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生産職吸血鬼は異世界の夢を見るか  作者: 吸血鬼まつり
20/112

20.つもるはなしも

「シエラ様――――っ!! あいたかったあ……です……」


 シエラは呆気にとられて抱きかかえられた格好のまま頭に疑問符を並べていた。

 リサエラは基本的にいつも冷静で落ち着いたプレイヤーで、このように喜怒哀楽を激しく見せたところをシエラの知る限り見たことがなかったのである。

 その目からは大粒の涙がこぼれ落ち、すすり泣きが聞こえてくる。

 

「お、おい、落ち着け、リサエラ。大丈夫じゃ、わしはここにおるから、な?」


 結局リサエラが落ち着くまでに、かなり長時間シエラは彼女をなだめつづけたのであった。

 

 

 

「……落ち着いたようじゃな」


 場所はシエラの部屋。向かい合ったソファにシエラとリサエラが座っている。

 二人への紅茶のカップを音もなくテーブルに置いたエルマが空気を読んで部屋から出ると、部屋には二人だけとなった。

 

「す、すみませんでした……取り乱したりして」

「……わしは気にしておらん、おぬしも気にするな」

「はい、ありがとうございます」


 恥ずかしさに顔を赤く染めつつ、リサエラが紅茶に口をつける。

 

「しかし、ようやっとシェルメンバーと再会できたというものだ。そちらはどうしておった?」

「はい。本当はシエラ様を待つためにずっと天空城に居たかったのですが……」


 確かに、リサエラの普段の様子を見ているとそうしていてもおかしくない。

 

「ですが、その……飛ばされた先で、猫を拾ってしまいまして」


 シエラは、ぽかんと口を開けてしまった。

 

「…………猫?」

「あっ、いえ、正確にはただの猫ではなく幻獣の類の、中立モンスターなのですが、偶然にも、目の前で怪我をして衰弱しているところに遭遇してしまい……」

「……見過ごせなくなり、介護をしていたと」

「はい……」

「まあ、リサエラならありそうな話じゃな……今はもう大丈夫なのか?」

「はい、まだ多少怪我が残っているので看病を続けているのですが、もう少しです」

「なるほどな……そういえば、リサエラの職業は召喚術師系統を取っておったか。無視はできんじゃろうな」


 リサエラの職業構成はグランドマスターメイド/マスターサモナー。

 実はグランドマスターメイドは《エレビオニア》サーバ内にリサエラ一人しか存在しない超希少職だったりするのだが、今気にするべきは、召喚術師系統最上級職業のマスターサモナーだ。

 召喚術師はクエストを追う形で、幻獣と呼ばれるモンスターとときに仲良くなったりときに討伐したりして、召喚できる幻獣を増やしていく。

 リサエラは召喚術師のジョブクエストをかなり楽しんでプレイしていたので、そんな彼女が怪我を負った幻獣を見過ごせるはずがないと考えたのであった。

 

「まあ何にしろ、安心したのう。よくわからん世界とはいえ、おぬしらがいれば怖いものはない」

「私もです、シエラ様。……ところで、シエラ様はどちらへ飛ばされたんですか?」

「ああ、なんでもエリド・ソルなる国の王都の、アイゼルコミットという都市らしい。今のところは何も問題なく異世界を満喫しておるよ」

「平和なところに飛ばされたみたいで本当によかったです……。シエラ様はお一人では戦闘は難しいでしょうから」


 リサエラは本当にほっとしている様子だ。

 まあ確かに《アルカンシェル》メンバーでは唯一戦闘職を持っていないのがリーダーたるシエラであるので、心配されるのも致し方ないというものだ。

 

「まあ今のところは低レベルな魔物しか見ておらんがな」


 犬に襲われたことは恥ずかしいので黙っておく。

 

「……そういえば、エリド・ソルという国名は聞いたことがあります」

「ほう? こちらは地理どころかあの世界がどのような形をしているのかすら知らんのでな」

「私が拠点にしているのはオルジアクという国なのですが……少々お待ちを、地図を購入しましたので――」


 そう言うと、リサエラがインベントリを開いて羊皮紙のロールを実体化する。

 やはりゲームの仕様のままのようで、他人のインベントリの中身は完全に不可視で、手の動きでインベントリを開いているらしいということがわかるのみである。

 

 リサエラが開いた地図には、大きな大陸が一つ描かれている。横に長い楕円形に、いくつもの穴が空いたような雰囲気の大陸だ。

 

「なるほど……これはまた大雑把だが、全体像はよくわかるな。……しかし縮尺がよくわからんのだが、大陸の内側にところどころ空いた海、かなり広そうじゃよな」

「はい。私もあまりどういった縮尺かなど把握できてはいないのですが、湖といったレベルではなく海と表現するほうが正しそうです。次に主な国名ですが――シエラ様、どうされました?」

「……いや、やはり異世界な文字なんじゃなあと思うてな……しかし、今まで見たことのない文字だ、これはお主のいる――オルジアク、という国の文字なのかの」

「そうですね。私も初日は苦労しましたが……、主な文字列程度であれば読めるようになってきましたので」


 それはすごい、とつぶやくシエラ。シエラはまだほとんど文字は読めないのだが、リサエラはかなり勉強熱心らしいと見える。

 

「……それで、私のいるオルジアクがこちらです」


 そう言ってリサエラが指さしたのは、大陸の東側。

 大雑把に引かれたその国境線は、大陸の四分の一に達しようかという勢いであった。

 

「これは……大国じゃな。大国という表現も陳腐なほど大国だ」

「はい。オルジアクは金属資源が豊富な国土を持っているようで、かなり軍事力の強化に力を入れているようです」


 軍事大国《オルジアク》。見れば、この地図の中に大きな塊は五つあるのだが、その中でも最も大きな国土を誇っている。

 油断ならなさそうだ、とシエラはなんとなく感じていた。

 

「あとは北にリエントルグ、西にフリエンタ、南にオケアナと大きな国が並び、中央に小国群が並んでいるようです」

「……つまり、エリド・ソルというのは……」


 リサエラが無慈悲に頷く。

 

「ご想像のとおりです。エリド・ソルは、この小国群のうちの、最も東寄りに位置する小国でございます」


 指をさされた場所は――オルジアクとは比べ物にもならない豆粒のような一角であった。

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