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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園中等部編
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大切な人の死



その報せに声が出なくて、ただ固まる。


「ルーナリア嬢、」


リアム殿下の呼び掛けにも返事も出来ないほどの衝撃に私の上げていた手がぱた、と力が抜けて膝に落ちてやっと瞬きをして、口を開こうとしても息が漏れただけで。


頭を巡るのは「何故」「いつから」「お父様は」「フランさんが」そればかり。


「ルーナリア嬢、しっかりしろ。まずフランさんとは領地の屋敷で料理人をしていた方だったな?」


「…、」


頷くことで返事をして真っ直ぐ向けられている琥珀の瞳を見つめる。


「ならば今すぐ馬を用意するから紅髪と行け。」


「え、」


「生徒会の職務も落ち着いている。数日間休みをとっても問題ない。」


私の手を掴み引き上げるように立たせてくださりながらそう言い、丁度その時に訓練場へ紅色が飛び込んで来た。


「お嬢行くぞ!!」


迷いなく言うアーグは私の元へ駆けて来るとその勢いのまま私を担ぎ上げる。


体格の良いアーグに身体の小さい私を担ぎ上げ走ることなど容易だ。


「学園の馬を使え。俺が許可する。」


「わかった。」


それだけを交わし、次の瞬間には視界が驚くほどの速さで流れていた。


「あーぐ、」


「舌噛むから喋んじゃねえ!今はフランの婆さんとこに行く事が最優先だろうが!」


「………、」


頷くことも出来ず、私はアーグの首に腕を回してしがみつく事で返事をした。




学園の馬に乗り王都の道を止まることなく進み門を出てやっと湧いてくる『死』というものに、身体が震える。


この世界に生まれて一度もない、大切な人の死がこんなにも恐ろしく、恐いものなのだと知った。


目まぐるしく変わる視界の中、同じように脳裏に巡るのはフランさんとの思い出だった。





『こんな婆で良ければ。』


私が我儘を言うとどんなに忙しくとも優しく微笑み聞いてくれたのが、フランさんだった。


これを作ってほしい、と言えば『お好きなんですねぇ嬉しいですわお嬢様』とにこにこ作ってくれた。


毎日、私の身体を考えながら美味しいご飯を作ってくれていた。

それがフランさんの仕事だけれど、幸せそうに作ってくれるその姿を見るのが大好きだった。



『ゆっくりのんびり話しましょう。』


学園に入学して気づいたのだけれど、私のゆっくりとした口調はフランさんの穏やかにのんびりとした口調からだ。

それほどたくさんのお話をして、共に時間を過ごしていたと気づいた時はとても嬉しくて、温かい気持ちになった。


フランさんとの時間はいつものんびりゆったり、

柔らかくて温かかった。



『失敗はするものですよ。もう二度としないために失敗は必要なものです。』


いつも大切なことを教えてくれた。

フランさんがそう言ってくれたから、私は失敗を恐れずに魔法も勉学も人ともやってこれた。


刺繍もお菓子作りも必ず最初は失敗させてからやらせるフランさんの教育が私には合っていて、一度失敗したら二度目はなかった。


いつまで経ってもフランさんを超える素晴らしい刺繍作品も美味しいお菓子も出来なくて、それでもフランさんはいつも嬉しそうに『上手ですねえ』『美味しいわぁ』と笑ってくれた。


その笑顔が嬉しくてもっと見たくて、試行錯誤をたくさんして頑張っていた。



『お嬢様にはきっと心を開き預けられる人が現れますよ。』


それがフランさんの口癖だった。

刺繍枠と糸を手に、フライパンと油を手に、追求しても教えてはくれなかったけれど、いつも優しく笑顔で言っていた。


私が信頼を寄せるアーグを連れて領地へ戻ってからもその言葉は続いて、その意味がどうしてもわからなかった。


『心を開く人と預けられる人はまた少し違うと思うんです、婆はね、そんな人がお嬢様の傍に居てくれることを願っているのですよ。』


そう私の頭を撫でる温かなぬくもりに心地良く思いながら「出来ると良いですねぇ」と気の抜けた返事をして、しょうがない子、とでも言うように笑われていた。



いつも、いつも笑ってくれていた。


私のために何かをして、私を思って言葉を送り、


そのどれもが私を幸せにしてくれた。




「――――フランさん!」



夜通し走り続けて屋敷の使用人の寮の一室、駆け込んだ先のベッドで眠る姿に走り寄る。


「フランさん、遅くなってごめんなさい。」


手を伸ばして触れた手が、驚くほど冷たい。


それが何故なのか頭で分かっていても、分かりたくなかった。


「私、今学園の生徒会で頑張っていますの。手紙にも書いていたけれど、新しい試みをリアム殿下を筆頭に生徒会の皆さんとたくさん考えて話し合いながらしたのです。その時間が楽しくて、その期間は珍しく刺繍もお菓子作りもしなかったのです。でも、終わると反動で食べきれないほどのお菓子を作ったり、寝ずに刺繍をしてオリヴィアに叱られてしまったの。でも叱りながら美味しいって食べてくれて…オリヴィアってやっぱりどこかズレてると思いませんか?でも、そんなところが面白くて新鮮で好きなんです。」


冷たい手を包み、眠っている顔を見つめて話す


けれど眠っているからいつもの笑顔が返ってこなくて、どうしようもなくなって言葉が詰まる。


「っ、フランさん、私、頑張っていますの…」


掠れた声が、震えた声が、静かな部屋に消える。


そうしてフランさんの枕元を見て、視界が歪んで頬に何かが伝う



「枕カバー、使ってくれてたの…?」



初めてフランさんに贈った若草色の枕カバー


フランさんの好きな小さな白い花を散りばめた当時まだ始めたばかりの私が力作と言って渡した物を、ずっと使ってくれていたんだと初めて知った。



堪えきれない何かが込み上げて、言葉に出せなくて私は握りしめた冷たい掌を頬に押し当てた。


「ふらんさん…っ」


冷たい手が動くことはなくて、私は何も言えずにただただ手を頬に当てて名前を呼ぶことしかできなかった。




逝かないでと言って逝かないでくれるならいくらでも言う。


声が枯れるまで、声が枯れたって言い続ける。


でも、そんな事できるならこの世で亡くなる人なんていない。



生と死が繰り返されるこの世界を初めて憎んだ。



大切な人を連れ去って行く『死』が憎くて、怖くてたまらない。




「フランさん…!!」




大切な人が居なくなる悲しみ、苦しみがこんなにも胸が切り裂かれるような、何かが欠け落ちるようなモノなのだと知った。



たくさんのことを教えてくれたけれど、この苦しみは教えてほしくなかったと、伝えたくても伝えられない。



死とは、容易く大切な人を奪う。




夜明けが訪れていることも気付かずに、私はずっとフランさんの冷たい手を握りしめて泣いていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] おばあちゃん、だったからなぁ… 避けられない、事とは言え…。 ツラい…
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