21.うごきがあったもよう
こいつはちいせぇ――――、とシエラはソファの上でひっくり返った。
吹けば飛ぶようなサイズ感である。
しかも軍事大国《オルジアク》に接しているとかいう、役満クラスの吹き飛びそう感だ。
「……なるほどな。まあ別にわしがエリド・ソルに果たさねばならん義理もないんじゃが……物騒なことは勘弁してほしいものだのう」
「……戦争を控えているようなので、それもどうなるでしょうか……という雰囲気ですが。……もちろん、戦争の相手は他の大国かもしれません。私が把握しているのは辺鄙な街の噂話レベルでしかありませんので」
「はあ……それでもまああまりよい状況ではなさそうじゃな。……そういえば。今は音信不通だが、《アルカンシェル》におったよな、わざわざ劣勢な勢力を選んで、知略を尽くして逆境を跳ね返すのが性癖なやつが」
「リアラ様、ですね……彼女がここにいたなら、率先してエリド・ソル側に付きそうです」
リサエラが思い出してふふっと笑う。
リアラというキャラクターのプレイヤーは、戦略ゲームでは自ら不利な陣営や不利な地形を選び、そこから逆転していくのがたまらなく快感だという人間だった。ちなみにゲームのキャラクターは女性だったが、会ったことがないため実際の性別はシエラは知らない。
「……まあ彼女のことはおいても、居心地の良いところではあるし、できることはしてみるとするかな。平和が一番じゃし」
「かしこまりました。私も現在の状況が片付き次第、エリド・ソル方面へ急行させていただきますので」
「おお、そうか。それは助かるな。……ん? いや待て……今現在、飛行能力持ちの眷属が天空城外の地理を探っているところなのじゃ。この地図と合わせれば今現在の場所も分かるだろうし、天空城ごと向かうこともできるな」
「なるほど、了解です。眷属も既に利用されていたのですね。さすがです、シエラ様」
何も裏表のない様子で褒めるものだから、シエラは困ってしまった。
「いや、そう大したことではない。そもそも、外の調査はエルマの発案じゃからな。……眷属たちが優秀で助かっておるよ」
「……そうでしたか。しかし、眷属たちは随分と自主的に動くようになっているのですね……、私もメイド組の長としてふさわしい働きをせねば」
「……いや、おぬしはおぬしで自由にすればいいとは思うがな」
目を輝かせて握りこぶしを作るリサエラに半目で答えるシエラ。
それが本当にリサエラのやりたいことならばいいのだが、彼女はもう少し自分のことを優先してもいいのではないだろうか……。
などと思っていると、ドアがノックされる。
なかなか入ってこないので、シエラはなんだろうと考えて、ようやく答えに至る。
「……あ、そうか……入ってよいぞ」
「失礼します、シエラ様、リサエラ様」
ゆうに一分以上待たされたことには何も言わず、いつもどおり涼しげな微笑のエルマが入ってくる。
「各調査の経過が入っておりますので、ご報告をさせていただきます」
「うむ、頼む」
そういえば、知らぬ間にちょうど二時間経っていたようだ。時間ぴったりなのもさることながら、その手には報告をまとめたらしき資料までもが備わっているのが抜け目のないという感じである。
シエラとリサエラが手渡されたそれを見てみれば、それは要点が綺麗にまとめられた美しいプリントであった。
まるで印刷されたかのような端正な文字が並んでいる。――眷属たちがあちらの創造物であるためか、文字は全て日本語である。
「それでは要点のみご報告を。まず天空城周辺地域ですが、現在天空城は上空1km地点を飛行中のようです。直下の地形についてですが、ほとんどが山と草原、林となっております。人間及びその他知的生命体の生息地域ではないようです。資料の二枚目が天空城から半径50kmの円形地図となっております」
ひとまずは、周辺環境が過酷であったり街のど真ん中だったりという事故は起きていないようなので安心する。
本当に有能じゃの……と感嘆しつつ資料をめくった。
「ふむ……これはまた見事に大自然じゃな。今のところは手がかりはなし……か」
「はい、残念ながら。今後は探索範囲を広げるとともに、少しずつ天空城自体を移動させて、地理の把握に努めようと考えております。天空城移動の権限をいただいてもよろしいでしょうか?」
「そうか……エルマは天空城内の権限全てにアクセスできるものかと思っていたが、《世界の心臓》周りはわししか持っておらんかったな……」
《世界の心臓》周りの権限には、主に移動・静止、魔力出力上昇・下降、稼働・停止などがある。
それらはすべて天空城の運営にかなり大きな影響があるので、現状ではシエラしか持っていなかったのであった。
「そういうことであれば、移動権限は私がお預かりしてもよろしいですか?」
リサエラが微笑んでシエラに提案する。
「ふむ。わしはエルマに任せてもいいかと思っていたが、リサエラが担当してくれるのであればこの上ないか。しかし負担ではないか?」
「いえ、先ほども申し上げましたが、しばらくすれば向こうでの用事も終わりそうですので、しばらく天空城にいようと思うのです。せっかくなので、周辺調査に協力する中で、今の眷属たちとも意思疎通をはかっておこうかと」
「なるほど、まあ確かにリサエラは眷属を管轄する役職じゃったな……設定では。では、頼む」
シエラがメニュー画面から天空城内専用コンソールを開き、権限を鍵の形にして実体化する。
リサエラが鍵を受け取ると、その鍵は光の粒子になって弾け、リサエラの中に溶け込んでいった。
「それでは次に、天空城地下迷宮についての報告をさせていただきます」
エルマが資料をめくるのにあわせて、二人もページをめくる。
なんというか、プレゼンを聞く社会人になったような気分である。
「地下迷宮の調査に入った調査班ですが、無事に帰還いたしました。損害はございません」
これはひとまず予想の範疇である。
天空城に配置された眷属は戦闘能力の高い者から低い者まで様々だが、今回調査に当たった天空城警備部隊の眷属はかなり高レベルのキャラクターばかりである。
見た目を良くしようと考えたシェルメンバーが、余り物のダンジョンドロップ装備等を彼らに持たせているので単純なNPCよりも更に戦闘力は高くなっており、地下迷宮に巣食う魔物程度では狩られるのがオチである。
……そう考えたシエラの思考はハズレていた。
「……というよりも、今回の調査で戦闘は発生しませんでした」
「……は? 魔物がいなかったのかや?」
「いえ……魔物は通常通り発生しておりましたが――、調査部隊は、歓迎されたそうです」
困惑気味な様子のエルマの報告に、シエラとリサエラはエルマ以上に困惑したのであった。