街
王都へ来て数日後、私はお屋敷から出ることに成功しました。
ずっと機会を伺い続けていました。
使用人の人数、庭園の抜け穴と抜け道、護衛の配置と人数、信用に値する者とそうでない者
お父様の書斎の魔法書を読んだり、そこで学んだ魔法を夜に一人で試してみたり、刺繍をしながらバレないように試してみたりとかなり充実した日々を送り、やっと準備を整えられた。
さあ、この牢のような籠から少し出てみましょう。
白のフリルブラウスに青色生地の裾に花の刺繍をしたフレアスカートをはき、つばの広い帽子を被り、ヒールの低い可愛いブーティを履きフリルのついた白い日傘を差して、お財布の入ったバッグを肩にかけて準備万担!
「サーナ、いってきますわ。」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
玄関でサーナと数人の使用人に見送られ、私はケルトル少年と隠れ護衛達と街へ赴く
馬車で貴族街の入り口まで行きそこからは歩いてとのことで…
「お嬢様、足元お気をつけて。」
「ありがとうございます。」
差し出された手を取り馬車から降りて、賑やかな喧騒のする方を見る
ずっと焦がれていた、自由な籠の外
「っ、いきましょう!」
「えっ!?ちょ、ルーナリアお嬢様っ!!?」
ケルトル少年の驚く声を耳にしながら私は足早に街への門を潜った。
そこは記憶にある“外国”というところの街並みのようでした。
建ち並ぶお店、小さな水路を通るための橋、所々に植えられた木や綺麗に整えられた花壇
そして更に奥へ目を向けると、商店がたくさん建っていて、人々が賑わいを見せている
それら全てが私にとってまるで夢を見ているようなものでした。
「わぁ〜っすごい!すごいです!こんなにたくさんのひとが…!いいかおりがするわ!なにかしら!」
「お嬢様…、」
「ケルトルさま!あれはなんです?ふわふわしててかわいい!わたみたい…たべものでしょうか?」
「あれは“わたあめ”と言うお菓子です。」
「どうやってつくっているのかしら。ちいさなこがとてもよろこんでいるわ……わたくしもたべてみたいです!」
「お嬢様、落ち着いて…」
「さぁいきましょう!」
キョロキョロと街を見渡し気になる物をケルトル少年に聞きながら私は日傘を差しながら人々の中へ入りました。
チラチラと感じる視線はきっと貴族の子供への興味と嫌悪かしら。それと日傘が邪魔とかでしょうね。申し訳ないけれど少し我慢してくださいな
小走りで“わたあめ”の屋店に行くと店主と売り子のお姉さんがギョッとした顔で私を見て少し見惚れられた。私の顔はとても可愛いものね。
ニッコリと微笑むとお姉さんがハッとして私と視線が合うように屈まれた。
まあ、優しい方。
隣でケルトル少年が何か言おうとしたがそれを遮るように私はお姉さんに笑いかけ、
「わたあめ、おひとつくださいな。」
一つ、と指を立てて言うとお姉さんも店主もポカンとし、周りの方々もシン…と静まりました。
あら…?
「お、お嬢様が…笑った……!?」
「まぁ、ケルトルさまったら。わたくし、いつもわらっていますでしょう?」
「あれは"微笑み"です!今のはっ今のは、“笑顔”ですよっ、お嬢様!」
何故か瞳を潤ませて喜んでいるケルトル少年は無視して私は店主とお姉さんに微笑みかけます。
「わたあめ、おひとつくださいな。」
「あっ、は、はい!お一つ、ですね?」
「はい。おひとつ、おねがいいたします。ケルトルさま、いっしょにたべましょう?」
「勿論でございます、お嬢様!」
感激!とばかりにキラキラとした笑顔を浮かべるケルトル少年を可笑しく思いながら、店主が作り上げていく“わたあめ”を見て魅せられる
クルクル回すたびにほわほわふわふわな綿のようなものが膨れて、丸い綿が作り上げられていく
なんて可愛らしい…
「おねえさん、わたあめはどうやってたべればよろしいのですか?」
「えっ!?あ、えーと…、普通に齧りつく…、か、手で摘みながらかな。…です。」
貴族の子供相手にどういう対応をすれば良いのか迷いながら答えてくれたお姉さん。優しい方ねぇ
「ありがとうございます。そんなにかしこまらなくてだいじょうぶですよ。」
「えっ!?あ、ありがとう、ございます…、じゃなくて、えーっと、」
「ふふふっ」
「はいよ、お嬢さん。待たせたね。」
困った顔をするお姉さんが可愛らしくて笑っていると、店主がそう声をかけてくださった。
この方も優しいですわねぇ
ふわふわの"わたあめ"を受け取りながらニッコリと微笑む
「ありがとうございます、てんしゅさん。」
「こちらこそありがとよ!銅貨3枚だ。わかるか?」
「はい。どうかさんまい。」
バッグから3枚取り出しお姉さんに渡すと少し驚いた顔をしたあと、ニッコリと笑顔で「ありがとう」と頭を撫でられました。
まぁ……。
「おい、ッ、お嬢様?」
何か言おうとしたケルトル少年の手を掴み見上げ微笑むと、驚きながら口を噤み後ろに控えた。
少し怯えた顔をされたお姉さんに申し訳なく思い、私の頭を撫でてくれた手をそっと包む
「ありがとうございます。また、きます。」
顔をふわぁと赤らめたお姉さんに微笑み、店主に手を振り、その場をあとにした。
視線を感じながら歩き、見つけた誰も座っていないベンチを見つけ座ろうとしてケルトル少年に止められ、座る場所にハンカチを置かれました。
それを取り、ひょいっと座るとケルトル少年が「あぁ!?」と悲痛な声を出された。
「ケルトルさま、すわりましょう?はやくたべてみたいですわ。」
「……はい。」
ションボリした顔で私の隣に座られたケルトル少年を見て、私は手に持っているふわふわの“わたあめ”に齧り付きました。
その瞬間、口の中で溶けて広がる甘み
「っまぁ…!」
頬に手を当て暫しうっとりとその甘みに酔いしれて、もう一度わたあめに齧りつく
隣に座るケルトル少年にお裾分けして食べながらこちらを驚いた顔で見る街人たちを眺める
貴族が平民の食べ物を、という思いなのでしょう
確かに貴族の躾として平民と同じ物を口にすることは軽蔑されることです。
でも、私にはそんな貴族の規定は馬鹿馬鹿しく、忌むべき概念なのです。
だってせっかくの美味しい食べ物を存分に味わえないんですもの!もったいないわぁ
「お嬢様は…賢い方だと思っています。」
「まあ、ありがとうございます」
わたあめを食べていると急に話を始めたケルトル少年に微笑みお礼を言います。
難しい顔をなさっているのを微笑ましく思う
この少年は私を“可哀想な子”と思ってくださる
親に愛されない哀れな子
貴族に生まれればそう珍しい事でもないけれど、この少年にはそうは思えないのでしょう。
「手芸も、料理も庭いじりも、勉学や作法も、どれも6歳児にしては完璧です。僕の姉すら上回る。」
「ふふふ。16さい、でしたか?マーテムけのちょうじょさまは。さんだいこうしゃくけのちゃくなんとこんやくなさっていましたわよね。」
「…その記憶力も、異常だ。」
少し恐れの混じった視線を感じながら私はわたあめ両手に街並みを眺めると
その視界に“紅”が入り視線をソレに釘付けられる
私の“青”と対象的な、その色
それはすぐに見失ってしまい、少し気にかかりながら私はわたあめを食べようとし、視界に写った者に手を止める
ガリガリの骨張った身体に、薄汚れたサイズの合っていない服を身に纏う子供
この街の貧民街、所謂スラム街の子供でしょう
隠れた護衛達や周りの身なりの良い商人たちや街人があの子供を追い出そうとするのを、片手を軽く上げて静止させます。
私のその行動を不審に思い、その行動の意味に気づいたケルトル少年が剣の鞘に手を当てたのを見てつい苛立ちの声を上げてしまいました。
「せいししたのですが…?」
「っ、も、申し訳ありません…」
若干怯えたケルトル少年に微笑みを向けることなく、私はこちらを怯えつつも見つめている子供に微笑みかけ、手招きをしました。
それにその子供と、周りの者達が驚愕し辺りが異様な雰囲気に包まれた。
それでも私は微笑みを絶やすことなく手招きをし続け、スラム街の子供が恐る恐るこちらへやって来たのを微笑み、日傘をくるりと回して迎えた。