決闘
後半フィオナ視点。
祝賀会から数日。リアム殿下が場を整えて下さり、ロズワイド王国魔力研究所の訓練場で決闘を行う事になった。
そこには殿下方、中等部優勝者三名、騎士団魔導士団数十名、大神官様を含む神官様数名、フィオナさんと護衛部隊数名。
氷属性の私と炎属性であり剣の天才であるアーグの決闘を見ようと訓練場の席はかなり埋まっている。
「ルーナリア様、怪我しないように…あ、それは無理なのかな!?えっと、その…無理しないでくださいね…?」
「ありがとう、フィオナさん。怪我の治療はお願い致します。」
「がんばります!」
不安に表情を曇らせるフィオナさんに微笑みお願いすると、気合を入れて答えてくださって頬が緩む。
闘技祭からまた一層頑張る努力をされている彼女はとても凄いと賞賛する。
騎士団で神官様に教わりながら治癒魔法を使う練習をしていると報告を受けている。私も頑張らなければと気が引き締まる思いだ。
フィオナさんの一歩後ろで言葉を発することなく私を見るセレナも、その目は応援してます!と熱く語っている。先程エレナ様にもされた。姉妹揃って面白いわぁ。
「アクタルノ嬢。」
低い青年の声に呼ばれて振り返ると、柔和な笑みを浮かべて私を見つめる茶髪の騎士と目が合う。
「まあ!ケルトル様、お久しぶりねぇ」
「お久しぶりです。闘技祭優勝、おめでとうございます。活躍はザリウス先輩から聞きました。」
ケルトル様の後ろで騎士の礼をして挨拶をするザリウス・ティト騎士に目礼して、ふんわりと微笑むとデレッと表情を崩された。
瞬間、ゴッと鈍い音がしてザリウス・ティト騎士が脛を抑えて崩れ落ちた。
「……ケルトル様、先輩の方にそのような事をされてはいけませんよ。」
「申し訳ありません。不埒な気配を感じてつい。」
爽やかな笑顔のまま悪気なく言うケルトル様はとても強かになられたなぁ、と感慨深い。
元主人の影響かしら。
「アーグとアクタルノ嬢の一戦、勉強にさせて頂きます。」
「まあ。ふふっ、騎士様にそう言われると張り切ってしまいそうですわぁ。」
「張り切るお嬢様も可愛いですが、無理はなさらないように。少しでも危険と判断すれば直ぐに向かいます。」
「…………主従って似るのねえ。」
無表情と爽やか笑顔は正反対なのに、そっくり。
「ケルトルのルーナリア好きは以前からだろう。」
観戦者の確認を終えたらしいリアム殿下が此方に来ながら呆れ顔で言うと、ケルトル様が困った顔をして言う。
「殿下、誤解を生む言い方は止めてください。僕はお嬢様を慕っているんです。」
「お前の言い方の方が誤解を生むぞ。」
「ふふっ、仲良しですねえ」
「そんな!お嬢様、僕は確かにリアム殿下の事を尊敬していますが、決して仲良しではありません!」
「ぶっは!オイ黄色、お前振られたぞ。ぶくくっ」
ずっと私の後ろで静かに剣を研いていたアーグが堪えきれずに笑い煽る。
「アーグ、この場ではちゃんとなさいな。」
「けどよ、ぶくくっ、ケルトルに振られてんだぞ?ぶっ、くくくっ、」
口元を抑えても漏れる笑いが伝染したのか、フィオナさんの近くに座るオスカー殿下まで咳払いをしている。
フィオナさんは色々な方の表情を窺っていらして、他の騎士様は何とも言えない顔をしている。
どうしましょう、と頬に手を当てて笑うアーグを見ていると、不意に誰かに手を取られた。
驚いて私の手を持つ手を辿ると、無表情のリアム殿下が近くで私を見下ろしていた。
「…殿下、許可無く異性に触れるのは――」
「――ルーナリアにしかしない。」
琥珀が甘く細まる瞬間を見てしまって言葉を失くす
なんで、そんな甘い顔を…!
「お嬢様、僕が絞めましょうか?」
「大丈夫ですよ、ケルトル様。貴方が不敬罪で罰せられますから不謹慎な発言はお止め下さいねぇ」
殿下とケルトル様が軽口を言い合う間柄だとは知っているけれど、そういう体裁でやり過ごそう。
「両方、準備は宜しいでしょうか。」
微笑み未だ取られている手を抜き取ろうとしていると、騎士の一人が声を掛けて来た。
決闘の審判を務める方が私とアーグを見る。
「ええ。」
「ああ。」
重なった返事に顔を見合わせ、互いにいつもの微笑みを、嗤いを浮かべる。
「では、場に降りてください。」
その指示に従い歩き出そうと掴まれていた手を今度こそ引き離そうとすると、ぎゅ、と力を込めて握りしめられる。
少し痛さを感じるそれに驚いて見上げると、無表情を微かな微笑みにしたリアム殿下と目が合う。
「ぶつかり合え。」
「え?」
「思っていること全てぶつけて来い。」
それだけ言うとリアム殿下が私の手を離して、その琥珀を私の後ろに向ける。
「骨は拾ってやろう。」
「ほざいてろ。」
「仲良くなったんだなぁ」
悪態を付き合うアーグとリアム殿下の様子を、一歩後ろに控えていたケルトル様が嬉しそうに笑って言う光景に何とも言えない感情を抱いた。
初めて出会ったあの日。
名もない真紅色の長い髪に鮮血のような瞳が印象的でとても細く女の子にも見える綺麗な顔をしていた彼は、緩い雰囲気の中、目だけは理性的に鋭く光らせ私を注意深く観察していた。
この世の全てが敵だと思わせる目が。
その中に隠れた怯えと、生きようとする強さが。
愛おしくて、羨ましくて、欲しくなった。
利害関係の一致で手に入れた私だけの仔猫。
大きな訓練場の中心、対峙するアーグはあの頃からは想像も出来ないほど立派になった。
体格も、頭脳も、思考も。
アーグの利はもう達成されているのに、傍に居させている私は本当に往生際が悪い。
でも、私は――――…
「勝者は言うことを聞くという事で両者違いありませんか?」
審判の問いに頷くと、「では」と腕が上がる。
「ねえ、アーグ。」
「あ?」
「私が…、首輪を外すのが嫌だと言ったら、どうしますか?」
目を瞠ったアーグに上手く微笑みかけられたかわからないけれど、私の微笑みはアーグには効かない。
でも、もう形振り構っていられない。
「っ…、離れて行かないで。」
堪えきれずに溢れ落ちた言葉が、生み出した雨の音にかき消された。
言葉を失くす程の光景が目の前で起こってる。
絵本に出てくる龍が、…え?なんで?
あんな数の氷の塊…え、死なない?
しかも、え、氷って、嘘、ルーナリア様が?
けれど訓練場で起きる事態に混乱しているのはあたしだけらしく、他の人は色んな表情をしていた。
「最初から飛ばしてますね。」
「あぁ。」
表情を変えることなく淡々としている第一王子様とさっきルーナリア様と仲良く話していた騎士様。
「やはりルーナリア嬢が本気で相手をするのは狂犬殿だけか…」
「レジャール嬢に聞かれたら睨まれるから絶対それ他で言うなよ、ガイル。」
前のめりで見ている第二王子様と闘技祭でルーナリア様と決勝戦で闘っていた人。
それだけでなく、他の騎士様や魔導士様も興味深く見ていた。
「せ、セレナさん…」
「はい。」
「ルーナリア様って、スゴい人なの…?」
闘技祭で優勝していたから強いのはわかる。
でもこんな、迫力のある魔法は見ていない。
縋るように後ろで護衛をしてくれているセレナさんに聞くと、いつもの無表情が笑顔になった。
「勿論です、聖女様。この国で一番の魔導士はルーナリア・アクタルノ令嬢ですよ。」
「うそぉ…」
もう驚き過ぎて頭が回らない。
唖然としてルーナリア様を見ていると急に地面が抉れた。
…………抉れたッ!!!!????
「なっ、うぇえっ!!!??」
「今のは紅髪の斬撃です。」
「ざんげき……」
それで地面が抉れるって、…え、怖い。
「紅髪は剣の天才と謂われるほどの実力者です。それに加え火より強い炎属性を持つ攻撃特化型の剣士。その実力は学生でありながらこの国でも三本の指に入ります。」
「さんぼん…」
………そんな人相手でルーナリア様大丈夫なの?
「国一番の魔導士と剣士の決闘。これほど滾るものは早々ありません。」
セレナさん、目が怖いよ。
「因みに紅髪は今まで一度もルーナリア様に勝てていないのです。」
「どちらさま…」
「エレナと申します、聖女様。」
「セレナさんの妹の…はじめまして、いつもお世話になってます…」
「有り難い御言葉感謝致します。今後共宜しくお願い致します。」
ああ、なんかもう、頑張って見よう。
「えっ、今、今何が起きたの?」
「ルーナリア様が氷の矢を五連続放ち、それを一瞬で熱して溶かしたあと紅髪が炎の矢を放ちルーナリア様が水で消しました。」
「どんな早業?」
「わぁああっ、キレイ!氷の蝶々?あっ、え、燃えちゃった!」
「氷の鱗粉を撒き散らしていますから吸い込むと体内が凍ります。」
「…………。」
「でもこんな日に雨なんて…。このまま続けてて良いのかな…」
「ルーナリア様の降らした雨です。雨は凍らせやすいですからね。こんな広範囲に持続して降らせる魔力量は流石ですね。」
「自然を操るの……?」
「あっ!あの虎、闘技祭で見た!王子様との試合で、なんか…こう、やってた!」
「あの虎は我々の隊が束になって倒せる魔法です。近付けばまず間違いなく全身火傷を負います。」
「えええー…。」
殺し合い?と思うような魔法、剣技に引く。
なんでこんなに危ないことしてまで決闘するのかわからない。本当に何でだろう。
訓練場の中心、始まってからちょっとだけしか動いていないのに凄い魔法を操っているルーナリア様。
淡い青と白のふんわりしたドレスで日傘をさす姿は戦っているとは思えないほどキレイで可愛い。
いつもみたいに柔らかい笑みを浮かべているのが遠目から見てもわかる。
対して紅い髪のあのちょっと怖い護衛騎士さんは目を鋭くギラつかせていて、やっぱり怖い。
それでも押してるのがルーナリア様だってわかる。一切傷を負っていないルーナリア様と、所々怪我して血を流している護衛騎士さんの姿からして素人でもわかる。
なのに、周りの人達はそうではないらしい。
「ルーナリアが動いたのを初めて見たな。」
「僕もです。流石アーグですね。」
第一王子様と騎士様が目を瞠り、
「今のは隙ではないのか…」
「狂犬は勘が動物並みだしね。」
注意深く観察して感想を言い合う学園生王子達、
「姉さん、あの魔法は如何対処しますか?氷と水は土と相性最悪です。」
「紅髪のように溶かせないからな…あたしなら岩で応戦してみるがまず破壊されるだろう。やはり速さで太刀打ちしなければ勝利は見えない。」
姉妹でなんの議論をしているんだろ。
でも全員が、ルーナリア様と護衛騎士さんを真剣に見ている。
そんな中、状況が大きく変わった。
「えっ…!?」
護衛騎士さんの下半身が凍ってる。
溶かしているのか湯気が出ているけど、溶ける様子はない。
これで終わった…ルーナリア様が勝ったんだ!と立ち上がって声を上げようとした瞬間、
「―――アーグ止めろッ!!!!」
茶髪の爽やかな騎士様が声を荒げた。
その声の強さに身体が強張り身が竦む。
急に大声出して何?とそっちを見ると、何故か第一王子様が騎士様を抑えつけている。
訳がわからず固まっていると、周りから息を呑む声と呆然とした声がした。
そして
「―――アーグッ!!!」
初めて聞くルーナリア様の悲鳴のような声。
驚いてそっちを見ると、血が溢れていた。
凍っていた護衛騎士さんの足が血だらけで、皮膚が爛れている。
全員が言葉を失くして静まり返る中で一番最初に声を上げたのは当人で、此方にまで声が届く
「まだ終わらせねェぞ、クソ飼い主!」
そう言って剣を地面に刺して不敵に笑っていた。
皆様御自愛下さい。




