二人の少女
客観視点。
離宮の一室。
両陛下、両殿下、大神官様、魔力研究所所長、宰相閣下、公爵令嬢が揃う中で、一人の少女が顔を青褪めていた。
「えっと、あの、ふぃ、フィオナ…、です…っ」
薄い水色の髪と瞳の愛らしい顔立ちの少女。
怯えの交じる震えた声の少女を一同は期待や剣呑な眼差しを向けている。
ただ一人を除いて。
「初めまして。フィオナさん、とお呼びしても宜しいでしょうか?」
「う…ひゃ、はいッ!」
「ありがとう。ではフィオナさん、私が皆様の紹介を簡単に致しますので、呼び方だけでも覚えて頂けますか?」
「ガ、んばります…!お願い、します…!」
裏返りも気付かないほどに緊張して強張る少女と、穏やかに柔らかく微笑む少女。
正反対の少女の共通点は共に水系統だと言う事。
淡い水色と薄い水色の瞳が交差して、ふわりと微笑んだ淡い水色の少女に薄い水色の少女は頬を真っ赤に染める。
同性をも魅了する美貌の彼女は細く華奢な手を丁寧に二人の男女へ向ける。
「男性が国王陛下、女性が王妃様です。呼び方は王様、陛下、何方でも大丈夫ですわぁ。王妃様は王妃様です。」
静まる室内で注目を浴びた美しい彼女は構わず進めていく
「そしてフィオナさんとも歳の近いこの御二人が王子様です。琥珀の瞳が第一王子殿下。翡翠の瞳が第二王子殿下。呼び方は第一王子様、第二王子様、もしくは殿下で大丈夫ですわぁ。
そして殿下の右側の御方が宰相閣下です。宰相様、閣下、何方でも大丈夫です。そのお隣の御二人、男性が大神官様、女性が研究所の所長です。御二人は大神官様、所長とお呼びくださいねぇ」
本当に名前すら言わず地位と名称だけを簡単にわかりやすく説明していく令嬢に誰もが声を発せない。
ぞんざいに扱っているようで丁寧で確実な説明と、説明されている少女が必死に頷いている様子に何も言えない。
「そして私、ルーナリアと申します。この中では一番身分も低くフィオナさんとも歳が近いので、何かわからないことや不安なことがあれば気軽に声を掛けてくださいねぇ」
「ッ、ありがとう!ございます!」
目を輝かせて言う少女の不安が消えていく様を見て評価を上げる者が数名。
今までずっと村で暮らしていた平民の少女が国の王様という雲の上のような人と会う事がどれほどの恐怖と不安があるのか。
王様だけでなくその他のよくわからない見目麗しい、貴族という感じの人達に囲まれて見られて、何が何だかわからない中で教えてくれた彼女は少女には救いの天使に見えるだろう。
「唯一知っているリリア様がいらっしゃらなくなってとても不安だと思いますが、フィオナさんとお話をしたいと思っていますの。ゆっくりで構いません、落ち着いてお話させて頂けますか?」
「あっ、う、はい…」
「今この場限りになってしまうのですが、フィオナさんがお話し安い話し方で大丈夫ですよ。」
平民は基本的に敬語というものを使わないことを知っていて、その事が不安の一つであったということも気付いてくれていたらしい天使に少女は目を潤ませる。
「ありがとう、ございます…ルーナリア様…。」
「御礼を申し上げるのは私です。貴女を探しましょうと言ったのは私ですの。」
微笑み言った言葉に結構な衝撃と「あなたのせいなの!?」という不満と怯えが生まれ、けれどそれを口に出すには憚られた。
「どうしても、救ってほしいのです。」
真剣な淡い水色の瞳に息を呑み、彼女を責める気は失せるけれど少女の不安は募る。
「あの、でも、あたしには治癒の魔力がちょっとあるだけで、病気の人を救うとかそんな凄いこと出来ない…です。」
「フィオナさんは神官様方が使われる治癒魔法は扱えないけれど、貴女の水を飲むと擦り傷や切り傷が薄くなるとお聞きしました。」
「そう!本当にそれだけなの!」
座っていた高級ソファから立ち上がり力む。
「あたしはただの村娘なんです!近所のおじちゃんとかおばちゃんに気休めで水を渡すくらいで…!」
「お聞きしても宜しいかしら。」
「ッ、はい…、あっごめんなさい…、」
初めて声を発した王妃様に息を呑み立ち上がっていた事に気付き青褪めてソファに座り直す
ずっと一部始終無言で見ていたはずの王妃様が口を開くなんて、何かしたのかと不安で身体から汗が吹き出る。
「貴女はリリア・シャレン伯爵令嬢とどうやって知り合ったのかしら。」
「……えっと、リリア様とは林で、会って……」
「林?」
追求する王妃様に喉を引き攣らせながら精一杯声を出す
「村の林を抜けると伯爵邸があって…、あの、そこでリリア様と会いました…。」
「令嬢が林へ行くの?リリア・シャレン令嬢はそういった事をする子なのかしら。」
その問は平民の少女ではなくもう一人の貴族の少女へ向けられた。
「王妃様、リリア様は三年前の生徒会長の被害者ですわぁ」
「…そうなの。なら何も言わないわ。ごめんなさいね、フィオナさん。」
「えっ!?あ、イイエッ!?」
意味のわからない謝罪に理解出来なくても頭を勢い良く横に振る。やめてほしいと顔に書かれるほどの様子に王妃様は眉を下げ、申し訳なさそうに貴族の少女を見遣る。
それに柔らかい微笑みで返し、再度口を開く貴族の少女を平民の少女は縋る思いで見つめた。
「切り傷、擦り傷が薄くなるだけでは確かに伝説の聖女様と言えないのだけれど…」
淡い水色が僅かに濃く染まる。
その美しさに見惚れポヤンとなる少女に、翡翠色の瞳を持つ王子様がゴホンッと咳払いをした。
「あー…、アクタルノ嬢はどう思ってる?」
少し重苦しい空気を気遣って話を変えようと話を振った翡翠色の王子様に、琥珀色の王子様が咎めるような目を向けた。
「確かめないことには何とも言えませんねぇ。なのでフィオナさん、水を一杯お願い致しますわぁ」
貴族令嬢にあるまじき提案を上げられ、あー…、と目を遠くする。
「ルーナリア、君は体調が良くない。他の者にさせよう。」
「体調が良くない者こそ効力が解ると思います。あと名前で呼ぶのはお止めくださいませ。」
初めて口を開いた彫刻かと思うような美しい琥珀色の王子様と美しい少女の会話は見ていて何だかソワソワする。
平民の少女が困ったようにキョロキョロと見渡して、研究所の所長という女性と目が合って悲鳴を上げそうになった。
(村に食料を食べに来る猪の目みたい…!!)
竦み上がり絶対に腰が抜けたであろう身体が震え、この部屋で唯一助けてくれそうな少女を見遣っても琥珀色の王子様と押し問答を繰り返していた。
ああ、駄目だこのまま喰われる…と涙の浮かぶ視界の中、金髪が視界に映る。
ハッとして見上げた先、翡翠色の瞳に心配の色を乗せて少女を見る王子様がいた。
「あの人、…というか研究所の人達って皆ああだから、自分が慣れるしかないんだ。」
「慣れるしか、ない……」
呆然と口にした平民の少女を気遣うように見て、柔らかな笑みを浮かべた。
それはとても綺麗で可愛くて、眩い笑顔。
目がチカチカするほどの輝きに息を詰まらせている少女に翡翠の王子様が気付くことはなく、押し問答を繰り返している二人に声を掛ける。
「そんな事で時間を取ってないで話を勧めましょうよ。アクタルノ嬢なら大丈夫でしょうし、何かあれば大神官殿もいらっしゃいますよ、兄上。」
「殿下、どういう意味でしょう…?」
「……わかった。」
目を細めて微笑む貴族の少女と眉を顰めながら頷いた琥珀の王子様、その二人に困ったように笑う翡翠の王子様。
キラキラ眩くて、何故だが胸が踊った平民の少女。
その少女を鋭く見据える琥珀の瞳と
柔らかく穏やかに見るアクアマリン
少女の行く末は物語の筋書き通りなのか、逸れてゆくのか――――
今はまだ、誰も知らない『少女』の未来。
「さあ、早く進めましょう?」




