キレイで優しい人
フィオナ視点。
あたしはただの村娘だ。
父さんと母さん、妹のシェイナと四人で畑を耕して、穏やかに幸せに暮らすただの村娘。
平凡な水属性で薄い水色の愛嬌のある顔。
とにかく平凡なんだ。
そりゃあ、領主様の娘であるリリア様と偶然出会って話をするのは普通じゃないかもしんないけど…、それを除けば普通。
確かに村のおじいちゃんおばあちゃんに魔法で作った水を配れば元気になるなんて言われたけど、それだって子供への気遣いだって思ってた。
なのに、あたしが聖女かもしれないだとか言って王様のところに連れて行かれて……本当に怖かった。
父さんが領主様に怒鳴るし、母さんが泣きじゃくって、シェイナはあたしに手を伸ばして泣いていた。
もう意味が分からなくて、優しいはずの領主様が恐ろしくて、その隣でこの世で一番可愛いだろう顔を歪ませるリリア様にどう話しかけたらいいかわかんなくて、あたしはただただ生まれて初めて乗った馬車に揺られた。
そして付いた先のお城は言葉にならないくらいおっきくて、めちゃくちゃおっきいのにすんごくキレイで、とにかくキレイであたしなんかが入ったら捕まるんじゃないかと不安になって心臓が痛いほどバクバクした。
だってあたし、村娘だし。こんなお城なんて一生見ることないんだろうなぁなんて笑ってたのにだよ?何なの、一体。
不安で怖くて。でも優しい領主様はあたしを此処に連れて来た人で、リリア様は優しいけど自分の父親には逆らえないと思うしそもそもこんなか弱くて可愛いリリア様に頼れない…!!
人生終わりだ、最期に父さん達に会いたい。
そう思っていたらあたしは見てしまった。
「初めまして。フィオナさん、とお呼びしても宜しいでしょうか?」
息が出来なくなるほどにキレイな人。
この世で一番キレイな人間だと思った。
こんなにキレイな女の子居るの?って。
あたしと同じ水色なのに違う色みたいで、こんな人がお城に居るなんて、本当に場違いだなぁって思っていたらこの人があたしを此処に連れて来たらしい。何なの意味わかんない。
信じられないほどキレイでも許されないことだってあるんだって教えてあげたい。
村に来る商人のおじさんが「貴族は自己中の塊」って愚痴っていたけど、その時は優しい領主様しか知らなかったからそんなことないでしょーって呑気に思ってたけど、その通りだったんだと背筋がゾッとした。
あたしはどうなるの。貴族が自己中の塊みたいなものだったら、王様ってどんななの?王様って貴族よりえらいんだよ?それくらい知ってる。でも、どんな人かはわかんない。
わかんないことだらけで、怖い。
でもわかんないあたしに色々と教えてくれたのはあたしを呼んだめちゃくちゃキレイな『ルーナリア様』で、この子が原因なのに…って頭がぐちゃぐちゃになる。
そうこうしてるうちに、キラキラ眩しい王子様の笑顔に村一番の人気者だった男子が石コロに思えて、もう一人の王子様は村で一番怖いおじさんより怖いと感じて、めちゃくちゃキレイなルーナリア様は実は天使で…
あたしの水が実は伝説の聖女様の属性を――って頭がこんがらがるけど、ルーナリア様が説明してくれて、生まれて初めての死ぬってくらいの激痛と共に教えてくれた。
そのせいでルーナリア様は酷いことになったんだけど、それも何とか癒せたみたい。あたしも未だによくわかんないけど。
そのまま大神官様と所長様と王子様二人に連れられてまだ会ったことないそくひ様っていう、王様の奥さんの所に向かったらさっき見た王様と王妃様とかっか様が居て。
その人たちが囲むすっごく大きくてキレイなベッドで眠る顔色の悪い痩せこけたキレイな人にまた願って、周りがザワザワしてて、そこであたしは気絶したらしい。
「本当に、本当にごめんなさい…」
「いやそんな!リリア様、頭上げて?ねっ?あたし殺されてないし大丈夫だよ!」
起きたら意味わかんないくらいフカフカのベッドで寝てて悲鳴上げそうになった時に良い匂いのするリリア様に抱き締められて、これまでの話をしてもらってたらめちゃくちゃ頭を深く下げられた。困る。本当に困る。
だってこんなに可愛い人に泣かれたらすんごく悪いことしてる気分になるし、怒るに怒れない。
「けれど私は…貴女を守ってあげられなくなったのです…。」
「えっ?」
あたし、いつ守られてたの?
そう口に出して聞く前にコンコンと音がして「ルーナリアです」とキレイで可愛い声がした。
コンコンって初めてされた…なんて感激してると、リリア様があたしを見て「大丈夫?」と心配してくれたから頷くと、リリア様が返事をしてくれた。
そしてこれまたすんごいドアが開いて、その先で見たルーナリア様に息を呑む。
白と水色のふわふわのドレスを着た天使。
「フィオナさん、おはようございます。御身体は…あら…大丈夫ですか?」
「ひ、ひゃい…だいじょーぶ、デス…」
顔が熱くて声が震えるほどにキレイで可愛いルーナリア様から目が離せない。
だってこんなにキレイでリリア様より可愛い女の子初めて見たんだよ?昨日だってめちゃくちゃキレイだったけど顔色悪そうだったし、何より血吐いたりしてて強烈で――って、
「ルーナリア様こそ歩いて大丈夫なの!?」
あんな怪我したのに!!
思わず大きい声が出てびっくりしたけどそれ以上に目を丸くしているルーナリア様が可愛かった。
キレイなのに可愛いって無敵かよ!!
「心配してくださってありがとうございます。フィオナさんのお蔭で今こうして歩けています、本当にありがとうございます。」
ふんわり笑っ…、……天使がいる。天使がいるよ…
「お部屋に入っても宜しいでしょうか?」
「あっもちろん!いや、此処あたしの部屋じゃないんだけど…!」
「今この部屋はフィオナさんが使っているんですもの。フィオナさんが決めて良いのよ。」
柔らかく微笑んで言うルーナリア様にほっぺたが緩む。なんかキレイなモノとか可愛いモノって緩む。
ニヨニヨしているとリリア様が深々と頭を下げてルーナリア様に挨拶をした。
「ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢様、お初にお目にかかります。シャレン伯爵家長女、リリアです。三年前の事、本当に感謝しております。今まで御顔を見て感謝申し上げられず申し訳ございません。」
「御挨拶ありがとう。三年前の事は私にも利があっての事です。貴女に辛い事をお聞きして申し訳なかったですわ。けれど貴女のお蔭で追い詰められたのです、私も感謝していますの。本当にありがとう、リリア様。どうぞルーナリアとお呼びください。」
「ありがとうございます、ルーナリア様。」
ダメだ、おじょう様同士の会話はレベルが高い…!
何の話か全ッ然わかんないけどただただ顔が良いし品があるのはわかる…!
ぽけーっと見惚れていると何かトゲトゲした視線を感じてその方向を見ると、女の人があたしをガン見していた。
淡い緑と桃色の髪と瞳のメイド服の…って、あれ?何で二色?二属性持ってるって事?そんなことあるの?お城って不思議…。
「フィオナさん、私の侍女のオリヴィアです。何かあった場合、オリヴィアにお声掛け下さいねぇ」
「え!?いや、そんな…」
「オリヴィアと申します。」
女性特有の高く柔らかで穏やかな声音だけど、何かやっぱりトゲトゲしてる…?気のせいかな?
首を傾げるとオリヴィア様は僅かに目を細めて微笑まれた。
「聖女様、此度は我等の主人をお救い下さり心より感謝申し上げます。」
「えぇ!?いやいや、そんな…!オリヴィア様、頭上げてください!」
「侍女に“様”は必要ありません、聖女様。どうぞ、オリヴィアと。」
「ええ…っ!?あのっ、ええっと…!?」
「あらあら、落ち着いてくださいな。そのうちで大丈夫ですわぁ。…――オリヴィア。」
「……。」
え、何そのカッコイイの……。
名前呼んだだけで黙るの?黙って下がるの?意思疎通ってやつ?めちゃくちゃメイドっぽい…!!
「フィオナさん。」
「ひゃい!」
下がったオリヴィアさんを見ているとルーナリア様に名前を呼ばれて上擦った声が出た。
何でなんだろ、ルーナリア様に名前を呼ばれるとものすんごく照れる…。
「側妃様の病を癒やしてくださり、本当にありがとうございました。」
そう言って深く頭を下げたルーナリア様にリリア様が目を瞠ったのを見て、コレはダメなことなのかと焦る。
「いや!あたしがそんな力持ってるなんてびっくりで…!あの、頭上げて!」
「いえ。膝をついて感謝申し上げたいほどですが、膝をつく事は許されておりません。申し訳ございません。」
「つかなくて良いつかなくて良いですから!!」
手と頭をぶんぶん横に振って必死に頭を上げるように言うと、数十秒後にやっと頭を上げてくれた。
ルーナリア様、頑固なの…?
「フィオナさん、側妃様の容態もとても安定して病による魔力決壊も起こっていません。本当に完治しております。」
「よ、良かったです…」
「側妃様もお話が出来るようになったら会いたいと仰られたようですので、落ち着かれたら面会の場が設けられます。それまで此処で気楽にお過ごし下さいねぇ。」
「き、気楽に…は、ハハハ。」
無理がある。絶対無理。落ち着けない。とは言えないから笑っとこう。
「何かあれば控えている侍女にお申し付け下さいませ。この一週間目が覚めず皆さん心配しておりましたから喜んで手を貸してくれますわぁ」
「はあ、ハハハ………エッ、一週間?」
「ええ、一週間。新しい魔力と使った魔法に身体が追いつかなかったのでしょうねぇ。けれどもう安定していますし、精神も異常はないようですので安心致しました。」
「はあ、いや、ハハハハッ」
もういーやわっかんない。
「フィオナさん、ご家族のことですが…」
「ッ、会えるっ!?」
「…えぇ、今すぐは難しいのですが、必ずお会い出来るように致しますわぁ。」
「っ、ほんと…?良かったぁ…!」
色々面倒くさそうなこと言ってたからこのまま会えないのかと思った…。
皆に会えるんだ、ってそう思うと安心して涙が溢れてきた。
「謝って済むことではないと理解していますが…、本当にごめんなさい。」
「うぅ…っ、グスッ、」
ボロボロと溢れる涙をそのままに見上げた先の天使は眉を下げて、困ったように微笑んでいた。
そんな顔もキレイで反則だと思う。
「フィオナさん、此処では貴女が何よりも優先されます。」
「なんで、ズっ、ですか…っ?」
「側妃様の命を救った恩人だからです。聖女と言うだけでなく、貴女が素晴らしい方だからですよ。ですから安心して、ゆっくりしてくださいねぇ」
「よく、わかんないですけど、…はい、ゆっくりするの頑張ります…。」
「…ふふっ。ええ、頑張ってくださいねぇ。」
そう言ってふんわり微笑んだルーナリア様はとってもキレイで、優しいお姉さんみたいだった。
思わず言葉を失くして見惚れていると、ルーナリア様は「失礼致しました」と背を向けた。
その姿はキレイなのにどこかカッコよくて、不思議な人だなぁ…て見送ろうと今更ながらベッドから出ようとするとやんわりと止められた。
「リリア様にお傍に居て頂くよう便宜をはかっておりますから、ゆっくりお話してくださいねぇ」
べんぎが何かわかんないけど、これだけはわかる。
ルーナリア様、めちゃくちゃ良い人…!!




