守りたい人
オリヴィア視点。
どうしてなんだろう。
どうして、わかってくれないんだろう。
心も、身体も、貴女は傷だらけなのに。
微笑って、微笑って、微笑って。
自分でも気付かないうちに全てを呑み込んで、隠して見えなくしてしまう。
不安なんです。怖いんです。
貴女が潰れてしまうのも、
貴女が壊れてしまうのも。
守りたい。
貴女を何もかもから隠して、閉ざして、見えなくしてしまえば守ってあげられるのに。
それを貴女が望まないから、わたし達は何もできないまま。
いつも、わたしは涙を流す貴女の夢を見るんです。
手を伸ばすのにその手は届かない。
声を張り上げるのにその声は届かない。
泣いているのに貴女は見てくれない。
抱き締めたくて、慰めたくて、必死に手を伸ばすのに夢の中の貴女はそれに気付かないまま、ずっと、ずっと微笑いながら泣いている。
あぁ、あぁっ、あぁ…ッ
お願い、お願いだから…ッ!!!
「ありがとう、オリヴィア。」
「今日もとっても可愛いです、お嬢様。」
大切なお嬢様の傍に居られますように。
王城の離宮から学園の寮に戻り早一ヶ月程。
お嬢様は体調も良く、以前同様クラスメイトとの親交を図り、生徒会の職務を全うされる日々。
その中に聖女様との文通と面会が組み込まれた。
学園がお休みの日、お嬢様は午前中を離宮に住まう聖女様と共にされる。
今日はその日で朝から幸せな準備をした。
胸元から腰下辺りまで縫われた白花が可愛らしい、ライトブルーの膝上イブニング型ドレス
合わせた白レースのヒールパンプス
緩い編み込みで結ったアップシニヨンには白の花飾りとレースを使い、耳には水色と白のブーケピアス
パーフェクト!!!可愛すぎるッ!!!
「オリヴィア、座って?」
「はい!」
何故か、なんて不思議には思うけどお嬢様のお願いですもの聞きます!!その上目遣いに心が撃ち抜かれるー!小悪魔、大天使、はたまた女神様!?
「出来たわぁ」
「お嬢様、何をなされたのですか?」
「ほら、見て?」
そう指差されたところはわたしが髪を纏めている場所で―――白いレースが付いていた。
「ふふっ、お揃いですねぇ」
「ぐはぁッ、」
お嬢様は可愛過ぎる死神だったらしい。
王城離宮の庭園に立つパーゴラドーム型のガゼボで美しい側妃様と神秘的な聖女様、そして儚く美しく可憐で魅力溢れる我等がお嬢様がお茶をしている。
「ん〜!美味しい!」
フォーク片手に頬を緩めている聖女様は以前お会いした時より、迷いや戸惑いがないように見えた。
どういう神経と感性を持っているのか不思議だ。
ご家族にお会い出来たからか、お嬢様の言葉に救われたのかはわからないけど、この方なりに精一杯やっていらっしゃるのだと思う。
「本当。このケーキ、美味しいわね。」
目を細めて嬉しそうに食べていらっしゃる側妃様は顔色もすっかり良くなり、定期的な検診は受けているけれど殆ど完治されているらしい。魔力の放出も一切感じられないから本当に聖女様の治癒魔法は凄いのだと改めて感じた。
ただ、魔力欠落症の後遺症か人より多い魔力をお持ちだった側妃様の魔力量は三分の二になっている。
「最近王都でとても人気のお店で一番人気の生チョコタルトというケーキですわぁ。」
城から出られない御二方の為にお土産として準備されたお嬢様の心遣い、天使のようです。流石はお嬢様、綺麗で可憐なのにそこに優しさまであるだなんて…!!ああ、本当に好きですお嬢様ぁ…!!
「ルーナリアさん、本当に嬉しいお土産だわ。ありがとう。」
「喜んで頂けて何よりで御座います、側妃様。」
照れと喜びが混じった表情尊い。
「ありがとうございます、ルーナリア様!いつも美味しいお土産とか、可愛い置物とか…!」
「今度一緒に見に行きましょうねぇ」
「ほんとですか!?やったあ!」
目を輝かせて喜ぶ聖女様にお嬢様が優しく頷き、側妃様は微笑ましそうに眺める。
美しいなぁなんて思いながら見守っていると、久々の魔力を感じた。
あ!とお嬢様を見ると勿論気付いておいでで、その表情は一層柔らかく穏やかで、優しい微笑みを浮かべていらした。
その様子に側妃様も気付いたらしく微笑みを深め、聖女様は頬を赤らめて見惚れていた。わかる、その気持ち。
聖女様に心底共感しながら、久しぶりの同僚へと目を向けた。
燃えるような紅髪と鮮血のような紅い瞳は眼光鋭く一心にお嬢様を睨んでいた。
「おかえりなさい、アーグ。」
それを気にも止めることなく柔らかな声音で心底嬉しそうに微笑むお嬢様に、アーグ君は舌打ちをして無視をする。
思わず口を開きかけて、本当に嬉しそうなお嬢様の姿に口を噤む。
聖女様はいきなり現れた初対面の荒々しい雰囲気を持つ美丈夫に僅かに身体を縮こませて様子を窺っていた。中々に世渡り上手なのかもしれない。
「アーグ、久しぶりね。……私のこと覚えているかしら。一緒にトランプした者よ。」
「…ご壮健そうで何よりです、側妃様。」
お嬢様に向けていた苛烈な表情から怠そうな表情に変わり側妃様に頭を下げず言葉だけの挨拶をしたアーグ君に、周りの側妃様の従者や御二人の護衛達が表情を僅かに顰めた。
けれどその険悪な雰囲気までも気にも止めず、その鋭い眼光をもはや怯えている聖女様へ向けた。
「ヒッ」
え、悲鳴上げるほど怖いですか…?
まぁ、確かに横顔だけでもかなりの迫力があると思いますが…わたし感覚麻痺してます?そんな…確かに毎日アーグ君に蔑むような目を向けられてましたけど…そんな、ええー…?
なんて思考が飛んでいるとキン、と金属音がして其方に目を向けると、聖女様の護衛である男性が剣の柄に手を添えていた。
えぇええー!?貴方、アーグ君に勝てると思ってるんですか!?
思わず目を剥いて凝視してしまう。
「貴様、側妃様と聖女様に何だその態度は!」
「よせ、ダビィト。」
アーグ君に噛み付くダビィトという男性を止めたのはセレナ魔導士で、その瞳は厳しいものの遣り合う気はない。
アーグ君はお嬢様の護衛騎士であることは周知の事実であり、その実力は折り紙付き。
その証拠に殺気にも似た視線を受けながら未だ聖女様から目を逸らさない。毛ほども気にしてない。
でもそろそろ聖女様泣きそう。
どうしよう、間に入る?でも侍女が主の命もなく動くなんて主の品格を損なわれる…。それに聖女様が泣こうが漏らそうがわたしはどうでもいいですし…
うーん…。と悩んでいると、その場に柔らかくも、逆らうことの出来ない声が通る。
「駄目よ、悪戯は。」
その声の主はソーサーとカップを持ち優雅に紅茶を嗜んでいた。
アクアマリンの美しい瞳はゆらゆらと揺れる紅茶の波を眺めて、その愛らしくも美しい赤い唇がゆったりとした口調で言葉を紡ぐ
「良い子になさい、アーグ。」
それは絶対的な命令。
緩やかで穏やかで、柔らかく優しい声音なのに寒気がするほどに冷たく感じるこの声に逆らえる人はいないと思う。
アーグ君はチラリとお嬢様を見て、もう一度聖女様を見ると怠そうな顔でお嬢様の背後に立った。
お嬢様、格好良すぎて気絶しちゃいそうです…。
セレナ魔導士も同意見なのか表情は無くとも瞳が恍惚としている。この人とはきっと話が合う。
「ごめんなさい、フィオナさん。ご紹介しても宜しいかしら…」
「あっ、は、っはい…!」
「…無理しなくて大丈夫ですよ。この子が勝手したのが悪いんだもの。」
そう言いながらも眉尻を下げて悲しそうな顔をするお嬢様に「大丈夫って言え」と聖女様に念じる。
「だ、大丈夫デス!驚いただけで…!あのっ紹介、お願いします!」
「まあ。フィオナさん、優しいわぁ。ありがとう。其方の騎士様も申し訳ありません、私の騎士が失礼致しました。」
「エッ、いや、お、ぼ、わ、私の方こそ失礼致しました…!」
お嬢様の可愛さにノックアウトされましたね。わかります、お嬢様って反則級に可愛いですよね。
「場を乱してしまい主として皆様に謝罪致します。そしてこの者は私の護衛騎士、アーグです。」
「…先程は失礼致しました。主に近付く者は皆牽制する癖が付いていまして。」
「あらあら、狂犬の名に相応しいわね。」
楽しそうに仰られる側妃様に目を瞠りアーグ君を凝視する騎士や魔導士が増えた。
きっと『狂犬』という渾名は知っていたけど実物は初めて見たんでしょうねえ。渾名にそぐう狂犬っぷりに驚いたんじゃないですかね。敵味方関係なく威嚇してましたけど一応この人、主人以外には牙を剥くって有名ですし。
「あっ!あたし、聞いたことあります!第二王子様が、アクタルノ令嬢の騎士と侍女は平民出身の実力者だって…!凄い人なんですよね!」
「まあ…。オスカー殿下がそのようなことを?」
「はい!」
輝かんばかりの笑顔で言う聖女様から嫌な感じはしなくて偽り無く、そして心から凄いと思っているのだと感じる。
だから苦手。わたしは聖女様、好きじゃないもの。
「王子サマに言われたところで嫌味だろ。」
「アーグ、不敬ですよ。」
「事実しか言ってねぇ」
怠そうな顔で怠そうに言うアーグ君にお嬢様が少し困ったような微笑みを浮かべられたから、つい反射でアーグ君の足を踏んでしまう。
「っ、」
「えっ?………えっと、」
急に顔を顰めたアーグ君に聖女様が戸惑う声を上げて不安そうにお嬢様を見る。
ああ、その縋るような目も嫌。
お嬢様がそのように仕向けていたとしても、貴女がお嬢様を頼って縋って守られるのがとても嫌。
「…ごめんなさい、フィオナさん。これ以上長居するのは…。今日は失礼するわねえ。」
「え!?でも、まだそんな時間経ってない…、」
しょんぼり、と目に見えて落ち込む聖女様にお嬢様が美しく微笑み、そっと握り締められた手を取る。
「また、次のお休みの日に会いに来ますわぁ。それまでに安定させますからご安心くださいな。」
「えっ!」
「あまり見慣れない人柄だったのでしょう?無理に合わせる必要はないのですよ。それと、フィオナさんには側妃様のお話し相手を頼みますねぇ」
「えっ!?」
「あら。私ではご不満?」
「えっ!!?」
美しい御二人に揶揄われて目をグルグル回す聖女様に、お嬢様はくすくす微笑って手を引く
「ではお先に失礼致します。側妃様、またお会い出来ますよう、御身体大事になさって下さいませ。」
「ええ、ありがとう。短くも楽しい時間だったわ。次もお土産は生チョコタルトでお願いね。」
「ふふふっ、畏まりました。」
お嬢様が嬉しそうに微笑み、優雅に礼をしたのに習い侍女の礼をしてその場から離れた。
背後でお嬢様を呼ぶ聖女様の声が聞こえぬように、わざと音を立てて歩いたわたしと、「あのケーキ、オレの分もあるよな」と声を上げたアーグ君は悪くないと思う。
だってお嬢様を圧し潰す人、嫌いなんです。
オリヴィアとアーグの行動は恋人が浮気したら恋人じゃなく浮気相手を恨む、みたいなのです。恋人には腹立つし悲しくなるけど、相手は恨んでぎったんぎたんにしたい感じ。
この三人に恋愛感情は一切無いですが、わかりやすく現すとこんな感じかなと。




