旅立ち
側妃様とフィオナさんとの午前中の予定は久しぶりに帰還したアーグの牽制により終わった。
それは特に問題ない。御二人とはまた次の休みに会えるからその時に話をすればいい。
だから今は、私にとって大切なことを。
「おかえりなさい、アーグ。如何でしたか?」
王都の貴族専用の街馬車に私とオリヴィア、そして王都を離れていたアーグの三人が乗って目的の場所へ向かう。
「確かに糞ジジィは領地の屋敷に居る。監視も居た。王宮の仕事は無く、家で出来る領地経営だけしてる。糞ババアのとこには行ってなかった。」
「そう…。ありがとう、アーグ。お疲れ様。」
「別に。」
顔を背けて馬車の窓から見える王都の街並みを眺めるアーグはずっとこの調子。
リアム殿下へのやり過ぎの罰として領地へ出向き、お父様の様子とそしてあと一つ用事を頼んだ。
「あの子達は元気にしていましたか?」
「普通に。」
「ギルが喜んだのではなくて?」
「ああ。」
「カイルやクロと鍛錬しました?」
「ああ。」
「リダとも?」
「ああ。」
「セスとも?」
「ああ。」
「メグとも?」
「ああ。」
「嘘。ちゃんと話を聞いてくださいな。」
「ああ。」
「………もう。」
まともに話をしてくれないアーグに、怒った!と頬を膨らますと「グハッ」とオリヴィアに飛び火した。流れ弾率高いわねぇ
「アーグ、いつまで拗ねてるの?」
「………テメェが馬鹿しなくなるまで。」
「私がいつ馬鹿をしたのですか?…この間のこと、許してくれませんの?」
「理解してねぇ馬鹿の謝罪なんざ意味ねんだよ。」
そう言って苛立ちを宿した鮮血の紅い瞳が私を鋭く睨む。
今までアーグが私に対して怒ることは少ないけれど、なくはなかった。それでもすぐに仲直りをしていつも通りに戻れていたのに…今回は違う。
それが何故なのか、どれだけ考えても私にはわからなかった。
王都の入門近くにあるカフェの一室で、私は久しぶりに会う皆と再会のハグをしている。
「メグ、また身長伸びましたねぇ」
「えへへ!メグね、お嬢さまより身長高くなりたいんだ!」
「まあ、そうなの?ならお野菜食べてたくさん寝ないといけないわねえ」
「うん!食べて寝る!あっ運動もするよ!」
得意げな顔をする可愛いメグを抱き締めてふわふわの頭を優しく撫でる。
「ギル…貴方、私と身長変わらない気がするわぁ。成長期ねぇ」
「オレはもっと伸びる!アーグ以上な!」
「ええ、好き嫌いなく食べたらもっと伸びるわぁ」
「………ピーマンも食えなくはねぇんだぞ?」
可愛い言い訳をするギルの頭を撫でるのに腕を上に上げなければならなくなったのが感慨深い。
「リカはまた綺麗になって…。恋でもしたの?」
「やだお嬢様ったらぁ!そんなことする暇あるならお嬢様の髪飾りやピアス作りますよ!」
「ふふっ、リカの作るもの、好きよ。毎日使ってるの。お気に入りは蝶と花のピアス。」
「気付いてました、ほんっとうに可愛いです…。お嬢様の紋章みたいですよね、あたし蝶と花大好きなんです。特に青と水色が。」
真顔でデレまくる綺麗なリカを抱き締めて二三度揺れて笑い合い、その耳で揺れる蝶をツンと揺らすと悲鳴を上げられた。
「カイル、本当に逞しくなりましたねぇ。」
「腹一杯食って寝て動いてって過ごさせて頂いたお陰っす。つまりお嬢様のお陰っす。」
「あら…カイル貴方…そんなこと言うなんて恋でもしたの?」
「俺らに対してそれ聞くの何っすか?逆にお嬢はどうなんすか?あの王子サマとは。」
ニヤニヤするカイルの額を人差し指でツンと突くと軽く謝られたから、髪もくしゃくしゃにしてあげた。ちょっと照れてるのが可愛らしい。
「リダはその頬どうしたのですか?」
「アーグと一戦した時にヤられただけです。次は負けません。」
「ふふっ、ええ、負けは次への意欲となり、己を奮い立たせるモノ。頑張りなさいな。」
「…いつか、俺もお嬢様の役に立てるように頑張ります。」
決意を新たにするリダが眩いほど輝いて見えて、その強さに胸を打たれる。こんなにも人は変われるのだと胸が熱くなって、笑顔を浮かべるリダの手を両手で包み祈りを込めた。
どうか、私の大切な皆が無事でいられますように。
領地にお父様が居る限り、この子達が狙われる可能性は少なからずある。お父様が私に対して嫌悪感を抱いているなら、私を消したいと思っているなら私の“大切”を狙うだろうから、遠くへ逃がす。
その事に対して六人は大反対した。
王都で暮らして領地でしていたように街での情報収集をすれば良いと。
でも、王都の情報は少なからず私の耳に入る。クラスメイトから、生徒会から。
そう言い張っていると六人は自分達から旅に出ると言い出した。私が用意した遠い辺境の街ではなく、宛のない目的を作らない旅をするのだと。
それに今度は私が猛反対した。
まだ成人を迎えたばかりの四人と二人の子供達だけで無謀な旅だと、危険過ぎると。行くならせめて、セスを連れて行きなさいと。
でもそれに六人は頑として頷かず、挙げ句の果てにはクロが行かないと言い始めた。それに対して六人は喧嘩をして、何かを話し合って今度はクロを傍に置くなら五人で定期的な連絡を入れて行くと言って聞かなくなった。
何故こんなにも頑固なのかと頭を痛めて「お嬢さまに育てられたからね!」とメグに言われて不覚にも嬉しく感じて、クロが私の命令を完璧に熟せたら快諾することにさせられた。
そしてこの私が、快諾させられたのだ。
魔導士に捕まらずに私を傷付ける課題。…見つからないにしておけば良かったと思っている。
結局、五人で随時連絡を入れることで許可を出した。そして旅の旅行費を私が出すこと。お父様からのお小遣いを使う気にはなれないから、昔からコツコツと服屋で余った布を貰って縫った物を販売して貯めていた私の私財から。
五人は渋ったけれど案外素直に受け入れた。
そして今日、全ての準備を終えて旅立つ。
「必ず一人での行動は避けるのよ?親切な人でもよく知りもしない人には付いて行っては駄目。誰に対しても慎重に、警戒心を持って接するのですよ。貴方達は見た目が良く人攫いに遭う確率は高いですから護身術の鍛錬を怠らないようにするのですよ。食事は毎日三食食べなければいけません。金銭や時間により厳しくても一日一食、何も食べないなどは絶対にしてはいけません。そして好きな方や恋人が出来た時にはセスに判断してもらいますから、その人が問題ない方ならすぐにでも結婚して家庭…を、築くこと、………。」
「そんなっ、泣きそうな顔しないでください、お嬢様…!あたしまで…!」
「っ、ごめんなさい…私の、勝手な都合に貴方達を巻き込んでしまって…、本当に、本当に申し訳ありません…。」
不意にポロポロと涙が溢れ出して喉が詰まって声が震え掠れてしまう。
こんなふうに泣くなんてこの子達と出会った時には思いもよらなかった。
きっとまだ、大人からしたら数年だけの間。
でも私や、この子達からしたら大きな数年を共に過ごした。
「っ、…私にとって、本当の家族のような、…ッ、大切な、大切な皆さんには幸せに暮らしていて欲しいです…。私は、そのために頑張りますから…っ」
涙で滲む視界の中、皆がそれぞれ涙を拭う仕草をするから。嗚咽を堪える声をするから。鼻を啜る音がするから。私の名を呼ぶから。
涙が溢れて止まらない。
「どうか…、幸せに過ごしてください…っ」
傍に居なくても、貴方達の幸せを願ってる。
「…メグっ、いつか絶対にッ、お嬢さまのところにっ、帰るからね…!」
「オレも!オレの目標はアーグみてえにお嬢を守ることだからな!!」
「あたしが作った可愛い物をお嬢様に付けて頂きたいので…!必ず戻ってきます。」
「俺もっすよ、お嬢様。自分の武器磨いて絶対お嬢様の役に立つ男になるんで。待ってて下さいよ。」
「俺達の決意は揺るぎませんから。逃がそうとしても無駄です、我等が姫。」
「…ッ、その呼び方、恥ずかしいから止めてくださいって何度も言っていますのに…。」
そう言う私に五人は声を上げて笑って、私もそんな皆に釣られて笑った。
どうか逃げて欲しい。
確証のないお父様から。
――――私の依存から。
感情的になると敬語になっていくルーナリアです。
そして領地の子供達を遠くへ逃したいのは自分が手放せなくなる前に逃したいという思いからです。
アーグと似た感じです。
母性溢れるルーナリアと少し歪んだルーナリアが描けていたら良いなと思う描写です。




