103.策
「――よくやった、狙撃隊よ」
――天空城アルカンシェル・地殻フレーム第四外殻展望台・第一狙撃拠点。
狙撃用に新たに整備された地点で、シエラはそこに跪く十数名の眷属を褒め称えていた。
「もったいなきお言葉」
そう答えるのは、眷属序列四位のゼン。彼は天空城防衛装置管理担当であり、同時に魔法銃を扱う才能も非凡なものを有していた。そのため、狙撃部隊隊長も兼任することになったのであった。
仮面の黒スーツ紳士がゴツい狙撃銃を持ち跪く様は非常に様になっている。
「いやいや、わしが構ってやれん間にいつの間にかこんなに練度を上げておったとはのう……」
「我々は、必要な修練を積んだだけでございます。これほどの成果をあげられたのは、全てシエラ様をはじめとする魔法銃開発部の研究の賜物かと」
「そう謙遜するでないぞ」
シエラは以前から、エルムとともに長距離狙撃用の魔法銃の設計を進めていたのである。といっても、シエラはアイデアや助言を提供するだけで、基礎設計から研究開発、量産化までのほとんど全てをエルムを頭とした魔法銃開発部が行っていたのだった。
銃身と魔法式に《必中》の加護を付与するのはシエラのアイデアだが、発射する魔法の選定や、精度の向上などについては彼らの手柄である。
その結果、先ほどのような寸分違わぬ狙撃を可能とする狙撃魔法銃《ミストルテイン》が完成したものの、実際にその真価を発揮するのは狙撃隊の非常に高い練度があってこそである。なにしろ、先ほどの戦闘では十キロメートル先の戦場に対して、発射された計千発以上の光線魔法がただの一発も外れることなく命中しているのだから尋常ではない。
「この技術が《エレビオニア》で実現していたら、世界が変わっていましたね、シエラ様」
「全くじゃな。わしには遠視系魔法を多重発動してようやく戦場が見える程度の距離だというのに……」
シエラとリサエラの座る椅子のそばには幅広の姿見サイズの鏡が置かれており、そこに遠視系魔法で捉えられた戦場の状況が映っている。
そこには小さいながらも《白の太刀》や《黒鉄》の姿も映っており、無事だったことにシエラは安堵していた。
ただ、橋の上には救援が間に合わなかった兵士たちの亡骸が横たわっており、その様子も遠視鏡から確認できた。シエラは複雑な思いを抱きつつ、目を閉じて魂の安寧を祈ったのだった。
「シエラ様、北側よりオルジアク軍――魔物ではなく、人間種で構成された本隊が少しずつ国境線へ距離を詰めつつあります。いかがいたしますか」
「よし、ゼン――、人間の兵士はなるべく殺さぬようにな。威嚇で抑えられるかや」
「ハッ、国境線に過度に接近するようであれば、爆炎魔法を手前に着弾させ、足止めとします。――狙撃隊、一から九まで装薬変更、爆炎魔法カートリッジを装填し待機!」
そう声を受けた眷属たちが一糸乱れぬ動作でカートリッジをリリースし、胸元の軍用ベストから取り出した別のカートリッジを装填する。その様は軍隊そのものである。
「さて、そろそろ次のステップじゃな。アレの準備、整っておるかや?」
シエラが背後のエルマに尋ねる。
「はい、認識阻害結界《アマテラス》の準備、及びその他全ての術式の準備、ともに完了しております」
「よし――、このまま前進し、第二作戦を開始せよ!」
国境線上では、北側にオルジアク軍本隊の接近が確認されたことで、エリドソル側には再び緊張が走っていた。
背後に浮かぶ巨大な島も気になるが、それよりもまず目先の危機を凌がねばならないのだ。
そう思い、各々が再度戦闘の準備を始めた頃――、頭上に変化が起きる。
「明かり……? いや、見ろ! あの島が光っている……!」
戦場はすでに夜闇に包まれており、明かりは兵士たちの仮設陣地の魔法照明程度しか存在していない。
そこに、空中に浮かぶ島という巨大な物体から光が発されたものだから、地上の注目は全て浮遊島に注がれた。
浮遊島はその全体にぼんやりとした白い光を湛えながら、島の前面に徐々に光の幕を生成していく。
これは《アマテラス》に備わっている機能の一つ。島の周囲に光の幕を生成し、任意の映像を映し出す能力である。
この能力は、シエラが《アマテラス》を開発したときに「光学迷彩を広範囲に施せるのなら、その範囲に任意のモノを映せるのでは?」と思いついて追加された、いわば応用機能である。
ただ、《エレビオニア》においては拡声魔法と併用され、敵陣営との交渉や煽り、挑発などの目的で頻繁に利用されていたのだが。
そんな事情を何も知らない地上の人々は、エリドソル側もオルジアク側も、全員等しく動きを止めてその光景を注視していた。
そんな中、光の幕に、一人の人物のバストアップが浮かび上がっていく。
その姿は、灰色の髪をオールバックにまとめた壮年の男性。彫りが深く、いくつものシワが刻まれてはいるものの、見る者を性別問わず魅了するタイプの美形である。
目を閉じたその表情は非常に冷静で、顔の造形も伴い冷徹なようにも感じられる。
「あれは誰だ……!? お前、知ってるか?」
オルジアク軍の通信兵の一人が巨大な幕に映った姿を指して、隣の通信補佐兵に尋ねる。
「いや……俺の記憶にもないが……。それに加えて、あの光の幕を生成する魔法は何だろうな。全て漏らさず報告せねば」
オルジアク軍は情報の価値を非常に高く評価する軍隊である。そのためその通信を前線で担う通信兵の地位は高く設定されている。
通信兵の役職に就くためには国内外の情報に広く精通していることが最低条件として求められるため、彼らは必然的に他国の重役等についても多彩な知識を持っている。
そんな彼らが一切記憶にないというあの人物は、一体何者なのか。
「まあ何にせよ、これから奴自身が語ってくれるだろうさ」
その予想は当たっていた。彼がそう呟いた後、光の幕の人物は閉じていた目を開いたのだった。
「エリドソル王国、及びオルジアク王国の諸君。私はこの天空城の主、ブラドミーアである」




