107.昼会議
「さて、天空城のほうでもあらかた確認はしたが、改めて作戦会議といこうか」
食卓の席に座りつつシエラが切り出す。
「かしこまりました。昼食はホットサンドにしましたので、つまみつつお話しいただければと思います」
「おお、さっきから思っておったが、随分と香ばしく食欲をそそる香りじゃな……では遠慮なく」
テーブルに並んでいるのはあらかじめ半分に切られたホットサンド。その断面から肉や魚、色とりどりの野菜類が覗いており華やかだ。
まずは腹ごしらえと、シエラは最も肉厚なものを取り、齧り付く。
リサエラの調理スキルは本物で、ただただ技能を習得しているという以上に料理が上手い。ホットサンドひとつとってもシエラは今までこれほど美味なホットサンドを食べたことがないほどである。
「うーむ、やはり天才的じゃな……。と、それではまずこれからの全体方針じゃな。半月後に締結を目指す条約についてはすでに整っておるし――、ひとまずアルカンシェルとしては待機というところかの」
「はい、概ねその通りです。細かな調整については私とエルマ、ブラドミーアなどの間で行なっておりますので、シエラ様には最終確認だけをいただければと。現在は国境付近の監視を徹底させております」
「それは助かるのう。いつもリサエラには頼ってばかりで申し訳ないが――」
「どうかお気になさらず。私や他全ての眷属はシエラ様のお役に立つことがなによりの喜びでございます」
「う、うむ、そうか……。では次に……それまでの間にエリドソル含め各国がどのような動きを見せるか、じゃな」
エリドソルは、ここ数ヶ月の間で特に軍備を増強していたような印象がある。もちろんそのずっと前から防衛には備えていたわけだが、最近のオルジアク側の威圧的な姿勢の強まりに呼応するように特段の備えをしていたのであった。
その情勢が、謎の勢力――天空城の登場によって大いに狂ってしまった。そんな彼らがどういった対応を取るのか予測することは、想定外の事態を回避したいシエラたちにとっても重要なのだ。
「はい。現在エリドソルでは、まだ状況を把握しきれないことによる混乱が大きく見られます。王都の様子や鍛冶屋数店舗を視察した様子から見ても、戦力の増強傾向は継続されているようですね。近所の二巨頭でも軍用の量産型魔法銃が積極的に製造されているようです」
シエラは王都に帰ってくる途中で周囲の雰囲気も見てきたわけだが、人通りの雰囲気が以前と異なるのは明らかだった。こういった状況に不慣れなシエラにも、人々から戦に備えて緊張している雰囲気が伝わってきていた。
「まあ、謎の勢力たる天空城は今のところはエリドソルの味方をしているわけだが、今後どうなるかは彼らにはわからぬからな……仕方なかろう。状況をかき乱しておいて言える台詞でもないが……」
「今後についてですが、エリドソルについては状況を注視する以外に選択の余地はないかと予想します。無論、中小国群と協調できるよう使者を向かわせたり等はしているでしょうけれど」
「うむ……まあ、そうなるか。エリドソルはもとから攻められればなすすべのなかった勢力じゃからな。新たに何か大胆な策を実行する可能性は低いじゃろう。問題はオルジアク、か……」
リサエラが少し考える。
「はい。しかし……考慮すべきはオルジアクのみではないようにも思われます。他の四大国――、特に地理的に近い北のリエントルグ、南のオケアナの動向には注意が必要かと。
先程天空城観測班から入った情報によると、エリドソル・オルジアク国境付近に所属不明の部隊が少数潜伏しているようで、四大国のものと推測されています」
「そうか……そのあたりはわしの思考からすっぽり抜けておったな……。たしかに、状況が動いているところを他の大国が陰から監視しているというのは必然ということか」
「そうですね。現状ではどういった国家なのかもあまり情報はありませんが……。仮にオルジアクより好戦的な国家だった場合、この混乱に乗じて……ということも可能性としてはあり得るかと」
「むう……最悪の場合について、なるべく考えたくないものだが、現実である以上考慮せねばならぬな。ハツユキの言う通り、いつも楽観視だけしていればいいなら楽なんじゃが。
もし仮にその他勢力が攻め入ってきたら――武力行使もやむを得まい」
もちろんシエラとしても他人に危害を加えることはしたくない。
ただ、この世界では今まさに人の命を損なう争いが起こっているのだ。一度は覚悟を決めた身として、始めたことはやり通さねばならないのである。
「あとは……忘れておったが、我々以外の元プレイヤーの存在も気にしておくべきか」
「……確かに。天空城という情報を出した以上、世界各国に情報は流れたでしょうし……」
「わしのフレンドリストでオンライン表示になっているやつらは基本的に廃人ばかりじゃ。アクションを起こしてくる可能性は十分にある。だからこそあの戦場ではこちらから人に危害を与えないことを徹底してきたし、悪感情を持たれてはいない、と信じたいが……」
「情報の伝わり方にもよる、という感じはありますね……。様々なケースへの対応が迫られそうです」
シエラは集団の長を務めていたといえど、それはゲームでの話であって政治的なことはからきしだ。首を突っ込んでしまった以上は仕方ないとはいえ、頭を悩ませることばかりである。
心配事が多すぎて、シエラは天井を仰いだのだった。




