僕とお嬢様
ケルトル視点。
僕、ケルトル・マーテムはマーテム伯爵家の次男である。
2つ上の兄は頭脳明晰でとても優秀で、僕はそんな兄にずっと劣等感を感じていた。
けれどそれは騎士科に進み能力を開花しトップの座についたときに消えて行った。
嫌いだった兄とも良い関係を築くことができて、僕はとても充実した日々を送っていた。
そんな僕は今、
「お嬢様、お夕食のお時間です。そろそろ刺繍は止めてください。」
「…まあ、もうそんなじかんですの?」
「お嬢様……。」
「たのしいじかんははやいですわねぇ」
愛らしく微笑む子供の護衛をしている。
ルーナリア・アクタルノ
アクタルノ公爵家の長女であり、近代で1,2を争うほどの魔力量を持つ子供
その容姿は作り物のように美しく、6歳の子供だとわかっていても見惚れてしまうことがある
そんな美しい美少女は少し、変わっている。
初めて会った日に可哀想な子だと思った。令嬢とは思えない部屋を与えられても微笑む子供は痛々しく思えた。
だけど、この子は逞しかった。
「このねこさん、えほんでみたのをいれてみましたの。かわいいでしょう?」
「とてもお上手です。」
あの質素な部屋は今、この美少女の遊び場だ。
二週間ほどでカーテンに刺繍をして、今は枕カバーに刺繍をしている。これがとても上手で初めて見たときは目を疑った。6歳児が自分の姉や妹よりも上手く刺繍する姿は信じられないものだった。
今はもう無理矢理そういうものなんだと自分に言い聞かせている。
そうしないとこの美少女の奇特さに驚きすぎて頭が破裂してしまいそうだ。
この美少女の奇特さは刺繍の腕前だけではなく、編み物やお菓子作りをしたり、庭園いじりをしたり、その他のこともある程度の知識を持っていることだ。
そして何より勉学。貴族のマナーであるダンスなども講師が舌を巻くほどに上手い。
6歳児だよ?僕が6歳のときなんて遊んで寝て怒られて寝て食べて…だったはず。勉学が嫌いでよく逃げ出していた。
というか普通の6歳児はそんな感じだと思う。
なのにこの子は違う。
まるで大人が子供になったような…そんな馬鹿なことを考えてしまうくらいにこの美少女は規格外だ。
「ケルトルさま、どうされましたの?」
「いえ、今日も本当にお上手だなぁ、と…。」
「まぁ、ありがとうございます。」
そう言って本当に嬉しそうに笑う姿は年相応でとても愛らしいのだけど…
お嬢様と共にダイニングルームへ向かうとそこにはお嬢様の父である公爵様はいらっしゃらなかった。
僕が来てからお嬢様と公爵様が一緒に食事をしているところを見たことがない。
最初の日もお嬢様は待っていらしたが公爵様は来なかった。
お嬢様は泣きも悲しみもせず、いつものように微笑むだけで、それが僕には泣いているように思えた。
朝起きて身嗜みを整え、朝食を摂り読書、勉学とレッスン、その後庭園を散歩しガゼボで刺繍、昼食を取り勉学、たまにお菓子作りをされ、されない日はほぼずっと刺繍
それがお嬢様の日常生活だ。
正直、護衛の僕はいらないんじゃないかと思う
お嬢様が危険なことをすることはないし、というか僕が知らない危ない物を注意してくれたりする。
どっちが護衛だとその度に胸を抉られるが、仕方ない。僕の方が知らないだけなんだ。
そんな日々が続くのだと思っていた僕は、その日言われた言葉に耳を疑った。
「……え、お嬢様、今なんと…?」
「まちにいきたいです。まちのしゅげいてんに。じぶんのめでいとをみたいのです。」
初めて、お嬢様に頼み事をされた。
僕は奮闘した。初めてお嬢様に頼まれたのだ。侍女のサーナさんではなく、僕に。
それが堪らなく嬉しかった。
この子の中に少しでも僕がいるのだと、そう思えたから。
そして僕は公爵様や警備隊長に何度も頼み、数日後、それは実現した。
「ありがとうございます、ケルトルさま。」
そう言って嬉しそうに微笑むお嬢様に、僕はとても嬉しくなった。
街には僕とお嬢様、そして離れた場所から大人の護衛達がいるだけだ。
お嬢様がそう望まれたから。
だから僕は責任重大だ。僕が痴漢や窃盗、誘拐、迷子などを阻止しなければならないのだ。
護衛として、必ずお嬢様を守る!
そう意気込み、
「僕には、無理だ……」
心がポッキリと折れた。