魔力研究会
新入生が入学して数ヶ月が経ちテストも終わり、新学期で忙しかった生徒会の仕事も落ち着いて漸く来ることの出来た『魔力研究会』で私は今、とても困っていた。
「この訓練場はあたくし達『火』が使わせていただきますわ!他の方はご遠慮なさい!」
「傲慢も大概にしないか、トレッサ嬢。ここは『地』が使わせて貰うよ。」
「ははは、マムルークも使う前提じゃないか。けれどこの訓練場を使うのは僕達『風』だ!」
「あらあらまぁまぁ…『水』も使いたいのですが…どうしましょうかしらねぇ…」
学園で一番大きな訓練場を取り合うように見事に四等分されていて、上から見ると青系統、赤系統、茶系統、緑系統と分かれていて面白いと思う。
なんて思考を遠くにしている内にヒートアップしたのは短気な『火』の中等部一年生のトレッサ・レジャール令嬢
「明け渡しなさいよ!特にルーナリア・アクタルノ公爵令嬢!アナタは今日初参戦なんでしょう!?他の方々と話をしていたらどうなの!」
「先程たくさんお話させて頂きましたわぁ。皆様とても勉強熱心で素晴らしい向上心をお持ちで、生徒会役員として研究会を設立して良かったと思えましたの。」
「そう!!良かったわね!!でもこの訓練場は譲らないから!!」
「余裕の態度されて怒ってるな。」
「ガルド・バルサヴィル!!聞こえていてよ!」
可愛らしい猫目を吊り上げて叫ぶトレッサ様の迫力に慣れていない初等部生徒が身を竦ませていて申し訳なくなって、先程から思っていた事を口にした。
「折角一番大きい訓練場なのですし『火、地、風、水』で合同訓練でも致しませんか?」
そんな私の提案にざわめいていた訓練場が静まり、一斉に視線が私に向く
「いがみ合っているわけではありませんのですし、異なる属性で研鑽し合うという事も素晴らしいことだもの。学園全体で仲良く致しましょう?ね、トレッサ様、マムルーク様、オスカー殿下。」
ふんわりと微笑みを浮かべてお三方を見やり小首を傾げると、少し気不味そうな顔をして頷かれた。
「皆様お騒がせして申し訳ありません。普段から競い合っているものだから張り合ってしまうのです。今後このような事がないよう、メリハリはきちんと致しますわぁ」
「その通り、メリハリはつけるように。」
そんな声が上から聞こえてきてまたも一斉に声の主を見上げて固まる。
「あら、リアム殿下。ごきげんよう。見学に?」
「あぁ。雷はどの属性にも合わないからな、見学だけだ。見る事も良い勉強になる。」
観客席一列目に座り此方を見下ろす姿は様になっていて多くの女子生徒が頬を赤らめて悲鳴を上げていた。
絶世の美少年から絶世の美青年に変わったリアム殿下は身長も170後半という身長で、体躯もしっかりしていらして更に人気が上がっているのだ。
「兄上も一緒にしませんか!?」
「そうだな…」
オスカー殿下の呼び掛けに思案し、ふと私を見て頷いて立ち上がられる。
「ルーナリア嬢に一戦申し込みたい。」
その瞬間爆発的に盛り上がる訓練場内に反して私は気分が下がる。
「新しい後輩に水魔法の扱いをと思っていましたのに…」
「言っただろう。見る事も勉強になると。良い手本を見せるといい。」
そう仰りながら観客席から軽々と飛び降りて訓練場の中央に立たれるリアム殿下に周りのボルテージも上がっていく
やるとは言ってませんのに…。
「第一王子殿下とルーナリア嬢が試合するのは初めてじゃないか?」
「闘技祭ではいつもルーナリア・アクタルノ様と狂犬の一騎打ちになりますものね。」
「トレッサ嬢、言い方。」
「あらごめんあそばせ。オスカー殿下とガルド・バルサヴィルが狂犬に一瞬で負けていると言っているのではないのよ?」
「お前、良い性格してるな…」
「次は負けない。」
何故そこで燃え上がっているのです。
「そもそも私と殿下では勝敗は決まっておりますでしょう。」
「魔法相性なら俺が断然不利だな。」
淡々と言うリアム殿下に周りの不思議そうな目が向くと、見ればわかるとでも言うふうに私に向けて軽い稲妻を放った。
軽くとも一瞬で目の前に現れるモノに怯えることはなく無作動で水流を生み出して上に打ち上げると、雷が水流に飲み込まれて上に放たれる。
ほんの数秒の出来事に初等部生徒は瞬きして何が起こったのかと周りを見渡し、中等部生徒は目を瞠って上を見上げ、高等部生徒には殿下と私の無作動魔法操作に途轍もなく嫌な顔をされた。
「雷は水を後押しするようなものだな。時に無力化に近く消されることもある。」
「王宮魔法研究所では特殊属性同士で試合をする審査があるのですがその時にこの特性を知ったのです。私は殿下の属性と相性が悪いのですわぁ。」
「まぁ良く捉えれば威力を底上げ出来るからタッグを組むならこれ以上ないだろうが。」
そんな殿下の言葉には微笑みだけを返す
慣れたもので殿下は気にしないけれど、それでも試合はしようとなさるから困った。
「私は今日、後輩に教えるために来たのです。リアム殿下や他の方と試合は致しません。」
「……仕方ない、職務中もずっと楽しみにしていたしな。俺も今回は指導に回ろう。」
何故、貴方様は微笑ましいものを見るような………おやめくださいな皆様。そんな輝くような瞳。恥ずかしい…
「アクタルノ公爵令嬢様って可愛らしいですね!」
そう元気よく言った水色の髪と瞳を持つ初等部女子生徒に周りの初等部生徒がギョッと目を瞠る。
流石に上級生、しかも公爵家という貴族最上位の令嬢にそんな事を言っては不敬と捉えられても可笑しくはない。
けれど、
「まぁ…、ありがとう、嬉しいわぁ」
純粋に言われた褒め言葉に弱い私はほんのり熱を持つ頬に手を当てて俯きながらお礼を言う。
いつまで経っても「可愛い」「綺麗」と純粋な思いで言われると照れくさくて嬉しくて、どうにも恥ずかしいのです。
絶世の麗しい美少女の照れる姿に初等部生徒全員が絶句する中、中等部と高等部のルーナリア・アクタルノ公爵令嬢ファンクラブの会員が目をガン開きにして焼き付けていた。
結局、その後の後輩への水魔法伝授は集中力が切れて誤った方向へ放つ事数回、同じ『水』のアイサさんから戦力外通告を受けて出来なくなった。
しかも訓練場に居たら皆様の集中が途切れるからと退場を願われ、仕方がないと観客席の比較的遠くの席に座ろうと移動しようとして、訓練場の端で足元に氷を生み出して観客席まで上がると見ていた方々から感嘆の声が上がる。
私が氷属性だと国中に知れ渡ってからも私が使うのは主に水属性で、氷属性を使うのは闘技祭の決勝や日常で暑い時くらい。
人目につくことは稀で皆様の注目の的になってしまうのも当然の事だけれど…
「凄いな、俺が乗っても壊れない。」
「………何を、勝手に登っていらっしゃるのです、リアム殿下。」
ごく当たり前の事のように氷を使って観客席に上がって来たリアム殿下につい冷たい声が出てしまう。
「雷属性の特性を知られたからか、副会長がやたらと吹っ掛けて来るんだ。」
「まあ。お相手なされば宜しいのでは?」
「魔力量が勝っていなければああはならないと言う事は知られる訳にはいかんからな。」
リアム殿下の査定。
「隣国からの留学生がいらっしゃるのですか?私は耳にしておりませんが…」
留学生という密偵。
三年前から不穏な隣国バルロイズとの間柄は変わらず、陛下も中々しつこい隣国に苛立たれているけれど側妃様を思ってなのか、どうにか穏便に進めようとなさっている。
元々お互い想い合っていたのは陛下と側妃様だというのを耳にした事があったけれど、本当のところはわからない。
陛下は王妃様も同様に大切になされているから。
「表には居ないが、居るならば偽るだろうからな。三年もこのような事が続けばどちらか一方が動けばもしかするかもしれん。」
戦争、という二文字が頭に浮かぶ
「だから雷属性の特性を生徒の前で?」
「炙り出す。狙うならまずは俺だろう。生まれはロズワイドだが、母が隣国出身である限り情はあると思われているはずだ。」
「的になるおつもりですか?」
「簡単に負ける軟な鍛え方はしていないからな。」
表情一つ変えずに言う殿下はいつもより少し、苛立たれているような気がした。
どんな時も冷静沈着でその時の最善を尽くす殿下が苛立ち、どこか性急すぎる行動をされている事に違和感を感じた。
けれどそれを問う事は出来ないから、私に出来る事をしよう。
「万が一殿下が狙われた時は私がお守り致します。水属性と氷属性は相性が良いのですもの。」
「……あぁ、それは頼もしいな。」
そう表情を和らげ、僅かに口角を上げたリアム殿下に私も柔らかく微笑み返して――――
その時だった。
「あら…?」
元暗殺者である領地の見回りをしてくれている彼からの連絡用魔法である黒い球が飛んできたのは。
「見たこと無い魔法だが、君のか?」
「ええ、領地にいる従者の連絡魔法です。いつもなら夜に来るのですけれど…緊急かしら。」
目の前まで飛んできた球に躊躇うことなく触れると彼の声が発せられ、
――『領地のフランさんが危篤。』
「……え?」
大切な人の報せを耳にした。