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兼業勇者  作者: Olivie
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敗北した成功者

鬱蒼とした、陰鬱な森の木々を避けながら、その勇者は前へと進む。

世界の最果てにあると言われる森の奥底、今は忘れ去られた城に巣食う「闇の番人」を倒すべく。


重い甲冑、重い矛と盾、その下の人間が女だとは誰も思うまい。軽い息切れすら起こさず、城へと一直線に突き進む。


視界が薄く広がり、月の妖しい光と共にその城は現れた。空さえも覆い隠す圧倒的に大きなその城は、堂々とした姿で勇者を待ち構えていた。


「……」


何も言わず、木造作りの大きな扉に手をかけたその時……


ピピピッ ピピピッ ピピピ


無機質なアラーム音が、彼女の服の中から飛び出してきた。彼女にとってのタイムオーバー……

今回の勇者営業はここまでである、ということなのだ。


彼女は甲冑に括り付けられたマントを翻し、目を瞑りながら後ろを振り向く。



「カノン、進み具合はどうだ?」


「城の前まで来たわ、次はいよいよ魔王様と対峙しそうだよね」


カノン……と呼ばれた勇者、もとい女子高校生は、白衣を身に纏った男から問いかけられた質問に淡々と答える。

そこは、先程の森とはうって変わり、扱いの難しそうな機械が立ち並ぶ部屋の中だった。


甲冑を着ていたはずのカノンは、外行きの服になっており、いつでも外へ出られる状態である。


「貴様は本当に不気味だ、勉学に真摯に取り組む大人しい娘かと思えば、向こうの世界では勇者としての仕事に取り組む……私としても助かる」


「楽しいから別にいいよ。報酬無しは頂けないけど」


彼女はいたずらっぽく笑いながらこう言う。


「経済難であるのだ。この部屋の機械だって、ほとんど使い物にならないのは君も知っているだろう?」


男がわざとらしく腕を広げて部屋を見渡す。この部屋の機械はほとんどが鉄屑と言っても過言ではないのだとか。ボサボサの頭を掻きむしる哀れな博士の話には耳も貸さず、カノンは部屋から出る。

去り際にこう言い残して。


「じゃあね、ミスターアントン。また1週間後に」



「兼業勇者募集」


いかにも胡散臭い上に、聞き慣れないようなこの広告の売り文句に、しっかりと興味を抱いたのはおそらくカノンくらいだろう。

アントン曰く、カノンが来るまでは「冷やかしで写真を撮るだけの不届き者」しか来てくれなかったらしい。

勇者になってくれる人……特に力の強い男を探していたのだから、女であるカノンが来たことは拍子抜けだっただろう。

背も別段高いわけでもなく、筋肉の付きも人並である。ただ一つのステータスが、彼女を勇者に導いた。


「頭の良さ」である。

大学に通い、外資系企業に勤めることを目標にしていると聞き、アントンはあっさり彼女を勇者として採用した。


「で?勇者になって何をするの?遊園地でショーの主役とか?」


「……あのマシンに入って、別の世界へと飛んでもらった先で、魔王を倒してほしいそうだ」


最初はこの二人は問答になった。彼の話の意味が一切分からないカノン、とにかく彼女に異世界で勇者として活動してほしいと願うアントン。

3時間ほどの時間をかけて、やっとカノンはマシンに入る気になった。それでも半信半疑ではあった。異世界に飛ぶ……ということは分かった。飛んだ先で魔王と戦うとしても、武器や攻撃は?魔法などはどう使えばいいのか?


「行けば分かる」などという不確かにも程がある、アントンの脳天気な言葉に不安を宿らせたまま、彼女の勇者営業は始まった。

物事の成り行きは、彼女が思い描いていたRPGゲームと何ら変わりはなかった。剣を使って戦い、少しずつ魔法を習得し、雑魚をバサバサと倒していく。ただ一つ、彼女以外の魔王と対峙する者……仲間がいない。

後日、カノンはそれについてアントンに問いかけをしたが、またまたおかしな回答が返ってきたのだ。


「誰も来てくれない」


カノンが飛ばされた先の世界の、反魔王の同士は、彼女たちのいる世界から集められるのだとか。そんな寄せ集めのチームでどうにかなるのか……と、彼女は行く末に不安を募らせていたのだった。向こうの世界で死ねば、勇者営業はそこで終わりなのだとか。



そのサバイバルの中で、彼女が今まで生き残ってきたのは……


「カノン、アンタよくそんなに歌えるよね……」


「せっかくのストレス発散なんだから、遊びましょうよ!バイトのお金も昨日入ったばかりだし、おごりよ!」


「定期テスト明日からなのに、余裕よね、流石!」


彼女の強みは、頭の良さとその頭を存分に使える要領の良さ。そして、困難を困難として認識しないポジティブ、強心臓、そして持久力(?)である。

元々テストが困難ではない彼女であるが、オンとオフのメリハリをくっきりつけられる、彼女の周りでは密かに「人格者」として崇められている。


「カノン、あんた外資系企業の就職、内定決めたんでしょ?もう勝ち組同然じゃない。本当に羨ましいわ」


「そーなの!もう、外資系企業よ外資系企業!フレックスタイム制のお仕事だし、お給料良いし、ずっと夢だったわ!

来週の今日、人事の方にまたご挨拶に行くのよ!」


「おめでとう、カノン!」


友達は快くカノンを祝福した。拍手を送り、乾杯をし、馬鹿騒ぎをしてその時間を楽しんだ。

だが、その時間は一本の電話によって破られた。相手はアントン。思いがけない電話に驚き半分、迷惑半分で電話に出た。


『カノンか?申し訳ない、またこちらに戻ってきてほしい』


「はぁ!?今週はさっきので終わりでしょう?」


『急ぎなんだ、頼む!』


電話は彼女の返事を待つことなく、途切れてしまった。溜め息をつき、カノンはお金を三万出して机に置いた。


「ごめん、バイト先から呼び出し……これで払っておいて」


驚く友人をよそに、カノンはカラオケルームから飛び出した。


「……」


再び城の前。アントンから聞かれた話に釈然としないままではあったが、彼女は再び腹を決める。



『緊急なの?魔王討伐は』


『どうも、魔王が君の存在に気付いてしまったらしい。そこで君を探しに街にまで出てきてしまい、暴れられた結果甚大な被害が出てしまったのだとか。君が城の中で魔王を倒してさえくれれば、勇者営業は完了。報酬も支払えそうだ。だから頼む!魔王討伐、頑張って!』


部屋に入るや否や、マシンガンの如く放たれた一方的すぎる彼の言い分。それをまとめきれないまま、マシンの中へと押し込まれてしまった。そして今、もやもやを残したまま扉を開けるところである。



開放された城の中は、正面にステンドグラス、階段や扉があちこちに見えている。どこから調べようか、迷うほどだ。


「わざわざ出向いてくれたとは、光栄の限りでございますが……」


ゾクリと背筋に悪寒が走る。それと同時にカノンは慌てて前へと転げる。

カノンが立っていた場の床には、深く刻まれた爪痕が残された。

体を上げると同時に、伸ばされた爪をしまってその顔を見せる。

青く染まる長い髪の毛に、月光によく馴染む白い肌、前を鋭く見据える青い瞳、黒を基調とした貴族のような服装に身を包んでいるこの男。

先程の奇襲を見ても間違いないだろう、この男が魔王である。


「私としては別に恨みはないんだけど、お小遣いのためだからくたばってくれると嬉しいな」


「生憎だが、私は人の懐を温める趣味は無いのでな」


お互いに挨拶を済ませ、まず剣を交える。剣同士の衝突が空気を伝って、ステンドグラスを揺らした。魔王は男、カノンは女。「力の差で、鍔迫り合いは確実に負ける」と、いち早く身を引いてカノンは剣をしまう。

そして魔王へ向かって、魔法を放つ。いかにもお粗末……というような、小さな炎を揺らめかせる程度の灯火。

彼女は、これによって魔王を挑発しているのだ。彼がどれほどの魔力の持ち主なのか、それによって今後の作戦を練る。これがカノンの戦い方である。


「私を弄ぼうとしても、無駄であるぞ?さあ、掛かってくるが良い」


魔王に手の内を見透かされていたと分かり、舌打ちをする。灯火を消し、その代わりに暴風を魔王に叩きつけた。動きを封じ、その間に奇襲を仕掛けるのだ。

永遠の命でも持たない限りは、胸を刺されれば死ぬ。この一撃にかけるつもりである。


だったのだが……



カノンが意識を取り戻したときは、ふかふかな何かに優しく包まれている状態であった。重かった甲冑や武器の一切は剥がされて、今は気軽な服に身を包まれていた。


カノンは天を仰いでいる。つまり寝かされていたのである。


「ふぁ……よく寝た気がするけど、私ってどうなったんだろう」


「この私に負けたのだよ。レディ」


窓辺に立っていたその影が、彼女に声をかけて歩み寄ってきた。青い髪の毛ですぐに分かった。その影は魔王そのものである。


「『レディ』の甲冑を許可なく引っぺがすって、なんか失礼じゃない?」


「剣であちこちに傷をつけていないだけ、私はそこら辺の男よりも紳士的だと思ってほしい」


近くに置いてあった椅子に腰掛け、彼女をじっと見つめている。組んだ脚に肘をつき、品定めをするかのように彼女を見つめ続ける。


「いつから私が女だって思った?」


「声で分かる。そしてなにより、立ち姿が明らかに女であったのだよ。全体的に丸みがある、そして動きはしなやかである。あと、若干内股であった」


あの瞬間はまじまじと見られる暇など無かったはず……というわけでもない。彼女が魔王の容姿を確認することと同じことなのである。


「私はなんで負けたんだっけ?」


そう聞けば、彼はクスクスと笑いながら立ち上がり、彼女のもとへ更に近寄ってきた。そして……


「……!……なに、これ……」


顔に何かを吹き掛けられる。それと同時に独特な、淡く甘い香りが彼女を包む。


「我が魔力で作られた月の香水である。

風が暴れるあの場に香水を大量にばらまき、君のもとへと風を吹き返させた。

少量程度ならば相手の気力を奪うだけであるが、大量に使えば、使用者の望む中毒を引き起こさせる。君が倒れるようにと、中毒を起こさせたのだ」


『私の魔法をそのままオウム返しにされてしまった……』

彼女はそう考えている。その通りだ。

魔王でも風は受け止めきれないだろう……とタカを括って単純な魔法を投げた彼女の油断である……なんとも恥ずかしい思いをしながら彼女は赤面していた。


「雑談は一旦停止だ。

さあ、勇者よ、君の道を選ぶのだ。永遠に私の下僕となるか、ここで死ぬか、2つに一つだ」


「下僕でシャッス」


「……ほう?」


魔王は訝しげに、でも興味深そうにカノンを見つめた。


「私の下僕ということは、私の思うままの存在になる……ということなのだぞ?それが永遠に続く……ということなのだぞ?それでもいいのか?」


「いいから、でも私からも一つ条件」


「なんだ?」


「永遠に街の人に危害は加えない。何があっても」


淡々と告げるカノンに、魔王は意味がありそうな笑みを浮かべる。


「……良かろう。だが私が君に求めるものはやや重くなるぞ。良いか?」


「だから、いいんだってば」


「……」


魔王は、面食らったような表情をしている。彼の想像していた契約の儀とは、かなり違うようである。


カノンを寝かせた部屋から出た魔王は、気だるげに壁に背中をつけながら顎に手を添えて考え込む。


『なぜ彼女は簡単に下僕を申し出たのか』


普通、勇者はプライドに賭けて『お前に屈するのなら死ぬことを望む』と応じるものである。何か企んでいる……そんな気がしてならないようである。


一方カノン、安堵の表情を浮かべている。生きながらえるのなら、願ったり叶ったりであるのだ。死んでしまえばそれまで、もしかしたら、せっかく掴めた成功者ルートがパァになるのかも……と考えてしまえば、下僕になって命を繋ぐことが彼女自身のためになるのだ、そう踏んだようである。


この二人、一体どう発展していくのか……?

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