100.決断
「それで……リサエラには何か考えがあるようじゃな?」
《黒鉄》を見送って、リビングにはシエラ、リサエラ、ハツユキが残っていた。
「はい。ですがその前に、シエラ様に確認しておきたいことがございます」
「確認? なにかや」
「シエラ様は、この国の……この世界の未来に、介入する覚悟はおありですか?」
リサエラは真剣な顔でシエラを見つめている。
「ここは、我々とは本来関係のない異世界です。その世界の人々の生死に介入して、未来を変えてしまうことの意味をお考えでしょうか。誰かを生かすためには、誰かを殺さなければならないかもしれません。本音を言えば、私は……シエラ様に手を汚して欲しくはありません」
「リサエラ……」
この世界はゲームとよく似ている。だがここは紛れもなく現実である。その人々の生死に関わる覚悟があるのかとリサエラは問いかけているのであった。
「……リサエラ、わしは人を傷つけたくはないし、誰も殺したくはない。だから戦争のための武器は作らなかった。だが……この国で多くの友人ができた。そして前線に向かった、大切な友人がいる。わしはただ……彼らを守りたい。たとえ、この手が汚れることになっても」
シエラは、送り出したイヴの顔を思い出していた。
その返答に、リサエラは深く目を閉じた。
「シエラ様……。……かしこまりました。それでは、シエラ様に方策を提案いたします。――天空城を、アルカンシェルを使いましょう」
天空城アルカンシェルは、全速力で北の国境への移動を開始していた。
眼下の状況を確認するため、既に幻影雲海生成術式《アメノイワヤ》は解除され、認識阻害結界《アマテラス》の光学迷彩のみが機能している状態だ。
「やはり、鈍重な身体とはいえ移動速度はなかなかじゃな」
「空には遮るものがありませんから、まっすぐ進めるというだけで地上の移動手段の何倍もの効率を出せます」
天空城アルカンシェルはゲームに存在した空中城の中でもかなり巨大な部類であり、その代償として移動速度はあまり速くない。
それでも、二十四時間後には国境線へと到着する予定なのだから、空路は偉大である。
「そういえば……やつら、北からくると思わせておいて東の国境を越えてくる可能性はないかの」
「その線は薄いと思われます。東の国境となる山脈は易々とは越えられません。標高が緩い数箇所はエリドソルの重厚な砦があり、兵士たちが常時警戒しているそうです」
なるほど、と頷くシエラ。
となれば、やはり本命は北か。手遅れになっていないといいがと祈りつつ、シエラはエルマたち眷属を呼び出したのだった。
「――かしこまりました、シエラ様。直ちに部下へ伝達いたします」
「っと、もう少しよいか」
シエラからの命令を聞き、部下の元へ行こうとするエルマをシエラはもう一度呼び止めた。
「はい、何なりと」
「その……わしが城や眷属たちの力を使ってまでこの世の戦いに関与することについて、おぬしたちはどう感じておるのか聞いておきたかったんじゃが」
「この城や眷属は全てシエラ様のもの。私たちはシエラ様の力の一部であり、力は必要に応じて振るわれるべきだと考えます」
その淀みない返答に、若干首を捻るシエラ。エルマの言いたいことは、なんとなくわかる。ただ、シエラが聞きたいことというのは若干違うような気もするので、聞き方を変えてみることにする。
「なるほど……質問を変えるか。そうじゃな……おぬしたちは、城の外――この世の人々についてどう思っておる? 関心はあるのかの?」
シエラは、眷属たちが単なる自分の道具だとは思っていない。それぞれに意思を感じるし、それぞれの嗜好を感じることもある。
そして眷属たちはどちらかといえば元プレイヤーたちよりも、この地の人々に近い存在だろう。
そんな彼女たちがもしこの世の人々について深く思い入れがあり、戦争に加わりたくないと思っているのであれば、眷属を使うのはやめて自分たちだけでやろうと考えていたのだった。
その質問に対して、エルマは少し考える様子を見せた。
「これは、あくまで私個人の考えになりますが――私にとっては、シエラ様が全てでございます。シエラ様と偉大なる《アルカンシェル》の方々、そしてこの城が健在であれば、私はそれ以外のものがどうなろうと気にすることはございません。
そして、シエラ様の前に立ち塞がる障壁に対しては我々が切り開く力となり、シエラ様が守りたいものに対してはそれを守る盾になりたいと考えております。
――ですので、此度の戦いにおいても、遠慮なく我々の力をお使いいただければと」
「エルマ――、そうじゃな、その忠誠、ありがたく受け取った。大いに頼らせてもらうとしよう」
シエラが安心した顔でそう言うと、エルマはにっこりと微笑んで深く腰を折った。その仕草はリサエラのものとそっくりで、シエラは少し驚いたのだった。




