占い
「ルーナリア嬢、止めよう。」
「まだ、大丈夫です…」
「所長も本気でストップかけるよ〜!!もうほんっと三時間最大吸引は危ないから〜!!これからも魔力はいるんだから見極めてね〜!!」
そう言われて返す言葉が見つからないまま所長が魔導吸引機のスイッチを止めて、大神官様が私の腕を取りそっと魔導針を抜くと自分でも思わぬほど気を張っていたらしく、急激な気持ちの悪さに喉からモノがせり上がってくる。
咄嗟に口を抑えると予想していたらしい所長が入れ物を私の口元に持ってくださった。
人前なのに、と頭では考えながら耐え切れずに口からモノを吐く
「用意してた簡易ベッド至急運んで〜!アクタルノちゃん我慢せずちゃんと吐きなさいね〜、もうほんっと気持ち悪いの我慢しちゃだめだよ〜気にしないで良いからね〜」
所長が声を掛けながら背中を擦ってくださる。
我慢と思っても喉からせり上がる酸いモノは気持ち悪くて結局出てしまうから、もう何も考えずに吐く
けれど、
「髪が入る。すまん、触れるぞ。」
「ッ、ゲホ、でん、っおやめ、ッ、う、っ…、」
リアム殿下に近距離から見られるのは嫌だ。
優しさだとしても何が嬉しくて好む方に吐く姿を見られ、吐瀉物に触れないよう髪を纏めて頂かなければならないのか。
生理的か感情的か判断出来ないモノで視界が歪み、リアム殿下の私を気遣う言葉に辛くなる。
「リアム君、こういう時は同性に任せなさい。」
「シリス様、」
「貴方は陛下とスカーレット様に付いてあげて。
アクタルノさんは私が責任を持って介抱するわ。」
何故最高権力第二位の御方が私の介抱をなさるのですか…侍女をお呼びください、どうか、侍女を…!
そんな思いを口に出すことは叶わず、伝わらず。
「いえ、彼女の従者に頼まれていながらこの様な事にしてしまったからには俺が責任を持って介抱します。シリス様こそ母上の傍に。」
今は離れることの方が先決です殿下。
「簡易ベッドまだ〜!?アクタルノちゃん、吐き気の他なんかある〜?頭痛い〜?痺れある〜?」
所長の問に微かに頭を動かして応える。
「頭?…頭痛いか〜、痺れはない?…ん、良かった〜!半分過ぎても最大吸引力は初めてでしょ〜!?もうほんっと冷や汗流しっぱなしだよ〜勘弁して〜!しかも王族相手に発破かけてさ〜もうほんっと肝っ玉据わり過ぎじゃない〜!?」
「ナリス所長、それは今言うべきことではないでしょう?」
「ごめんなさい〜!!」
大神官様の最もな言葉に所長がいつもの調子で謝りながら、運ばれた簡易ベッドに視線を向け、殿下へ声を掛ける。
「殿下〜!アクタルノちゃんをベッドに運んでくださ〜い!!」
「わかった。」
止めてください。
そう思うのに伝えられないほどしんどくて苦しくて、もう仕方ないと思い諦めて殿下の手が私の肩に触れた時。
「何故もっと早く連絡しないんだッ!!」
「お、オスカー殿下っ、今入られては…!」
そんな部屋の外から聞こえた声に私の醜態を見せたくない方が来てしまう…、と目を閉じる。
それと同時に確かにオスカー殿下なら即座に駆け付けそうなのに三時間もいらっしゃらなかったのは不思議だと思った。
「っ、スカーレット様…!」
父親の第二夫人という息子にしたら複雑な御方を呼ぶ声は悲痛に満ちていて、本当に王家の皆様は仲が宜しいのだと何処か冷静な頭で考える。
「オスカー、今は――――」
「兄上ッ、僕が役立つ筈だったのに…申し訳ございませんッ…!!…父上ッ、何故僕に連絡をしてくださらなかったのですか…!」
「オスカー、」
「ナリス叔母上!さぁ早く僕の魔力をスカーレット様に!以前から言っていたでしょう!?」
「オスカー、静かにしろ。」
「ッ…すみません兄上ぇえっ、アクタルノ嬢ッ!?なっ、何でここに…というか大丈夫ッ!?」
…何だか、嵐が来たみたいですねぇ。
嘆いて憤慨して驚愕して。
暗かった部屋に騒がしい音が混じって苛立ちを感じるはずなのに、この方の純粋な思いを直に感じて微笑ってしまう。
「オスカー…、貴方には私から話をしますから此方へおいでなさい。」
「は、母上…」
有無を言わせない圧をのせた王妃様に部屋の隅へ連れて行かれたオスカー殿下を気にすることなく私を抱き上げ、簡易ベッドに運んでくださったリアム殿下の表情は固い。
御声を掛けたいのに私の口から出るのは嘔吐を終えた荒い息だけ
せめて手でも繋げたらと思うけれど、私はそんなことをして良い立場ではない。
「…すまない、君にそんな顔をさせて。」
「、」
「君が不甲斐ない俺を案じてくれているというだけで心は救われてる。ありがとう、ルーナリア嬢。」
目を柔らかく細めて言うリアム殿下に、グッと胸が苦しくなる。
何故私は今一度辛い方に気を遣わせているの。
そう思うと何とも言えない悔しさを抱いた。
「…、もど、て…」
「頑張ってくれた君の傍に居させてくれ。母上には父上が付く、案ずるな。」
「……、」
「それと正直に言えば、母上に不甲斐ない姿は見せたくないんだ。」
そう言って私の額に掛かる髪に触れる殿下の手が震えていて、私はそれが私を納得させるためのモノであっても、…そうでなくても、何も言わないことにした。
「だから僕の魔力を使えば良いッ!」
そんな怒声のようにも、悲鳴のようにも聞こえるオスカー殿下の声が部屋に響く頃には私の息も落ち着き、酷い倦怠感と吐き気、頭痛が耐えられるほどになっていた。
今声を荒げたオスカー殿下は悲痛な表情を見せる王妃様と険しい顔の国王陛下を睨みつけている。
「スカーレット様が拒否を示していないなら良いじゃないですか!!僕だって…ッ、ッアクタルノ嬢に及びはしないけど、僕だって魔力量は多いです!」
「オスカー…、魔力吸引はとても危険な行為なの。貴方にそれをさせる訳にはいかないわ。」
「なら何故その危険な行為をか弱い令嬢にさせているのですかッ!!!」
「………立場が違うわ。」
「―――その考えが、僕は嫌いだッ!」
初めて見る怒りを全面に表すオスカー殿下に王妃様は目を伏せ、国王陛下はその姿を真っ直ぐ見つめていた。
「オスカー、王位継承権を持つ者の生命はこの国で決して失えぬモノなのだ。…お前に限らず、リアムにも、……我にも魔力吸引は行えん。」
力強い御声と御言葉。けれどその金の瞳に宿る怒りが自身に向けておられるのだろうとわかる。
「母様もね…、…ッ全部、全部あげたいのよ…っ!でも、国が王妃を失うにはまだ早い。側妃が必要ないわけじゃないわ、スカーレット様の権威は私と対を成す程のモノだもの。けれど、『王妃』と『側妃』の何方かを選ばなければならないのなら、……私は、この国の王妃としての判断を絶対に間違えられないの。」
翡翠の瞳からぼろぼろと涙を溢しながら、震える声で自分自身に言い聞かせるように言う王妃様の御心を痛いほど感じる。
この国の『王』と『妃』は『国』を思う者として、『国』を護る者として、自身の思いを殺せる人。
心から愛している人を。
心を分かち合える人を。
自分には救えない事実に絶望しながら、悲観はしない強さを持つこの御二人が私の暮らす国の上に立つ方で良かった。
「……聖女が居ればいいのに。」
母君の泣く姿に頭が冷静になったのか、翡翠の瞳に涙を浮かべながらポツリと呟いた言葉がやけに部屋に響く
そしてその言葉に胸が軋む。
前世と言われる記憶は殆ど失くした。
愛してくれていただろう両親も、私がどんな人間だったかも、その世界の風景も思い出も、何一つ失くしてしまった。
オリヴィアが近接戦闘で使う技が私が以前アーグに教えたものだということはわかっているけれど、その技がどういったモノなのかもわからない。
失う記憶に残念に思うけれど、私は今この時を生きている。
それだけで良い。
でも、私は忘れずにいた。
この世界には光属性を持つヒロインがいることを。
頭の片隅には存在していたその人物は、生きていく日常の中で近い未来そのような人物が現れるかもしれないと、それだけを抱いていた。
決して絶対ではない。
光属性の人間はこの数千年現れてなどいないから。
私やアーグの四大属性の特殊属性も、リアム殿下の特殊属性も、オリヴィアの歴史上初の異なる二属性だけでも歴史に残るモノだというのに、それ以上になるわけがないと思っていた。
妄想、願望。
けれど、それでも良い。
一欠片、ひと粒の可能性があるのなら。
「駄目もとで探してみるのは如何でしょうか。今王都では占いが流行っておりますもの、優秀な方がいらっしゃるかもしれませんわぁ」
そんな私の馬鹿馬鹿しい発言に皆様は一様に驚いた顔をされたけれど、否定の声は上がらなかった。
駄目もとで。何もしないより。そんな言い訳を使いながら祈る。
聖女様が本当に存在したならば、その方の人生を奪うことになるとわかっていても、願わずにはいられない私は酷い人間だ。
翌日、陛下の命により優秀な占い師が側妃様の臥せる離宮の別室に迎えられた。
側妃様の緊急時のために暫く離宮に身を置くことになった私は吐き気だけ治まった身体で魔力吸引を行おうとして、両殿下、所長に大神官様、挙句に両陛下に止められてしまい、現在リアム殿下の隣に座らされている。
私に御用意してくださった部屋で休みを取らせようとしてくださったけれど、発案者として魔力吸引をしてはいけないのならせめて此方に居させてほしいと懇願した結果こうなった。
「無理はするな。」
「御気遣いありがとうございます。」
「いつでも運ぼう。」
「まあ、うふふ。」
真剣なリアム殿下に頬に手を当て微笑み流し、案内されて来たローブを深く被った占い師に目を移す
「美しき側妃様が決して治らぬ不治の病と聞き…、驚きました……」
嗄れた老女は酷くゆっくりで、胡散臭いと感じる雰囲気をしていた。
物語で登場する占い師そのままだ。
そして今朝全国民に側妃様の事を報せた陛下は占い師の正面で威厳と風格を持つ姿で対峙していた。
「我らに出来る手立ては最早無く、手当り次第に救う手助けを乞う事にしたのだ。」
「…これは驚いた……。一国の王がそのような事をおっしゃられるとは……。」
ローブの下で僅かに見える口元だけからでも判断出来るほど驚愕している占い師の老女に陛下は微かに目を細め、リアム殿下の隣に居る私を見やる。
「自らの身を張ってくれた者の言葉に耳を傾けたのだ。…それが吉となるよう願っているぞ、王都一の占い師殿。」
「ワタシの持ち得るもの全てで占いますよ……。」
そう言った占い師は早速占いに取り掛かるようで、ローブの中から両掌より少し大きい水晶玉とその台座を取り出した。
中心が白く濁ったような水晶玉がテーブルに置かれた台座の上に置かれ、如何にもな雰囲気を見せる。
「調べたいのは……、…ほう……、聖女様が存在するかどうかでごさいますか……。」
水晶玉に皺のある手で触れた占い師がそう言い切った事にこの部屋に居る皆様が息を呑む。
本当に何も知らせず、ただ占いをして欲しいと呼んだだけなのに。
側妃様が何時まで保つという皆様が気になる事ではなく、突拍子もない聖女のことを言い当てられて本当に占いというのは存在するのだと今実感した。
「そうだ。この国に…いや、世界に聖女は存在するか。」
「その事を占い師が占わないわけがありますまい…占い師なら一度は試みるもの……。ですが今一度、占ってみましょう……。」
占い師なら一度は通る道に聖女がいるのかと感心しながら、占い師が再度水晶玉に触れて僅かな魔力の波動を放つのを見て驚いた。
何の変哲もない水晶玉が見たこともない魔力を生み出している初めて見るその現象に目を瞬く
魔法とも魔術とも違う『占い』という御技に目を奪われていると、占い師が「……なんと……!」と声を震わせた。
その声には驚愕と歓喜が多大に含まれている。
「居るのか?」
「っ、」
陛下の身体が前のめりになり、隣の殿下が膝の上で強く拳を握るのが見えた。
「今まで一度も見たことのない、魔力の光が……!これは……なんと美しい魔力……。」
「説明せよ、占い師。
―――聖女は存在するのか。」
惚けたような占い師に絶対的な風格を醸し出す陛下の声に自然と身体に力が入る。
そして、
「―――存在しています……。」
その占い師の言葉に僅かに息が止まった。
「その者は何処に居る。わかるか、占い師よ。」
「いえ、靄で魔力の光しか視えず……、」
「どうにか探れんか。僅かな事でも良い、何か手掛かりを…」
占いが真実なのかわかりはしないけれど、側妃様を救うための方法を偽りでも逃したくない。
その思いは陛下も殿下も、私も同じだった。
「方角はわかりませんか?」
手を握り締めて声を掛けた瞬間、占い師が隠れたフードからでも分かるほど勢い良く私を見た。
「…っ、氷の姫君……、貴女様は聖女様の存在を知っておられるのですか……?」
「え…?それは、どういう事でしょうか。」
「微かに、反応が……」
そう言った占い師に息を呑む。
「何故アクタルノ嬢が知っているのだ。」
「いえ、知っている……?いいえ、これは……、未来…、でしょうか……。貴女様はとても…深く…聖女様にお関わりになっておられるようで……」
占い師も困惑したように紡ぐ言葉に陛下と殿下の驚愕の眼差しが私に向けられた。
「私は未来で、聖女様と深く繋がりを持っているのですか?」
「……靄がかかって視えづらいのですが…、氷の姫君が聖女様の傍に居るのは視えております……。」
「では聖女様は確かに、確実に、存在していらっしゃると断言出来ますね?」
フードに隠れた瞳を見つめると占い師が息を詰めながら、頷く
「私との繋がりで視えたのなら私を視れば何かわからないかしら。申し訳ないけれど占いというモノに詳しくなくて…」
「はい……、貴女様を視させてください……。」
「わかりました。」
そう返して立ち上がろうとして隣から手を差し出され、お礼を言い有難くリアム殿下の掌に手を乗せて支えてもらいながら占い師の隣に座る。
「私に出来ることはありますか?」
「手を……、」
躊躇いながら伸ばされた老女の手を両手で包むように取る。
「……ッ、貴女様はとても……とても悲劇の多い、人生を歩んでおられるのですね……。」
「…まあ。占いというのは凄いのねぇ。その御力、側妃様のため、この国のため奮ってくださいな。」
緩く受け流して先を促すと、占い師は私の手を僅かな力で握りながら水晶玉に魔力を込め始めた。
水晶玉から発せられたソレはフワフワと私の周りに漂う
正面に座られているリアム殿下が咄嗟に動こうとされたのを目で止め、占い師を見つめる。
そして数分後、占い師は顎に汗を垂らす程の集中と気力、魔力を使って水晶玉から手を放す
「どうだ。判ったのか。」
間髪入れずに問い質す陛下に占い師は僅かに頷きながら、私を見た。
正面から至近距離で見た占い師のフードに隠れていた瞳と目が合い、不思議な灰色の瞳に宿る感情に気付いて繋ぐ手に僅かに力が篭もる。
「氷の姫君の未来に聖女様がいらっしゃいました……。…聖女様は多くの人々を痛みから、苦しみから救っておられるようです……。」
「ならばスカーレットも助かるか?」
陛下の掠れた喜色の浮かぶ声とリアム殿下の無表情が和らいだ時も、占い師は私だけを見ていた。
その憐れみを含む灰色で。
「けれど、それと引き換えに氷の姫君は絶望を、
―――『死』を迎えられております。」
私は記憶を憶えていない。
けれど決して忘れずにいれたことがあった。
『ルーナリア・アクタルノは悪役令嬢である。』
私は、聖女様にとっての悪役だ。
その宿命に抗うことはできないのだろう。




