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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園中等部編
81/152

憧憬

オスカー殿下視点。



兄上の母君で、父上の第二夫人であるスカーレット様の不治の病を治すために全力を尽くした結果。


「あの、これ、です…。」


頼りない平民の女子が離宮へやって来た。

 

「…何の変哲もない水ですねぇ。微かに魔力は感じますけれど…。」


「そうなの!普通の水なんだよ…!?」


アクタルノ嬢が持つコップに水を出した平民の少女フィオナは全力で自分は何もできないと言う。


だけどそれは可笑しい。


「フィオナさん、治癒魔法を使える神官様は魔法で治療を致しますの。そこに例外はありません。そうですね、大神官様。」


「その通りです。」


そうだ。治癒は治癒“魔法”でしか出来ない。

それが通常、当たり前の事。


なのに水で癒やすなんて聞いたことがない。


「で、でも、あたしは傷を薄くするだけしか…」


「飲めば何かわかりますわぁ」


いつものふんわりとした微笑みを浮かべたアクタルノ嬢が、手に持っているコップに口をつけコクリと喉を動かす


白い喉が動く様が少しソワソワして目を逸らしてしまう。



好きな相手。初恋の人。

けれどきっと叶わぬ人。


わかっていながら想い続ける僕は滑稽だろうか。


得体のわからない水を飲む彼女を心配そうに見つめる兄上なら、僕は良いと言えるのに。





「…まあ。」


そんな驚愕に満ちたアクタルノ嬢の声がしたのは水を半分ほど飲み終えた頃だった。


アクアマリンの綺麗な瞳を瞠る珍しい表情が結果を物語っている。


「倦怠感も頭痛も吐き気も身体が痛いのも治っていますわぁ…」


ヒクリと頬を引き攣らせ眉を寄せた威圧感ある兄上は視界から逸らす


「真か、アクタルノ嬢。」


「はい、陛下。間違いなく治っております。」


国王陛下の問いに偽りなく答えなければ罪になる。

アクタルノ嬢の答えは真実と受け取られた。



「失礼、アクタルノさん。私にも頂けますか?」


「新しいコップをお願い致しましょうか?」


「貴女さえ不快でなければ大丈夫ですよ。」


大神官殿の笑みに微笑み頷いて応えたアクタルノ嬢に約一名面白くなさそうな雰囲気の方がいるけど、声を上げるつもりはないらしい。


受け取った水を飲んだ大神官殿が目を瞠り、驚愕の表情でオロオロとしているフィオナ嬢を見つめる。


「間違い、ありません……、腰痛と膝の痛みが治っています…、これは……、」


いつも穏やかでどんな時でも動じることのない大神官殿の狼狽えに母上や宰相が息を呑み、驚愕の表情でフィオナ嬢を見遣る。


「スカーレットにその水を与えれば良いのか。」


「いえ、この水は少量の治癒魔力によるものだと、思われます…、ですので側妃様が飲まれても病には利かないかと…」


「この水は内にある治癒属性が僅かに混じった物ではないでしょうか。」


まだ動揺の消えない大神官殿を引き継ぎ言葉を繋いだアクタルノ嬢は、オロオロと怯えているフィオナ嬢を振り返る。


「治癒魔法を使ったことは一度たりともありませんのね?」


「はっ、ハイ!ないです!ありません!」


必死の形相で肯定するフィオナ嬢に少し思案するように目を伏せたアクタルノ嬢の代わりに口を開いたのは兄上だった。


「シャレン領で近年、大事故や災害などは起こっていないな、閣下。」


「そうですね…、シャレン領は穏やかな領地と領民ですから暴動もありません。」


「この者が住む村は伯爵邸の裏にある林の先ならば警備もされ、神官も居ただろう。その守られた日常に血生臭いモノなどなく開花されないままになっているのではないか?」


「…悲惨な出来事があれば開花するかもしれない、と。」


「憶測だがな。」


無表情でフィオナ嬢を見てその琥珀を父上に移す


「無理にすればこの者の精神が壊れる可能性もありますが、如何致しますか、陛下。」


「…………。」


金の瞳を閉じた父上が何を考えているのか僕には理解出来ない。


でもわかることは父上はこの国の王だということ。


「無理矢理ではない方法を考える。…スカーレットもそれを望むだろうよ。」


そして、妻であるスカーレット様を最も愛しているということ。



「そうね、スカーレット様が気に病むことはしたくないわ。それにフィオナさんもロズワイド国の民、護るべき人だもの。」


母上も僕もその事はわかっているし、特に不満を覚えたことはない。


それは父上が僕を心から愛してくれていると感じられているし、母上を王妃だからというだけでなく大事にしているのもわかっているから。


スカーレット様が僕と母上を息子のように甥のように、姉のように妹のように思い大切にしてくださっているから。



無力な僕は心から願う。


僕たちの大切な家族を、どうか、救ってください。







あれから職務のある父上と母上、宰相が席を立ち、大神官殿がスカーレット様の様子を伺いに行き、残ったのは僕と叔母上、アクタルノ嬢と兄上、そして聖女かもしれないフィオナ嬢。


解決策もその糸口も一切思い当たらないまま、日が落ち始めていた。


「う〜ん…ねえやっぱりフィオナちゃんの魔力取って調べよーよ〜!!」


「怯えていらっしゃるのに更に怖い事をするにはまだ早いですわぁ。それに今取ったとして、水属性しか現れないでしょう。」


「え、あの、まだって…?」


「大丈夫よ、所長は許可なくする人ではないもの。私が居ますから安心してくださいな。」


「ひゃひッ!」


気不味いところをお得意の超絶微笑みで躱したアクタルノ嬢にまんまと引っ掛かったフィオナ嬢に若干哀れんでしまう。


そうやって信者を増やした手腕はやっぱり見事だなとも感心していると、兄上が口を開く


「ルーナリア、気になっていたんだが…」


「名前で呼ぶのはお止めくださいませ、殿下。何でしょう?」


()()水属性しか現れないというのは他にも属性があるような言い方をしているが、何故だ。」


兄上の指摘にアクタルノ嬢の言葉を思い返してみれば、確かに二つ属性があるように言っている。


その事に口にしていた本人も一瞬目を丸くして、ふと目を伏せた。


銀色の長い睫毛に覆われたアクアマリンが何を考えているのか見当も付かず、取り敢えず僕は叔母上からフィオナ嬢を守っておこう。


「叔母上、彼女は聖女と確定しているわけではないんですから止めてくださいよ。」


「でもでもでも!ただの水が傷治したりする〜!?ぜぇったいに何かある!!もうほんっと一回だけで良いから〜!!ねっ!?ねっ!!?ねっ!!!??お願いだよ〜甥っ子〜!!!」


「駄目です。甥の前に僕は王家の一員なんですよ?あと顔近い。」


「ケ〜チッ!!」


額がぶつかる距離で拗ねる叔母上に「貴女何歳ですか」と呆れていると、


「あの、王子様…」


弱々しい声で呼ばれ振り返ると薄い水色の瞳が涙で潤んだ聖女かもしれないフィオナ嬢が僕を見上げていた。


目が合った瞬間、何故か心臓がドクリと跳ねる。


不思議に思いながら令嬢に対する笑顔を浮かべて身体を向ける。


「何かな?」


「あの…っ、あたし、いつ帰れますか…」


「あー…、そうだなぁ…スカーレット様の病を治したら一時帰宅出来ると思うよ。」


「一時帰宅…?」


首を傾げた彼女の頬にかかる水色の髪がやけに目について、思わず銀髪の彼女の方を見た。


「暫くは離宮でアクタルノ嬢…彼女と共に過ごす事になるんじゃないかな。」


「帰れない、ってことですか…?」


「まあ、そうだね。貴女が聖女である可能性があるなら放ってはおけないから。」


「……あたしは、普通の村娘なのに…。」


弱々しい声で俯いた水色の髪の彼女に何て声を掛けようか戸惑う。


ここでスカーレット様を本当に治せたら聖女確定で外出できないかもしれないなんて言えない。


「あー、その、此処には貴女と同じ平民出身の人も居るからそんなに気を張らなくても大丈夫!」


「え、お城に平民の人居るの…?」


驚いた顔で僕を見上げた彼女に少し安堵しながら笑顔で頷く


「優秀な人が働いてるんだ。庭師とか料理人、侍女やメイドにも平民出身の人は居るよ。」


「すごい…」


薄い水色の瞳を丸くして輝かせた彼女にどうにも胸がザワザワと疼いて落ち着かない。


「例えば、…城ではないけどアクタルノ嬢…彼女の侍女と騎士は平民出身。」


「ルーナリア様の侍女様と、騎士様…ですか?」


きょとんとして首を傾げた彼女の疑問が何なのかは明確にはわからないけど何となくで理解した。


「彼女はこの国の三大貴族の令嬢だから、護衛や専属が付いているんだ。まぁそうでなくても色々と引き寄せる体質らしいけど…。」


「はあ…?凄いんですね…?」


いまいちピンときていないらしいフィオナ嬢に「ああ、凄いんだ。」と笑って返す


それに目を瞠った彼女に声を掛けようとして、彼女の声で止まる。



「実技でしか出来ませんねぇ…」


アクアマリンの綺麗な瞳を真っ直ぐにフィオナ嬢に向けて微笑みを浮かべたアクタルノ嬢が此方に歩み寄る。


その眼差しに不安や心配の色はなく、それだけで安心感を抱いてしまう。


彼女は護るべき女性なのに、何故なんだろう。



彼女が微笑むだけで、大丈夫だと思える。



そんなアクタルノ嬢が格好良くて、羨ましくて。


恋心とは違う気持ちを抱いた。




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