給食嫌いの居場所
タツミは学校給食で苦い思い出しか無い。現代は給食を食べきれない生徒を完食するまで残したりすると、体罰となるらしい。
30年程前はそうではなかったのだろう。小学6年間、給食の後、30分ぐらいの自由時間があるが、参加できた記憶はほぼ無い。
タツミは食事というものが恐怖であった。彼にとって、食べて満腹になったら気持ちが悪くなり嘔吐してしまうのではないかと、常に恐怖がつきまとっていた。
子どもにとって楽しみなはずの給食は、タツミにとって、そうではなかったのである。
タツミは両親から肉体的、精神的に虐待を受けており、神経が過敏になっていた。嘔吐恐怖症とでも言えばいいのか。
他人の嘔吐する所を事細かに記憶しているせいもある。同学年のヒロキは、野菜嫌いで、タツミと共に6年間給食居残りの常連であった。小学2年の時、ヒロキは午前中から熱があり体調を崩していた。
タツミの差し向かえにいたヒロキは、真っ青な顔をして苦しそうに給食を食べていたが突然、滝の様に吐き出し、保健室に連れていかれ、午後の授業を受けず帰宅となった。
その場に残った者はたまったものではなく、モアッとした濃厚な匂いの中、食べきらなければならなかった。
タツミにとって不思議なことであったのは、一瞬の嘔吐劇に驚くものの、普段通りに食べ終える生徒達の姿である。
タツミはヒロキのしでかした出来事が頭から離れず、気持ち悪さも手伝い、居残る運びとなった。目の前で吐かれることで、ますます人間の食べるという行為が嫌になるのであった。
そのせいで、女の担任ミチヨにヒロキの嘔吐処理で使った雑巾を水でもみだす様、頼まれる、おまけ付きとなった。その手の匂いなど嗅がなければよいのだが、嗅いでしまうのはタツミの常であった。これが将来の性癖に繋がってるのか、否か、タツミは女性の汚物に魅力を感じるようになるのであった。
タツミは長男で、下に2人の弟がいた。それぞれ3つずつ離れているので、次男は下の学年にいた。
給食は教室で食べるのが普通だろうが、タツミの通っていた小学校では各学年ごと1クラスしかないため、効率的にしたかったのか、全校生が給食室に集まって、一斉にしていた。
当然、3学年下の弟は給食で居残っている兄の姿に恥ずかしい思いをしていたに違いない。弟は、まともにできており、給食ははやく、性格ははっきりしていて、運動神経も良かった。
人目を気にせず、遠慮すること無く、我が道を行くタイプだった。
両親は弟2人を溺愛してるのは明らかだった。次男は子どもらしく勢いそのままでも愛されていた。タツミは弟と違い、親や周囲の人間の顔色をうかがえばうかがうほど不自然になり、大人の視界に自分は入らない様な疎外感が常にあった。
タツミが弟に勝るのは、みてくれの良さであった。教師や女子からも「タツミ君かわいい」と高学年までは十分通用し、かわいがられた。
高学年になると、ひねくれた性格と、アブノーマルな趣向が十分発揮され、ルックスだけで称賛されることは少なくなるのであった。
それでも見た目が悪くないと、そうでない人間よりは有利なのは世の常である。小学5年の時には、彼女のナツキがいて、ダブルデートをしていた。
初体験は30歳手前のことなので、奥手なタツミは小学生らしく健全な恋愛をしたのである。
ダブルデートはマサキとユカのカップルとしており、主に放課後の校庭でたわいもない話をしていた。
太宰治の『人間失格』さながら、バカに道化ていれば、十分だったし、当時のテレビ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』のネタを小出しにしていれば、小5をピークに人気者になれたのである。
理科の授業の時、いつもの4人組でアルコールランプで何かを燃やす実験をしていた。緑色の藻におおわれた水槽が、室内でカビのようなにおいをつくっていた。
このにおいと、燃やしたりするにおいにひかれ、理科が好きになる生徒は少なからずいただろう。
煙を吸い込んだユカは「くっさーい」と咳き込み、外の敷地に飛び出すと、他の3人も続いた。タツミは人1倍、下品な話が好きで、そこは子どもらしく、笑いが止まらない癖があった。
「くっせー おえっ」大笑いして、大袈裟にえずく真似をするのだった。
気がつくと、ユカは3人の視界から消えていた。
理科室は1階の給食室の真逆、角にあった。少しして、ユカは角の所から姿を見せた。
ユカは何をしていたのだろう。咳き込んでいたので、唾でも吐いたのだろうか。気分が悪くなり、吐いていたのか。小便か。それとも、脱糞か。
タツミの妄想はふくらみ、動悸が高まり、吐き気にも似た興奮状態で、ユカがいた所に走っていた。
ユカは唾を吐いたとにらみ、コンクリートの所、草むらの茎や葉の部分、土の表面を、中腰になり何度も見たが、ユカの唾液はみつからなかった。
落胆と共に、3人の所に戻ったタツミは、ばつが悪かった。
「タツミくん何してたの?」
怪訝な顔でユカに言われたタツミは
「くっせー」
と笑ってごまかすしかなかった。
ユカは、とてもかわいい顔とは言えないが、小柄で、ケタケタとよく笑い、愛嬌良い子だった。
そんなユカが唾を吐いたり、脱糞する所を想像するだけで、タツミの胸は踊るのであった。