愛おしい怒り
フィオナさんが『聖女』と認められた日から一週間が経った頃、漸く私の身体も落ち着き、あれから眠り続けていたフィオナさんが目覚め話が出来た。
印象は素直で優しい子。
特出した点もなく、今のところ欠点もない。
聖女としての魔力を持つ、平凡な村娘。
「オリヴィアはどう思います?」
「特に問題はなさそうですが、あるとすれば素直過ぎることと無垢なことでしょうか。」
「そうねぇ…その辺りは不安要素ねぇ。」
離宮に用意された一室で紅茶を飲みながら先程の会話を思い出しながら息をつくと、オリヴィアが眉を寄せながら私の前にクッキーを置いてくれた。
「まあ。オリヴィアが作ってくれたの?」
「はい。離宮の調理場をお借りして。」
「嬉しいわぁ、ありがとう。」
「ン”…ッ!ご、誤魔化されないですよ…!?」
「……だめ?」
「はぅ…!かわい、すぎる…ッ!!」
顔を覆い悶えるオリヴィアは現在絶賛お怒り中で、私はそれを絆している途中。
魔力反発による体内ズタズタの後、目を覚ましたら涙と鼻水を滂沱の如く流して号泣しているオリヴィアが一番最初に目にした光景だった。
たった一人で王城で無茶をした事、自分達を守る為だとしても無茶をし過ぎな事、他人の為に命を張るほど無茶をした事、とにかく無茶なことをしたんだと延々と説教するオリヴィアに申し訳無さと嬉しさが半々。
それが顔に出ていたのか顔を赤らめ照れながら怒っていたのは逆に凄いと感心したのはつい数日前。
「ねぇオリヴィア、私ずっと謝ってますよ…?」
「ええ、ええ!謝っていらっしゃいますねぇ、わたし達は許しませんけど。ええ、許しませんけど!」
「…頑張ったのに、褒めてくれませんの…?」
「はぅ…ッ、お、お嬢様…!!」
目を潤ませ胸元できゅ、と手を握りしめて顎を引いてオリヴィアを見上げる。
「オリヴィア…。………私、頑張ったのに…。」
「はぁッ…はぁッ…る、ルーナリアお嬢様ぁ…!」
墜ちた。
「墜ちてんじゃねぇぞ、バカ女。」
「ハッ…!!危ない…!お嬢様が可愛過ぎて…!」
「おかえりなさい、アーグ。」
ノックもなしに部屋に入って来た紅髪の子猫は私を一睨すると舌打ちをしてソファに身体を投げる。
ぞんざいな態度に思わず微笑みが浮かぶ。
「微笑ってんじゃねぇブス。」
「お嬢様の何処がブスなのッ!!!??」
「テメェは黙ってろバカ女。簡単にお嬢にヤられやがって…。」
「う"…。」
「あら。オリヴィアが私に弱いのはわかっていましたでしょう?それを理解して付けたのはアーグではないの。八つ当たりはいけないわぁ。」
「黙れ性格ドブス。」
「お、お嬢様に…性格ドブスだなんて…!!」
唇を戦慄かせて瞠目してアーグを見るオリヴィアの手を取って隣に座らせ、正面で足を組み私を睨む子猫に微笑む。
「この程度で怒っていてはこの先胃が持たなくなるのではなくて?」
「………。」
「私が進む先は過酷だと言ったでしょう。」
微笑みを崩さず、敢えて冷たく言った。
間違ったことは何一つとして言っていないから何を言われたとしても反論できる。
「………オレは、聞いてねぇ。」
「何をです?」
「お嬢が側妃じゃねぇ、顔も知らねぇ奴に命掛けるとか、聞いてねぇ。」
「側妃様の為に彼女が必要でしたの。側妃様の為だけじゃない、この国の為にも必要な――」
「――お嬢がしなくても良いことだろッ!!」
立ち上がって私の言葉を遮り、怒鳴るように言ったアーグを見上げると、紅い瞳はギラギラと鋭く私を睨んでいた。
「どんだけ自己犠牲すんだよ、いい加減オレ等のこと見ろよ、テメェが居なくなったら壊れる奴居るってわかってんのか!!?なぁ、何でオレ等を守ろうとすんだよ、オレ等は、…ッ、オレはお嬢を守るためにいんだろが!!」
「アーグ…」
「魔力供給だってお嬢じゃなくてオレでも出来るだろッ!何でお嬢がすんだよ!呼べよオレを!!使えよ、その権利はお嬢だけが持ってんだぞ!?」
「アーグ、」
「いつまでもオレを守ってばっかで…、ッ、そんなに頼りねぇか!?守らなきゃなんねーような、弱い奴かよオレは!!?」
いつも気怠げなアーグの怒りは激しく、それと同時にとても悲しくて。
アーグの嘆きを聞いて胸が重く締め付けられる。
どうして私は、いつも悲しませてしまうのかしら。
ただ、笑っていてほしいだけなのに。
「ごめんなさい、アーグ。」
「わかってねぇだろ…ッ」
喉から絞り出すようにして言うアーグが紅い瞳を細めて私を睨むけれど、それがどうしようもなく、
「ごめんなさい…」
「何に対しての『ごめん』か言えや。」
「アーグ達に黙って命を掛けたこと。」
「それだけかよ。」
「……突き放したこと。」
「あとは?」
「…………、」
「…ほんっと馬鹿だな。」
そう言って呆れたように嘲笑ったアーグに手を伸ばして、ぎゅっと抱き締める。
成長してから殆どしなくなったけれど、領地の屋敷に居た頃は毎日のようにしていた事。
大きくなったなあ、なんて思いながら私より大きな身体を精一杯強く抱き締めた。
「離せ、」
「嫌。」
「離せよ、」
「嫌。」
「ッ、離せクソ女。」
「離しません。」
「……ブス。」
「私、かなりの美貌を持つ女だと思いますけど。」
「性格ブス。」
「私を一番知ってるアーグが言うんだもの、否定出来ないわねぇ」
言われる言葉に緩く返していけば、強張っていたアーグの身体からスッと力が抜けた。
広い背中に回した手を上下に撫でて、頭に伸ばした手で癖のある紅髪を撫でる。
いつも緩く結ばれている髪がそのままなのは、自分に手が回らないほど私を心配してくれていたからかしら。
「頼れよ…その為の騎士なんだろ。」
「自慢の騎士よ。」
「…オレの目の届かねえとこで、勝手に死ぬんじゃねぇ」
「死んでないわぁ。…でも、気を付けるわねぇ。」
「……マジで、ふざけんじゃねえよ。」
低く掠れた声と共に私の肩に額をガンとぶつけたアーグに謝りながら髪を撫でてゆっくりと口を開く
「アーグ、私は貴方が…貴方達が何よりも大切よ。私なんかよりずっと、大切なの。」
「……。」
「魔力欠落症による魔力供給がどれ程のものかわからない段階で貴方を使う選択肢はありません。魔力探査については私の驕りから起きた事よ、悪いのは驕っていた私。」
「……。」
「頼りないなんて思ってないわぁ。それに、いつも守ってくれてるもの。」
私の傍にいてくれるだけで、それだけで十分。
「怒ってくれてありがとう。」
私を怒ってくれるのは私を思ってくれているから。
それがどれほど嬉しいか、どれほど救われてるか。
愛おしくて堪らない。
だからこそ守ってあげたいと、守りたいと思うのは当然でしょう?
「……わかってねぇんだよ、アンタは。」
そんな悲痛な声は、愛おしさに酔い痴れていた私の耳には届かなかった。
ルーナリアぁああ!!!と叫びたい作者。
でもこういう子にしたのは作者。




