。剣士がどの程度の力で剣を振るのか調整できるように、魔道士もどの程度の魔力を込めて魔法を撃つか調整することができるようです。私の召喚魔法の場合は、全力で撃つと召喚可能時間が伸びたり召喚体の能力が上がったりするようです」
なるほど、とうなずくばかりである。
ゲーム時代の仕様に関してはそこそこの知識量を自負しているのだが、現実になった今となってはその知識自体もアップデートが必要である。
「これはなかなか……こいつ自体もだが、その他周りの環境も含めて要研究か。……しかしせっかく作ったが、少なくともわしには向いていなさそうじゃな」
その後、出力を絞ったり時間をかけて狙ったり等いろいろ試してみたのだが、結局シエラは槍を的に命中させることはできなかった。どうやら射撃の才能はなさそうである。
「あの銃?という武器についてですが……何丁か追加で作っていただくことは可能でしょうか?」
工房に帰ってきて小休憩していると、エルムが控えめに提案してきた。
「ふむ?」
「可能であれば、メイド隊他、防衛部の者たちにも試させてみたいと思いまして。適性のあるものが見つかれば戦力の向上も見込めるほか、武器自体の改良案についてもご協力できるかと」
「なるほど、それは良いな。まだ夕飯どきまで時間があるしそれまでにいくつか作っておくよ」
「ありがとうございます、シエラ様」
「それでは私は夕飯を作って待っておりますね」
リサエラがこころなしか陽気に言って、工房を出ていく。
リサエラは基本的にかなり丁寧な物腰なのだが、眷属たちと違って同じ元プレイヤー同士、お互い気軽に話せる雰囲気もあるので話していて気軽な相手である。
「よし、それでは追加分、さっさと作るとするか。……そうじゃな、眷属の鍛冶技能持ち連中でも作れる程度の素材と難易度に調整してみるか」
既に量産に前向きな気分になりつつ、シエラは気合を入れて細腕を振り上げたのであった。