All You Need Is Love
小学5、6年の担任は大学新卒の男で、名前は矢島といった。
タツミが通う小学校は、ひと学年20人程度だったため、新米の教師に適しているのだろう。
学生時代にバンドをしていたとかで、音楽の授業も担当したいと、新鮮で、私達も期待で胸をふくらませていた。
ピアノの伴奏に合わせず、ゾウの形をしたエレキギターで唄うのは、タツミにとって常識を打ち破るものだった。
なぜ音楽の時間はクラシックを流すことが多いのか、と大人の決めたことに反抗心ある彼にとって、教師は若い者に限ると思うのだった。
しかし、その期待は裏切られることになる。
矢島は、いら立つとチョークを生徒に向かって投げた。
忘れ物をしたり、宿題をしてこなかったりすると、タツミは何度か机を蹴られて、中身が落ちてしまったことがある。
強迫性障害のタツミにとって、準備も宿題も困難なものだった。
タツミは学校で脱糞するのが恥ずかしく、よく我慢して下校した。
からかわれるから、学校で大便することができない、子どもたち。
こういった、ささいなこと。
子どもにとっては大問題である。
教師は全力で子どもの気持ちに寄り添い、問題に取り組むべきだが、矢島は地方の国立大出の、あか抜けず、結局自分が一番大事な、大学生に毛が生えたようなものだった。
タツミが乳児の頃、父親はホテルのイベント、ゲスト歌手のバックバンドのドラム担当だった。
ホテルの業態が縮小し、失職し、定職についても趣味でバンドを組んでいた。
父親の友人は、社会の荒波にもまれた人間的な面白さ、雰囲気があった。
元プロの演奏は幼少の頃から聴いていて、耳がこえていたので、矢島のギターは、しょせんアマチュアの学生バンド止まりだった。
父親は、外面が良く、バンド仲間や職場の人間が訪問した時は、上機嫌だったが、帰ると、ひょうへんして、タツミを殴る蹴るした。
頭ごなしに叱るのはタツミの親父がしていたことで、矢島も同じことをしていた。
父親や矢島の自分勝手な感情に任せた虐待、体罰は、不快で迷惑であった。
幻滅する要因の1つとなる矢島の言葉がある。
「流行りの曲の話もできないやつは、やっていけないよ」
なぜジョン・レノンの様な偉人を見習わないのか。
狂人と言われても、ベッドでヨーコと裸で愛と平和を訴えかけた。
異質を受け入れ、人種間に壁は無いと、達観している。
どんな音楽を聴こうが、そこに壁は無いのだ。
父親や矢島に人間愛は無かった。
ジョン・レノンはタツミにとって恐ろしい時期があった。
低学年の頃、タツミは親の寝室に貼ってあったジョン・レノンのポスターが恐ろしく、寝ぼけて目にした際などは、泣き叫んだ記憶がある。
ジョンの動画を観るのも恐ろしく、吐き気がする程だった。
ジョンの抱える心の闇を子どもながらに感じていたのだろうか。
体罰や虐待を受けて生じる恐怖ではない。
タツミはジョンを恐れ敬っているのだ。
ジョンは人種に壁をつくらず、自分に語りかける様に作曲した。
人間愛がある。
タツミが低学年の頃、同級生の女子、ユカの上履きのにおいをかいでみたら、菜の花の様な、良い香りがしたこと。
女子トイレを掃除した時、流し忘れた、うんこを見て、なんだか自分がおかしくなり、手などに、なすりつけて、後悔してみようか、という衝動を必死におさえたこと。
高学年の時、ユカが、うがいした際、唾も吐いたが、もし自分に吐きつけられたら、とイマジンしたこと。
これらの興奮と、ときめきは、今でも、ありありと思い出される。
人間愛無しの父親や教師たちからは、この様な、生きていく上の「張り」を与えられることは無かった。




