光属性
聖女かもしれない彼女、フィオナさんを初めて見たとき感じたのは少しの違和感。
野性的な勘を持つアーグよりも魔力感知に優れた私は、不安げに戸惑い怯えている彼女から感じる違和感と、どこか引っ掛かる事があった。
薄い水色の髪と瞳の外見からして、フィオナさんは私と同じ水属性。
けれど占い師様は言っていた。
『今まで一度も見たことがない魔力』と。
なのに、彼女からは水属性しか感じられない。
でも何処か違和感があって、モヤモヤする。
記憶のヒロインは『光属性』で、そして光属性とは『聖女』だけが持つ治癒属性。
神官様方のように『水属性で治癒の魔力が使える』『地属性で治癒の魔力が使える』ではなく、『治癒属性で治癒の魔法が使える』のだ。
それも古の伝承でしかないのだけれど。
けれど、フィオナさんは水属性。
リアム殿下はオリヴィアの様な覚醒というのもあり得るかもしれないと仰られたけれど、それを故意にするのはいただけない。
「ルーナリア、あの者の魔力は平均より下だが何か別の魔力を感じるんだが、どう思う。」
「ええ、私も違和感を感じております。何故だかわからないのですが…。………名前で呼ぶのはお止めください。」
何故か私を名前だけで呼ぶリアム殿下にバクバクと高鳴る心臓に胸を当てて深く息を吐き、琥珀の瞳を見上げる。
「占い師様は『今まで一度も見たことがない魔力』と仰られていましたけれど、フィオナさんはそうではありません。オリヴィアのように悲劇から覚醒するかもしれませんけれど、それはしないと決まりましたし…」
「一から教えるのも時間が足りんだろう。今は君の魔力を少量ずつ流しているが……そう保たない。」
僅かな陰りを見せるリアム殿下にグッと胸が押さえられて、ベッドで伏せる側妃様を思い出して鼻がツンとした。
時間がないのに、違和感の事を考え過ぎて大切なモノを疎かにしてはいけない。
違和感は今後全てが終わった後に考えればいいのだから、今はただ、一番大切なことをしなければ。
「実技でしか出来ませんねぇ…。」
口にしてオスカー殿下の傍に居る彼女に微笑む。
これ以上警戒されるのは得策ではないけれど、警戒されたとして今後巻き返せば良い。
「私が魔力の使い方をお教え致します。」
水色の瞳を潤ませ不安げな彼女の手をそっと手に取り両手で包み、胸の辺りまで上げてぎゅ、と優しく力を込めて柔らかく微笑む。
「大丈夫ですわぁ。私がついていますもの。」
最上の微笑みを至近距離で見たフィオナさんが顔を真っ赤に染め「ひゃひっ」と上擦った声を上げた。
所長を外した部屋の中央に置かれたソファに並んで腰を下ろし、その対面に殿下の御二人が見守るように座られるなか始めた魔力講座と言う名の実技。
「フィオナさんは水をコップ一杯に入れられると言うことは基本制御は出来ています。そして魔力がどのように身体を巡っているのかも感覚で理解していらっしゃるはずですわぁ」
「あ、えと…、なんか、ちょろちょろ〜ぴかぴか〜って動いてるやつ…、です?」
「そうですねぇ、人それぞれですけれど、フィオナさんの言うちょろちょろ〜は私も水属性を持つ者として理解出来ますわぁ」
そう言うとホッと息を吐くフィオナさんに微笑みながら、“ぴかぴか〜”の部分についてやはりと思う。
「けれど“ぴかぴか〜”は私にはわかりません。」
「え!?」
「何らかの魔力属性であるということはわかりますが、その属性が何なのかは見当は付きますが確実ではありません。」
「けんとう…、」
「多分これかしら、って感じですわぁ」
「あっ、わかりました!ありがとうございます!」
きょとん、からパアッと表情を輝かせた目の前の彼女に微笑ってその手を掴む。
「今からその“ぴかぴか〜”を引き摺り出しますのでフィオナさんは掌に水を出してくださいますか?」
「わかりました!……あの、あたしは水を出すだけで良いんですか…?」
「ええ、普段通りの水をお願い致しますねぇ」
「が、頑張る…、…ますね!」
表情を引き締め肩にグッと力を入れて全身を強張らせるフィオナさんの頬を両手で包み、鼻と鼻が付きそうな距離まで顔を近づける。
すると、またボッと火がついたように顔を赤くしたフィオナさんの薄い水色の瞳を見つめてやんわりと目を細めてポワーンと蕩けさせた。
「リラックスですよ、大丈夫、いつも通りの貴女の魔力を見たいだけなの。」
「うん…」
「では、お願い致しますねぇ」
「うん…」
ポヤンと言われるがままに掌に水を生み出そうと魔力を練る彼女に、正面の御二人が「籠絡…」と呆れた表情をしている気がしますが無視です。
フィオナさんの掌に浮かび始めた5cmほどの小さな水球を上から包むように手を当て、探る。
水属性特有の青い魔力が巡る彼女の身体に、私の僅かな魔力を潜ませ違和感を感じる場所へ魔力を伸ばしていく
他人の体内に魔力を送るのは危険な事だ。
送られた側の人間の身体に負担があるというのも勿論だけれど、それ以上に送る側が危険だからだ。
他人の体内に自身の魔力を送ると異常物とされて体内の魔力が異常を攻撃していき、その攻撃された魔力を通じてその者が壮絶な痛みを負うから。
だから異常と判断されないほどの極僅かな魔力で、慎重に丁寧に探る。
アーグとオリヴィア、領地の子達と魔力操作の訓練をするときによくする事だから慣れているし、心配はしていない。
自分の力量で大切な者の身体を壊すというプレッシャーは計り知れないものがあるから、私達は魔力操作は完璧と自信を持って言える。
そう言ったからリアム殿下も渋りながら了承してくださったのだけれど――――
「っ、これは―――」
微かに感じた、今まで感じたことのない強い力を持つ魔力に驚愕して魔力が僅かに揺れてしまう
その瞬間、バチンッと鈍い音がして水を上から包むようにしていた私の手から血が噴き出した。
「ルーナリア!」
「大丈夫!?」
リアム殿下とオスカー殿下が立ち上がり此方に来て私を引き離そうとされるのを目で制す
まだ、大丈夫。
「フィオナさん。」
「……、え…っ?」
呆然と私の血が自身の掌に落ちるのを見ていた彼女が口を震わせて、水色の目を瞠り私を見る。
動揺しているけれど水球は崩れていない。
「激痛があるかもしれませんけれど御容赦くださいませ。すぐに終わらせます。」
「え―――」
彼女の返事を聞かずにほんの僅かだった魔力を増やして感じた魔力目掛けて伸ばす
「う"ぁあッ…!!!??」
呻きに似た悲鳴を上げたフィオナさんの身体が倒れないようにオスカー殿下が背後から支えるのを視界に捉えながら、私も体内から蝕まれるような激痛に口を引き結ぶ。
これで何も掴めないなんて結果、ありえない。
「っ、おねがい…!」
そう口に出して魔力を伸ばし続けた先に、とても眩い魔力を感じた。
感じたことのない眩く光る魔力。
間違いなく―――――光属性の魔力。
「ッ、出します…!」
奥の更に奥底で隠れるように存在していた魔力を掴み、引き上げていく
「あああああぁ…!!」
「フィオナ嬢、頑張ってくれ!」
フィオナさんの悲鳴とオスカー殿下の励ましの声。
そして―――
「ルーナリア…ッ!」
私の肩を抱く御方の力強い声。
身体の内から蝕まれる痛みも、私は耐えられる。
だけど大切な人の悲しむ姿は見たくない。
お願い。お願い。お願い。お願い、お願い。
「っ、」
心で祈り続け、ようやく外に引き上げられた眩い魔力がフワッと溶けるように消えた。
何故――と思いかけた瞬間、視界が眩しい光に満たされる。
感じたことのない眩い魔力。
きっとこれが古の聖女様の魔力。
眩くて、温かくて、柔らかで、優しい。
「光の、聖女様―――…」




