側妃様
私を産んだ人を氷漬けにした後、アーグが氷を溶かして死に至らなかった彼女は目を覚まして私を視界に映した途端、頭を振り回し悲鳴を上げて半狂乱になり水魔法で私に攻撃を向けた。
それを氷らせれば途端に命乞いをして、優しく微笑みかければ奇声を上げて気絶した。
そんな彼女をお父様は抱え上げ、私に王国魔力研究所で頭を冷やすように命じて直ぐに出て行かれ、私は逆らうことなく領地を後にしたあと学園に戻らず王国魔力研究所へ向かった。
「アクタルノ公爵から聞いてるよ〜!!もうほんっと何したの〜!!?限界まで魔力引き抜けってもうほんっとビックリしたんだから〜!!!有難く取らせてもらうけど〜!!!」
私を出迎えた変人所長は嬉しそうに私を研究所の奥、魔力吸引室へ案内してくださった。
「お嬢様、わたしがお傍でずっとお世話をさせて頂きます。」
「ありがとう、オリヴィア。私は動くことが出来なくなりますからご迷惑おかけしますけれど…」
「お嬢様のお世話を出来て迷惑なんてありえません!!むしろ合法的にお嬢様に触れられるなんて…ンフッ。」
私が言うのも何ですけれど、あんな光景を見てよく私に触れられるのが嬉しいだなんて言えますねぇ…
「淑女が出してはいけない声ですよ。」
「申し訳ありません。」
嬉しくないわけないのだけれど…。
「つーか、これから魔力限界まで引き抜かれるっつーのに喜んでんじゃねーよ馬鹿。」
「それは、そうなんですけど…」
不機嫌なアーグに言われて口籠るオリヴィアも不満そうではあるけれど、あのようなことをしてこれだけで済むことが僥倖だと二人とも理解している。
魔力を限界まで引き抜く事は身体から血を限界まで引き抜く事と同等。
つまり命の危険もあるのだ。
魔力のプロが行うから見極めで死ぬ事はないけれど危険なことに変わりはない。
私があの人を氷漬けにしたことの方がよっぽど死に近かった。
そう考えて、あの光景を思い出すけれど胸は痛まないし息苦しくもなくて、私はとうとう諦められたのだと思った。
けれどそれと同時に胸にポッカリと空いた穴がグツグツと音を立てていて、聞こえない振りをする。
「でもほんっとアクタルノちゃんナイスタイミングだよ〜!!極秘だから公爵も知らないはずだからもうほんっと奇跡だ〜!!」
「まあ、何のことでしょう。」
「ん〜会えばわかるよ〜!!」
所長はルンルンとスキップでもしそうなほどご機嫌で、けれどこの方が変なのは通常運転だから特に何も思わなかったのだけれど…
「……お久しぶりでございます、側妃様。アクタルノ公爵家が長女、ルーナリアです。」
「お久しぶりね、ルーナリアさん。」
何故、このような場所に側妃様がいらっしゃるのでしょう。
研究所の奥に存在する魔力吸引室の先、ベッドで横たわるこの国で三番目に権力のある御方に一瞬息が詰まった気がする。
深いカーテシーをする私の後ろでアーグとオリヴィアがそれぞれ最上位の礼をしていて咄嗟の判断能力が素晴らしいと場違いにも褒め称えたくなった。
「楽にして良いわ。それと、この場では普段通りになさって。」
「そうそう〜!!この場ではどんな人も同等に扱うからね〜!!」
ニッコニコと良い笑顔で器具を準備する所長は説明する気はなさそうで、側妃様は顔色が悪く辛そうで話を聞く気にはなれなかった。
まぁ側妃様が普段通りで良いと仰ってくださっているのだから、気を遣うだけで良いしょう。
「はい、ではそうさせて頂きます。」
「うんうん〜!!じゃあそっちのベッドがアクタルノちゃんのね〜!!はい寝転んで〜!!はい腕出して〜!!はい準備おっけ〜!!!」
慣れたもので、言われるままにして腕に刺さる少し太い魔道具針の痛みも少ししか感じない。
私よりも痛そうな顔をするオリヴィアのお陰かもしれないけれど。
「はいじゃあスイッチオ〜ン!!しばらくこのままね〜!!下手に魔力使おうとしたら魔道具針が壊れちゃうからやめてね〜!!じゃあ後は宜しく〜!!何かあったらいつでも呼んで〜!!」
そう言うとさっさと部屋を出て行かれた所長に溜め息を吐きかけ、それはいくらなんでも…と耐えて周りを見渡すと私達三人の他には側妃様とそのお付きらしい侍女が一人だけ。
そのお付きの侍女の視線は唯一異性であるアーグに向いていて、極秘だろうと側妃様の傍に異性が居るのは駄目なのだろう。
「アーグ、学園に二週間ほど休学すると伝えて来てくれますか?生徒会にも謝罪と共に王都の有名店の菓子折りを持っていってほしいの。」
「……わかった。」
怠そうに頷きながらお付きの侍女を睨むアーグに「お願いね」と微笑み見送ると、次は深刻そうな表情で私の手を握りしめるオリヴィアに微笑む。
「私の寮室から刺繍セットと編み物道具、持って来てくださる?オリヴィア達も暇になるだろうから遊べるようにカードゲームか何かを見繕っておいでなさいな。」
「刺繍セットと編み物道具はわかりましたけど、カードゲームは必要ないです。わたしはお嬢様を見てるだけで幸せですから。」
「私が暇だわぁ。」
「わかりました!面白いの選んできますね!」
コロッと変わるオリヴィアを微笑って見送り、それだけでどこか静かになった室内で目を閉じる。
腕から強制的に魔力を抜かれる感覚はいつまで経っても慣れないし、気持ちが悪い。
「…ルーナリアさんは魔力吸引は二度目?」
「いえ、複数回しております。」
声を掛けられても動揺することなく返事を返せた。
そのために二人を離させたのだけれど…
「ごめんなさいね、私と一緒では辛いのに気を遣わせてしまうことになってしまうわ。」
「まぁ、そのような事ありませんわぁ。仰ってくださったではありませんか、普段通りで良いと。」
「……ふふっ、ええ、そうね。普段通りで良いと言ったわ。」
優雅な笑い声はどこか弱々しいけれど楽しそうで、私も自然と微笑みが浮かんだ。
赤髪赤目の妖艶な美貌を持つとても美しい側妃様、スカーレット・ロズワイド様はいつも正妃様の一歩後ろで妖艶な見た目に反したおやかに微笑みを浮かべている静かな御方。
世継ぎの出来なかった正妃様より後に嫁ぎ第一王子を産み、その後正妃様が第二王子である男児をお産みになられても惜しみのない祝福の祝いをされ、自身は息子の第一王子を王位に推す事はなく静観されている。
だからこそ活発に第一王子を排そうとする貴族が動けない一つの要因。
尤もリアム殿下が優秀過ぎるが故に反発し難いのだろうけれど、側妃様の静観は本当に何一つなさらない静観で、贅沢も我儘も何一つなく、側妃として王妃の職務のお手伝いを誠実に熟されて正に理想の側妃なのだ。
何故わざわざ王位を持つ人間に嫁いだのだと不思議がる人もいる。
私も不思議に思ったけれど想像は出来た。
子供の私が簡単に言えるような想いではないだろうけど、素敵だなぁと思う。
「ルーナリアさんは……ごめんなさい、聞いても良いかしら。」
「勿論ですわぁ。」
「ありがとう。」
視線は向けなかったけれどお付きの侍女が部屋を出たのを感じて誠実な御人だと好感を抱いた。
「貴女は何故此処に?自分から魔力を吸引するなんて自殺行為に似た事はしないでしょう?」
「罰ですの。」
「罰?」
「はい。私を産んだ方を氷漬けにした罰ですわぁ」
のんびりと、ただの世間話のように言う。
殺人未遂を犯したのだと。
今、貴女様の隣にいる人間は犯罪者だと。
それでも側妃様は特に気になされた様子もなく、
「そう。夏なら歓迎なのだけど。」
あっけらかんとそう言われた。
流石に驚いて隣に目を向けると、美しい赤が私を見ていた。
けれどその瞳に嫌悪も恐怖も感じられず、ただただ美しい赤が私を見つめている。
その瞳を見つめて思う。
この方が私の実の親だったなら、深く、深く愛してくれたのでしょうか。
「ごめんなさい、今は拭ってあげられないのよ。」
「え、」
「涙、拭いてあげられなくてごめんなさいね。」
そう言われてから滲む視界と目尻から垂れた滴が顳顬に流れたことに気が付く
今までずっと、十三年間も泣いたことなどなかったのに、一度覚えたら容易く緩む涙腺に唖然とした。
「いえ…申し訳ございません…、」
「謝ることはないのよ。泣く事は悪いことではないわ。今謝るべきは泣く子供を慰める事もできない不甲斐ない大人である私だわ。ごめんなさい。」
「いえあの、側妃様が謝ることではありません…」
「私が許せないのよ。自分勝手なの、私。だから謝罪を受け入れるも受け入れないのも貴女の自由よ、だけどやっぱり子供が泣いているのを黙って見るしか出来ないのは心苦しいわ。」
本当に顔を、瞳を悲しげに、悔しそうにする側妃様に言葉が上手く出てこない。
でも、嬉しいと感じたのは確かで。
「ありがとうございます…。」
「何故感謝するの、ルーナリアさん。私を追い詰めてるわ。こんなにも可愛らしい子を泣かせたままだなんて…!」
「まあ…。可愛らしいだなんて、嬉しいですわぁ」
「まあまあ…!…何だか元気が湧いてきたわ。今なら動けそうよ。」
「ご無理なさらないでくださいねぇ。吸引開始直後はあまり動かない方が宜しいですわぁ」
側妃様は物静かで落ち着いた方だと思っていたけれど、何だかとても面白くて可愛らしくて、優しい御人だ。
「ルーナリアさん、貴女はベッドで寝転んだ横顔さえ可憐ね…。」
「まぁ…ふふふっ。側妃様はお美しいです。」
「まあまあ…!魔力が上がった気がするわ。」
「魔道具針が壊れてしまいますわぁ」
昏い心が少し温かくなった。
四連休は自粛期間でした✌
結構更新できたのでは…!と自分を褒めます。
そして万全な!対策をして出掛けた方、家で自粛していらっしゃる方、素晴らしいと思います。
って何様じゃーい