102.その巨影
第二波の魔物と接触したガレンは、不味いと感じていた。
《黒鉄》は問題ない。この程度であれば、いくら相手にしても何時間でも対処できる能力は持っている。
だが、ほかの者たち――特に、兵士たちは別だ。
彼らは日々の訓練によって肉体能力は鍛えられているが、魔物との戦闘経験では冒険者には遠く及ばない。そんな彼らには、このレベルの魔物が群れをなして襲ってきているこの状況を捌き切るのは不可能だろう。
――戦線の崩壊は遠くない。
そう感じながらも、自分たちも大橋の上で釘付けにされており、どうすることもできない。
このまま手をこまねいていれば、自分たちも波に飲み込まれ、そしてこの国は滅ぶ。
何か策はないか、そう彼が必死に考えていると、なぜかふとある少女の顔が浮かんだ。
時には圧倒的な力で、またある時には新たな技術で状況を瞬く間に変えていく不思議な少女。
シエラならこの状況をどう打開するだろうか――、そう思った瞬間。
――南西の方角、遠い空から飛来した何条もの眩い光線が、橋上の魔物を貫く!
ジュッ――、その何かが焼き切れるような、蒸発するような音を残して目の前の魔物が数体同時に爆散したのである。
「――ッ! これは――!?」
さらに、遥か彼方から数多の光線が飛来。それらは寸分違わず魔物たちの核を貫き、問答無用で爆散させていく!
周りを見れば、他の戦場でも同じ光景が広がっていた。夕日が落ちようとしている上空には、数えきれないほどの光線が降り注いでおり、まるで流星群のようである。
その突然の攻撃に狼狽えているのは魔物側もなのか、明らかな動揺が伝わってくる。橋から下がって様子を見る個体も増えてきており、国境線上の戦闘は新たな局面に入っていた。
回避不能な速度で飛来して正確に貫いていくその光条は今のところ敵の魔物のみを攻撃しているが、正体が不明で警戒しなければいけないのはこちらも同じことである。当然、人々は発射源の方角、南西の空を見て――それを発見した。
それは夕闇をバックに、黒々と浮かぶ――あまりにも巨大ななにかの影。
「イヴ、あれが何か……見える?」
後方でぽかんと口を開けたまま、ギリアイルが尋ねる。
聞かれたイヴは、その影に《雷霆》のスコープを向けて覗いたまま、静かに首を横に振った。
「なに、かな……。味方、だといいけど」
その影は、少しずつ大きくなっている。巨大すぎるためか遠近感が狂わされて実際の距離はまだわからないが、ゆっくりとこの戦場へと向けて移動しているようであった。
魔物を攻撃しているのを見ると敵の兵器ではなさそうなのだが、エリドソルやその周辺の国家があんなものを開発しているという話も全く聞いたことがない。
その間にも、その巨大な影からは光線が無数に降り注いでおり、対岸の魔物の第二波は目に見えて数を減らしていた。
ガレンは、停止していた思考をなんとか再開させて、周囲の兵士に向けて叫ぶ。
「なんだかわからんが、好機だ! 全員、一旦下がって体勢を整えろ!」
ガレンのよく鍛えられた通りのいい声に反応して、それぞれの兵士たちが後退の合図を出す。
そうして軍全体が国境線から引いていくが、予想通り光線を恐れた魔物の追撃はまばらである。
追撃に来た少数の魔物は兵士たちで対処し、引いた魔物は謎の光線が正確に貫いていったことで、魔物の群れの第二波は一時間もかからずに殲滅が完了していた。
国境線の向こうにはオルジアク兵の本隊も見えているのだが、案の定こちらに攻め入ってくる様子はない。
絶望的に思えた戦いが急な幕切れを迎えたことで、国境線には奇妙な静寂が訪れていた。
「……しかし、あれは何なのだろうな」
「何、でしょうね……」
隊長の一人が呟き、そばにいた兵士も続く。
南の空には巨大な島が浮かんでいる。
一時間かけてかなり近くにきたことで、その巨大さがわかってきた。
ただ、そんなことがわかったところで、その巨体がどうして浮かんでいるのか、誰のものなのかは全くわからないのだった。
王都へはすでに伝令を飛ばしているのだが、「空飛ぶ島からの魔法で助けられた」などと言えば正気を疑われるのではないだろうか、という心配がある。
その浮遊島はといえば、魔物を殲滅してからは完全に沈黙していた。ひとまず、こちらを攻撃する意思はなさそうなので一安心といったところか。
ただ、その行動原理やここへきた理由さえもが不明のため、目は離せないという緊迫感があるのだった。
「――は?」
報告書を見て、誰かがそんな間抜けな声を漏らした。
オルジアクの戦時作戦室は、おそらく有史以来の困惑に満ちていた。
オルジアク自慢の情報転送魔法によってもたらされた報告書には、それだけの衝撃があった。
『第一波は目標を達成。しかし、第二波は到着直後、謎の魔法攻撃に晒され、全滅。魔法攻撃は無数の超高速の光線。その発射源と思われる巨大な物体(土地?島?兵器?詳細不明)が、南西の空に浮かんでいる』
こう記された文章の下には、黒くゴツゴツとした謎の影が記されていたのであった。
「……これは、なんの冗談だ?」
国王ゴリドバーンがつぶやく。
だが、この国の兵士が――それも通信兵という正確な情報の伝達が仕事の兵士がこんな荒唐無稽な嘘を報告するわけがないことは彼にもわかっている。
そもそも、通信兵による観測は正確性を期するため、複数ルートが用意されている。それらのそれぞれから同様の報告が上がっているのだから、事実であることは間違いがないのだ。
だとすれば、これはなんなのか。
その疑念に、別の者――オルジアク軍事開発局長が答える。
「敵の新兵器……? いや、エリドソルごときがそんな戦況を一変させる巨大兵器を開発できるはずがありません。仮に技術的に可能であったとしても情報が漏れないはずがない……。他の小国群も同じか。他に考えられる可能性は……他の四大国の干渉か?」
「幻影や、そういう像を見せる精神干渉魔法の可能性はないか?」
「それは不可能でしょう。幻影であれば戦況を変えるような攻撃力を有しているはずはありませんし、千を超える魔物やその周辺の兵士たちに同時に精神干渉魔法をかけるのは現実的ではありません」
様々な可能性を検証して、その正体のわからなさに、作戦室は重い沈黙に包まれる。
楽勝かとおもわれていたエリドソル攻略戦は、一瞬にして未知の戦場と化していたのであった。
「……とにかく、四大国のものであれ何であれ、それが人の手によるものならばなんらかの声明が発されるだろう。こまめな連絡は徹底させつつ……ひとまずは様子見、か」
円卓中央の盤面からは魔物群の駒が全て消え、代わりに大きな灰色の駒が南西の空に据えられていた。




