106.動乱からの帰宅
「イヴ、起きたか。と、シエラ殿たちも一緒だったのか」
「うむ、帰りの便に便乗しようと思ってな」
中央陣地へ出ると、ちょうど《黒鉄》のメンバーが待っていた。エメライトとシュカも一緒である。
「じゃあそろそろ出立するか。《白の太刀》ももう出たようだしな」
「うむ、よろしく頼む」
「お、おじゃまします……!」
恐縮している様子のエメライトに、イヴが少し微笑む。
そうして話しつつ、一行は帰りの馬車に乗り込んだのだった。
馬車の中で、最後尾に乗ったガレンが手で日光を遮りながら空を仰いでいる。
「しかし、あれは何なのだろうな。未知の勢力……なのか?」
その視線の先には小さくなった天空城の姿がある。昨日の介入の後はさっぱり動きはなく、元からそこにあったかのように静かに浮かんでいる。
「どうだろうね。空を飛ぶ島――天空城なんて、御伽噺の産物だもの。ただ、現実的に見るなら……やっぱりどこかの大国の介入なんじゃないかな、とは思うけど」
返すギリアイルも空を見て目を細めている。
「オルジアクの拡大を危険視した他の大国からの横槍……か。確かに最もありえそうな話だ。シエラ殿はどう思う?」
問われたシエラは、空の方は見ずに少し考えてから口を開く。
「さて……他国の事情にはまったくもって詳しくないし、何も言えぬがな。まあ、わしとしてはあんな大それたことが可能な存在は、此方とは異なる世界の者なのではないか――なんてな」
「昨日あのような光景を目にしては、そう言われても反論できないな」
シエラの冗談混じりの返答に、ガレンが苦笑いで返す。
ガレンは風の噂でどこかの大国が空を飛ぶ船を開発しているらしいという話は聞いたことがあるのだが、圧倒的な武力を備えた空を飛ぶ巨大な島が存在するなどという話は全く聞いたことがなかった。
ギリアイルやシエラが言うように、御伽噺から飛び出てきた存在だというほうがまだ納得できるレベルである。
「ともあれ、時代の転換点が来た……ということか。これからが大変だな」
ガレンがつぶやく中、馬車はアイゼルコミットへと向かったのだった。
「さて……色々あって久しぶりに帰ってきたような感じもするな。わしも開店準備をせねばな」
王都に着き、自宅へと帰ってきたシエラは店内を見渡して背を伸ばした。
やはり馬車という移動手段はかなり時間がかかるもので、身体が凝り固まっている感覚がある。
一緒に帰ってきたイヴは《黒鉄》の仕事があるということで荷物を自室に置いたあとすぐに出て行き、エメライトとシュカとも別れたので店内にはシエラ一人である。
とはいえ実際にはそういうわけでもなく、その後すぐに食事の買い出しに出掛けていたリサエラとハツユキの二人が帰ってきたのであった。
「シエラ様、おかえりなさいませ。ちょうどよかったです、昼食を用意いたしますので、しばらくお待ちいただければと」
「ただいまじゃ、リサエラよ」
リサエラとハツユキはお揃いのメイド服を着るようになっていた。普通のメイド服よりも豪奢な印象の装飾が随所に施されたロングスカートドレスである。エプロンドレスにはギルドマークも縫い付けてある。
ギルドマーク自体は天空城を模してデザインされているものの、そうと知らない者が見れば多少豪華な城の意匠という程度に抽象化されたデザインなので、別に気にする必要はないだろう、というのがシエラとリサエラが話し合った上での結論である。
ハツユキはといえば、リサエラとともに行動することで『ツェーラ鍛治錬金術具店の店員メイド』としてのカバーを周囲に定着させることにある程度成功していた。
リサエラと違って非常に無愛想ではあるが、仕事は完璧にこなせるし、クールな印象の外見と相まって一定の人気を得ているようである。
「ハツユキもなかなか板についてきたのう。随分と王都に馴染んでおるようではないか」
「それはどうでショウか。私には他者から向けられる視線や感情の内容を推察することがあまりできまセンので、客観的な効果の測定には疑念が残りマス」
「まあ、何か認識にズレがあればリサエラが修正してくれるじゃろ。心配は必要あるまいて」
「……お母様は相変わらず楽観的デスね。それが成功の秘訣なのでショウか」
暗に考えなしだと言われたような気もするが、苦笑することしかできない。
「さて、商品の補充は完了したし、あとは開店するだけか。まあ時間も中途半端だし、昼飯のあとでよかろう。これからのことについては……それも昼食時に話そうか」




