女魔導士と守る者
陛下方とのお話から数日。
私は未だ離宮に身を寄せている。
自業自得から負傷した私の身体を案じてくださった王妃様に暫くの間滞在を願われてしまい、三度断りを入れたところで強制滞在となってしまった。
食事は離宮でお世話になっている私とフィオナさんが同じ部屋で摂ることにしている。
「ルーナリア様、おはようございます!」
「おはようございます、フィオナさん。昨夜はぐっすり眠れましたか?」
「う"っ…!そのっ、あんなキレイな庭初めてだったし、すっごく広かったから…!!」
「ふふっ、今日は昨日行けなかった場所まで行ってみましょうねぇ」
「ハイッ!!」
顔を赤らめ大きな声で返事をするフィオナさんに微笑み、前の席へ促すとピシッと身体を固まらせてギクシャクと硬い動きで座られる。
何故か毎回食事の際に緊張するフィオナさんだけれど行儀悪いところもありませんから何に対してかと思っていたけれど…
「本日はモンティクリフトを御用意致しました。」
「わぁあ…!…、ン"んッ、ごめんなさい…。」
「今日も美味しそうねぇ、フィオナさん。」
「絶対美味しいよコレ!匂いがもう…!…アッ。」
「ふふふっ、食欲を唆る香りねぇ」
素直な反応に控えているシェフやメイドが微笑ましそうに顔を綻ばす。
この離宮で働く者達は側妃様を救ってくださったフィオナさんを大恩人のように思い慕っているから、とても嬉しいでしょう。
「此方はアクタルノ公爵令嬢様がお好きなアールグレイの茶葉を使用したミルクティで御座います。」
「まあ…!嬉しい、ありがとう。」
それは私に対してもなのだけれど。
「シェフ、今日も美味しい朝食をありがとうございます。朝からとても良い気分になりましたわぁ。」
「勿体無き御言葉です、アクタルノ公爵令嬢様。」
「ありがとうございます…!」
頬を赤らめ緊張しながら言うフィオナさんにニッコリ笑って頭を下げたシェフは下げたお皿と共に部屋を出て行った。
そこで「ふぅ…」と息を吐いたフィオナさんに数日では周りに人が居る食事に慣れないでしょうねぇ、と食後の紅茶に口を付けていると、
「あ、あの、ルーナリア様…!」
「何でしょう?」
珍しくフィオナさんから話しかけられた。
いつもなら私が声を掛けるまで縮こまって小さくなられているのに…、余程のことかしら。
柔らかく微笑み小首を傾げると、頬を赤らめて少し恥ずかしそうな顔をしたフィオナさんが意を決したように口を開く
「と、父さん達には、いつ、会えますか…!?」
「あら、丁度その事でフィオナさんとお話をしようと思っていたの。」
「えっ!?…わ、忘れてなかった…良かった…!」
「まあ…。私が忘れているとお思いに?」
「え、あっ、だ、だって、ルーナリア様、毎日朝からずっとあたしと一緒に居てくれてるから…!」
わたわたとしながら素直に仰るフィオナさんにくすくすと微笑って、咎めるような目のオリヴィアに辞めなさいと目で制する。
朝食から晩食の時間をフィオナさんと共に過ごし、その後の時間を学園、生徒会の職務や聖女フィオナをどう囲うか思案し動いている私を知っているからだとは分かるけれど、今知られるのは駄目。
後になって『そんなにしてくれていたなんて…!』というのを狙っているのだもの。
「その事についても話をしましょう。」
「そのこと…?えっと…、あたしとルーナリア様が一緒にいることについて…です、か?」
「ええ、その事について。場所を変えましょうか。会わせたい方がいらっしゃるの。」
「えっ、あ、うん……」
不安そうに眉尻を下げるフィオナさんにふんわりと微笑み、安心させるように手を包むように握る。
「大丈夫ですよ。フィオナさんにとって悪いことではありません。」
「あっ、それは心配してないです!ルーナリア様、すっごく良い人だから…!」
「まあ…。嬉しいわぁ、ありがとう。」
「アッ、そんなッ、こんな近くで笑われると…!」
偶にオリヴィアと同じ匂いがしますねぇ…。
まあその辺りは個人の趣味嗜好ですから仕方ありませんが。
「――ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢殿!お会いしたかったです、ジャナルディ伯爵家長女、魔導士団三番隊副隊長を務めているセレナです!」
「お久しぶりです、セレナ・ジャナルディ魔導士。魔導士団でのご活躍、耳にしていますわぁ。」
「アハッ、光栄です!相変わらずめちゃくちゃ可愛いですね!」
「まあ、ふふっ、ありがとう。セレナ魔導士は学園生の頃から素敵でしたけれど、よりさらに魅力をお持ちになられましたねぇ。」
「えっアハッそうですか!?いやぁあ、ハハハッ!貴女にそう言われると嬉しいです!ハハハハッ!」
顔をデロンと蕩けさせながらもその目は私を捉えて離さない、ちょっと危機感を覚える女性。
この方もオリヴィアと同種…失礼、似た方です。
離宮の庭園にあるガゼボで待っていて下さっていたセレナ魔導士を少し引いた顔で後ろに隠れて見ているフィオナさんに紹介する。
「この方にフィオナさんがご家族とお会いする間、護衛をお願い致しましたの。」
「えっ?…あの、家族と会うときに何で護衛?が、いるんですか…?」
「フィオナさんのご家族が誰かに脅されていたり、外部から邪魔が入ったときの為ですから、そう気を張らなくても大丈夫ですよ。」
「えっ、今、脅され…?って、えっ?」
「念の為ですわぁ。」
困惑しているフィオナさんにふんわり微笑って躱して、未だに私を見て蕩けた顔をしているセレナ魔導士に微笑む。
「彼女がセレナ魔導士の護衛対象である聖女、フィオナさんです。話は聞いていますね?」
「――はッ。」
片膝を付き胸に手を当てたセレナ魔導士は先程の蕩け具合は一切なく、真剣な表情、眼差しでフィオナさんを見る。
その姿は学園で二大イケメンと評された時よりも輝いて見えるほどに格好良く、それを向けられたフィオナさんも顔を赤らめていた。
お顔立ちは可愛らしいのに、とてもイケメンに見えるのは何故かしらねぇ。不思議だわぁ…。
「聖女様は我が命に代えてもお護り致します。」
「そんな大袈裟な…、あの、よ、宜しくお願いします…?えっと、せ、セレナさま…、」
「セレナと。」
「せ、セレナ…!………さん…!」
あら…あらあら、まあまあ…。何だか甘い展開になってしまうんじゃないかってくらいに頬を赤らめて―――
「ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢殿ッ!もし…、その、貴女さえご不快でなければ、セレナと!!」
「…では、そう呼ばせて頂きますねぇ。」
「ホントですかッ!?クッ…、感無量です!!これで死んでも悔いはありません!!!」
誓いはどうしたの、魔導士様。
紹介を終えてそのまま庭園巡りの護衛をしてもらうことになった。
「わあ!何ここ!すごく良い匂いする!」
「モナルダですねぇ。此処は桃色ですが赤や紫、白や黄色もあるんですよ。」
「すごーい…。……ん?この匂い、嗅いだことある気がする…。」
「柑橘系の香りで葉はハーブとして睡眠改善に使われたりしていますの。きっと侍女がベルガモットの茶を出してくれたのねぇ」
「すごーい…。あっお礼言わなきゃ!教えてくれてありがとうございます、ルーナリア様!」
ニコニコと笑うフィオナさんに微笑み、好みの柑橘系の香りを楽しみながら少し後ろに付くオリヴィアとセレナ魔導士の様子を窺う
オリヴィアは穏やかな微笑みを浮かべて私を見ながら周囲に気を配り、セレナ魔導士は周囲に気を配りながら私ではなくフィオナさんを観ていた。
その時点で公私の区別はしっかりと付けられると判断出来ますが…
「フィオナさんは何色が好きですか?」
「色?うーん…あ、緑!村の林の中にちょっと空いた場所があるんだけど、そこで寝転がって上見たら葉っぱがすごくて、お気に入りの場所なんです!」
「素敵ねえ。緑は目に良いらしいわぁ」
「ルーナリア様って何でも知ってるね!あっ、ますよね!」
キラキラした目で私を見て、慌てたように言い直すフィオナさんに微笑う。
「ふふふっ。公の場でもない時は好きな話し方で大丈夫ですよ。」
「えっ、いや〜でも…、その、…敬語で頑張ろうと思います!」
「なら、のんびりお話して慣れましょうねえ」
「ルーナリア様のそういうところ、あたし、すごい好き…。」
「まぁ…照れるわぁ…嬉しい、ありがとう。」
素直に好意を伝えられると照れ臭くて、頬に手を当てて微笑むと「ギャ…!」と凄い声を発せられた。
背後で「ン"ッ」と言う聞き慣れた奇声も耳に届いたけれど其方は無視で構わない。
そうして少し緩んだ空間の中、セレナ魔導士だけが気を緩めずに周囲に気を配っている。
「あの、セレナさん!」
「何でしょう、聖女様。」
そんなセレナ魔導士にニコニコと邪気のない笑顔で話しかけるフィオナさんにそろそろかしら、と青く澄み渡った美しい空を見上げた。
「セレナさんはどんな花が好き?」
「業務外の会話は禁止されていますので。」
「え…、あ、そ、そうなんだ…、」
しゅん、とした顔で私に助けを求めるように目を向けたフィオナさんに口を開こうとして―――
ドガガガガッ
「きゃあッ!!?」
地を唸るような音と共に岩が何も無い場所に現れ、フィオナさんの可愛らしい悲鳴が庭園に響く
そして王宮魔導士団の証であるローブを身に纏う彼女がフィオナさんの前に立ち、何も無い場所へ鋭い目を向ける。
「大人しく拘束されるならこれ以上何もしない。」
低いドスの効いた声音は子供なら漏らしてしまいそうなほどの迫力があって、それを間近で聞いたフィオナさんは腰を抜かしてしまっていた。
けれど私は手を出さず、一歩退いて見守る。
「……居るのはわかってんだぞ、オイ。」
「えッ、えっ?な、なに?なんなの?」
「聖女様、あたしから離れるなよ。」
「え、キャラ違くない?」
「んなこと言ってる場合じゃない。見えないのに居るとか何なんだ。」
顔を顰めたセレナ魔導士が右手に剣の柄を掴み、左手でフィオナさんを引き寄せた。
「ふわッ!?」
「黙って身預けな。」
「ひゃひっ!」
……まぁ。物語のワンシーンみたいねぇ。
そんな二人の様子を眺めながら微笑んでいると、バシュッと鋭い音が庭園に響く
じんわりとした痛みと共に生温かい血が右腕の白い袖を染めて、ポタリと血が滴り落ちる様を見ながら視界の端を捉える。
顔を青褪めさせるフィオナさん。
顔を歪ませ怒りの形相のオリヴィア。
そして―――
「聖女様、しっかり捕まっといてください。」
状況を見て私が優先で標的にされていると判断してその場を離脱するセレナ魔導士。
「―――素晴らしいわぁ」
そう言いながら拍手をすると、セレナ魔導士がフィオナさんを抱えたままピタリと動きを止めて、私を振り返って眉間に皺を寄せる。
「反応も判断も申し分ないかしら。此処で貴女が私まで守るようなら不要だと思っていたけれど安心しましたわぁ。」
「る、ルーナリア様…!腕っ、腕、大丈夫…!?」
「ええ、大丈夫ですよ。フィオナさんもちゃんと言う事を聞けて大変良く出来ました。護衛の判断命令を聞くと言うのは保護対象にとってとても大切なことだもの。」
フィオナさんが顔を青褪めながら首を傾げ、それでも心配そうに私の腕を見ていた。
大丈夫、と言おうと口を開きかけた時に腕を取られて包帯で血が流れていた上を縛られる。
「…止血いたします。」
「もう止まってるわぁ。それにあの子は下手じゃないもの。上手にしてくれたから大丈夫よ。」
「わたしが気にするんです。」
止血したオリヴィアが苛立ちを隠さずに言っていて、何と言えば伝わるだろうと思案しても納得してくれる言葉はないな、と諦めてフィオナさんと怪訝な顔をしているセレナ魔導士を見つめて微笑む。
「これは言わば試験のようなものです。セレナ魔導士は職務を全う出来るか。フィオナさんは危険な中で動けるか。セレナ魔導士は合格ですねえ。反応も判断も素早く出来ていましたし、実力も申し分ないでしょう。言葉が多少乱れていましたが。」
「…恐縮です。」
「フィオナさんは動ける以前に腰を抜かして抱えられてしまいましたが、これもまた護衛としてはやりやすくもあります。複数人での護衛ならば。動きの遅い護衛対象は厄介極まりないですからねぇ。経験者、体験者による話ですから信憑性ありますよ。」
「あのそれより早くその腕の傷治そう。」
セレナ魔導士の腕から離れたフィオナさんが私の怪我とは反対の腕を取り、急かすように目に映るガゼボへ歩まれた。
座って話をすることに異論はなく、「お茶を用意して」とオリヴィアに言うと何かを耐えるように口を引き結び、一礼してその場を離れていった。
「――なるほど…。あたし、護られるのに慣れなきゃダメなんだね…」
「そうねぇ、慣れて下さると嬉しいわぁ。この先一生そういう生活になるもの。」
精神安定の効果があるベルガモットの紅茶を片手に今回の目的を話した。
一、セレナ魔導士の実力最終テスト
二、フィオナさんの判断能力テスト
主な重要点はこの二つで、セレナ魔導士は合格。
フィオナさんの護衛体制も決め終えた。
「今後フィオナさんには複数人の護衛が付きます。王宮魔導士団の三番隊副隊長であるセレナ魔導士を筆頭に隊を作りますねぇ。一人強力な護衛より複数体制の護衛が貴女には合うわぁ。」
「あのでも…あたしが狙われるって…そんなこと、ないと思うんですけど…」
「いいえ、あります。」
深い水色を見つめて断言すると彼女の可愛らしい顔が強張り、肩が震える。
「例えば戦争国家であれば戦地に貴女を連れて行けば兵士達は傷を恐れずに戦うことが出来る。“聖女様”がいれば死などないと気が大きくなるでしょう。聖女とはそれほどの力を持つと言われていますから。そしてフィオナさん、その力を貴女は既に見せているわ。」
「な、んで…」
「不治の病を癒やし、そして私の体内まで癒やしてみせた。その力はどのような人も国も欲しがる神の御技。」
正面で顔を青を通り越し白くさせて震えているフィオナさんに柔らかく微笑み、その肩に手を乗せる。
「望むなら、貴女を他国へ連れて行くことも出来ます。フィオナさんの望むところへ。」
「あ、あたし…っ!」
「けれど、どのような場所に居ても貴女を狙う者が必ず居ます。この存在はこの先、ずっと死ぬまで消えない。消えてくれません。人の欲深さは底が知れませんから。」
「あたし、は、じゃあどうしたら…?」
まるで迷子になった幼い子供のように涙を浮かべ、縋るように私を見つめるフィオナさんに微笑む。
「守ります。フィオナさん、貴女を命を懸けて守りますから。」
「あたし人が命懸けてまで、そんなすごくない、」
「では、凄くなってください。」
「えっ?」
目を瞠り私を見るフィオナさんにふんわりと微笑み席を立ち彼女の足元に両膝を付く
慌てたように自身も椅子から降りて私と目が合うように膝を付かれたフィオナさんに自然と頬が緩む。
「傷付いた人を癒やす。僅かな望みを叶える時間を与える。誰かの人生を守れる。貴女の持つ力はそのような優しくて、温かい魔法なんですよ。」
「やさしくて、あたたかい…」
「私もその魔法に救われた一人。貴女に命を救われたのはこの国の妃とこの国を担う令嬢です。そしてその家族と従者は貴女に心より感謝の念を抱いているのですよ。」
視線を向けた先、オリヴィアが頷き柔らかい笑みをフィオナさんに向けて「深く感謝しております」と頭を下げる。
「貴女を守る味方はこの国の王族。そしてこの国でも上位の実力者を持つ公爵令嬢ですもの。ふふっ、並の者に手出しなど出来ませんわぁ」
視界の隅でセレナ魔導士が深く頷いているのが見えたけれど、それに対しては何もしないでおきます。
「だからフィオナさん。貴女も、貴女の大切な人達も必ず守りますから。心配しなくて大丈夫。」
「うん…ッ、うんっ…」
涙をぼろぼろと溢れ出して泣くフィオナさんをそっと抱き締めて優しく背中を擦り、髪を撫でる。
「ごめんなさい、こんなところに連れて来てしまって。でも、絶対にフィオナさんとフィオナさんの大切な人を守るから。」
「ッ、ぅ"うっ…ッ」
「私だけじゃないわぁ。セレナも守ってくれます。さっきもそうでしたでしょう?」
「うん…ッ、まもって、くれた…!」
「これからずっと、フィオナさんを必ず守ってくれる人が傍に居るわぁ。怖いことも、きっと大丈夫。」
「うんっ…うっ…、ぐすっ、ぅあぁぁぁあんっ」
ナニかが決壊したように声を上げて泣くフィオナさんをギュッと抱きしめ、その小さな背中を擦った。
罪悪感を一生抱えて、それを糧にして。
歳の変わらない無垢な彼女を命を懸けて守る義務は義務だけではなくなって。
そうしていつか、彼女が心から幸せだと笑えるような日々を。
同じことばかり描いてしまっている気がする…でも伝えたいことがこれなんです…




