新しい生活
放課後の茜色の時間を、私は気に入っていた。
「ねぇねぇ、ルーナリアさんは初等部の子達とどうやって関わり持とうと思ってる?」
そして、仲良くなれた一つ上の先輩、リノさんと最高学年のアイサさんとお話をするこの時間も。
「中等部一年は新入生の学園案内を承っているのでその時にお話出来たら、と思っております。」
「そっかぁ。あたしは新入生に知り合い居ないしなあ…う〜ん……難しい…。」
頬杖を付いて考え込むリノさんの柔らかな赤髪をよしよしと撫でて笑うのはお姉さん気質のアイサさんだ。
「まぁまぁ、その内何となく関わり持てたりするかもしれないし気長にね?」
「お友達の後輩と知り合って、そのまま他の子達と話をするようになるという事もありますから。」
「あ、ルーナリアさんが去年そうだったよね。」
「はい。クラスメイトが商会の娘さんで顔が広かったので、それにあやからせて頂きましたの。」
「抜かりない…」
少し羨ましそうに目を細めるリノさんがこんなふうになっているのは、今年から生徒会に初等部生徒を入れないことにしたからだ。
絶対と言う訳ではなく勿論簡単な、例えば初等部の分の書類を各クラスの担任の先生に渡すお手伝いをお願いすることはあるけれど、生徒会の仕事を一緒にという事は一切辞めた。
去年、初等部の二人が音を上げて大事な仕事を放棄した事から生徒会全員で決めた事。
回し過ぎていたのかとリアム殿下はかなり驚愕とショックをお受けになられていたけれど、そんな事はなかったと思う。
そう言えばリノさんは「上級生の教室に意見書の紙持ってくだけってのも中々怖いんだよ?」と珍しく私とリアム殿下に強めに言われて、そうなのだと理解した。
けれど生徒全員の意見を纏めた大切な書類を外に意図的に放置して寮に帰宅した挙句、翌日「他の人が持って行ってくれるって…」と悪気もなく言われたときは怒りを通り越して無になった。
もし昼寝中だったアーグや私が心配していたからと跡を付けていたオリヴィアが教えてくれなかったらそのままだった。しかもそれは他学年の生徒からも複数目撃証言があったから私が陥れたと言われることもなかったけれど、「アクタルノ先輩が…」と言われた時はちょっと驚いた。
リアム殿下が「証拠は。」と圧を向けると一瞬で白状されていましたけれど…。
けれどそんなことよりも、書類が風で彼方此方に飛んでしまって台無しになった事に怒りを覚えたのは私だけでなく生徒会全員で、自分達にも責任があったとはいえやっと貴族平民関わりなく高等部中等部初等部と生徒全員の意見を貰えたのに、と怒りを覚えずにはいられなかった。
それからは本当に必要最低限しか頼みはせず、出来るだけ自分達と少数の方に手伝って頂く形になったのだ。
この件に関しては教員方も生徒の皆様にも異論はありませんでしたし、自ら手伝いを申し出てくださる方も居たので今のところ多忙ではあるけれど苦しくはない。
本当に有り難いと思っていて、だからこそ生徒の皆様に素晴らしい学園生活を送ってほしいという思いがより一層深まった事件だった。
「はぁ…あたし、後輩出来るのかなぁ」
「あら、私が後輩では不満ですの?」
「そんな優雅にお茶飲む後輩じゃなくて、一緒に遊んで騒げるような後輩も欲しいんですー。」
「リノちゃんも言うようになったわね…」
「ほぼ毎日こんなキラキラな人と接したら度胸も付きますよ!………恐怖政治もありますし。」
「聞こえているぞ。」
「ぴゃっ!?」
身体が跳ね上がるほど驚いて顔を青褪めるリノさんに呆れた眼差しを向けるレオン先輩とアイサさんに助ける気はないらしい。
けれどリアム殿下は何もする気はなさそうだから何も心配はいらないのだけど……
「ふふ、大丈夫ですよ、リノさん。殿下の恐怖政治は皆さん理解してますもの。」
「る、ルーナリアさぁん…!」
ふるふる震える姿が赤毛の仔猫に思えて可愛い。
守ってあげたくなる保護欲を掻き立てるリノさんの手を両手で包んで微笑むと、ボッと顔を赤くされた可愛らしいリノさん
「私が守りますから、ご安心くださいな。」
「かっこよすぎるぅ………好き…!」
「まあ。私もリノさん好きですよ。」
そう言って手にぎゅっと力を込めるとさらに顔を赤くしたリノさんにくすくす微笑う
「自覚有りで口説くの止めてあげてほしい…」
「そこらの男より同性に好かれてないですか、あのタラシ後輩。」
「……誰も恐怖政治を否定しないな。」
「間違いではありませんもの。」
「恐怖を抱くような事をしたか?」
「殿下には謎の圧があるのです。慣れなければ怖く感じたりするのかもしれませんねぇ」
「圧……どう収めれば良いだろうか。」
「まずは人に微笑む事から覚えては如何です?」
「………ルーナリアさんの心臓鉄過ぎない?」
「俺らの方が心臓痛いですね。」
「強心臓……流石『女帝』…!」
そうしてたまに脱線しながらも仲良く素晴らしいチームワークで生徒会を楽しんでいる今日この頃でございます。
生徒会の職務が終わった後、アーグの迎えで寮へと戻る。
「今日は学園で何か面白い話はありましたか?」
「何も。最近女子の間で占いってのが流行っててその話ばっかだ。他はいつもみてぇにお嬢とか黄色とか緑色の王子サマの話とか、家の話とか?」
「ここ週数間、占いの話でもちきりですねぇ。」
「お嬢も占いとか興味あんの?」
「ないとは言いませんけれど、信じないかしら。
人の事なんて赤の他人がわかるわけないもの。」
「占いなんてステキー、って顔のくせにな。」
「まあ。ふふっ、どういう意味なの?」
「そのまま。顔に似合わず現実主義だなって。」
「現実見ないで何を見るの?」
「…夢ねぇなあ。オリヴィアに聞けば?オレどーでもいーし。」
そう言って欠伸をするアーグは背丈やがたいが変わっても中身は変わらず、そんな姿に安堵する。
緩く結われた紅髪も、怠そうな顔付きも、雑な言葉遣いも、どれも変わらなくて、私のアーグなんだと思えた。
けれどそれと同時に、殿下が嫌いな人種だと嘲笑う
「お嬢様、アーグ君、おかえりなさい!」
寮の自室に帰ると笑顔で出迎えてくれたオリヴィアに、擽ったさを感じながら三年の間に言えるようになった言葉を返す
「ただいま、オリヴィア。」
「飯。」
「もう出来てますから手を洗って着替えてすぐ食べれますよ。」
ニコニコ笑って言うオリヴィアは楽しそうで心の底から幸せなんだと表情に表れていて、私も釣られて微笑ってしまう。
「今日は何を作ってくれたの?」
「フランさん特製スープと白身魚のレモンバターソテーとキッシュ、セロリのサラダです。以前お嬢様がレモンバターソテーを気に入られていらっしゃったので作らせて頂きました!」
「まあ!覚えてくださってたの?嬉しいわぁ、ありがとう。フランさんのスープもすごく嬉しい…ありがとう、オリヴィア。」
「そんな!有り難い御言葉ありがとうございます…骨身に沁み渡る歓喜に泣きそうです…ズズッ」
「オレ足んねぇ。」
「ズビッ…鶏一羽焼いてるから後で出すね。」
鼻を啜るオリヴィアに一切触れる事なく流して着替えにウォークインクローゼットに入り、薄桃色のワンピースを手に取りながら先程の話を聞いてみた。
「今学園の女子生徒の間で占いが流行っているのですけれど、オリヴィアは占いってどんなものだと思いますか?」
「占い、ですか?そうですね…後押ししてくれるモノ、ですかね?」
「後押し?」
「はい、わたしも上手く言えないんですけど、悩んで一歩進めないって時に、その先に良いものがあるよって後押ししてくれる……ような?」
私の脱いだ制服を丁寧にハンガーに掛けているオリヴィアの蕩けた表情を見て、つい溢れてしまう
「それに確かなモノはないのに信じるのですか?」
「人生に確かなモノなんて何一つあるわけないんですから、気休めでも何でも後押ししてくれる存在は素敵だとわたしは思いますよ。」
「………そう、ね…人生に確かなモノなんてないですねぇ」
「いえでもお嬢様が尊いという事は人生において確かな事です。これは間違いなく外せません!!」
「まぁ、ふふっ。ありがとう、オリヴィアも私にとって外せない大切なモノよ。」
「―――――――。」
目が出てしまうんじゃないかって心配になるほど瞠って固まったオリヴィアにくすくす微笑いながらクローゼットから出ると、背後でバンッと膝を付く音と「ぁぁああぁあっ」と力強い呻き声が聞こえた。
先にテーブルに座っていたアーグが引いた顔で私の顔を見て「確信犯」と言う。
「素敵な考え方を教えてくれたからお礼に素直な気持ちを言葉にしただけですよ?」
「あっそ。つか早く食おーぜ。マジ腹減った。」
未だに聞こえる呻き声とそれに合わせてバンバンと床を叩く音に暫く続くなぁと微笑っていると、待ちきれずアーグがサラダに手を伸ばす
「駄目です。三人で食べるのよ。」
「………サラダだけでもだめ?」
「甘えないの。可愛いけどこれは譲りません。」
「チッ。…オイ、オリヴィア!!さっさと来いやお嬢腹減ってんだぞ!」
アーグがそう叫んだ瞬間音が止まり、シュバッと音がしそうな速さでオリヴィアがクローゼットから戻って来た。
「お待たせしましたお嬢様!さっ、食べましょう!いっぱい作ったのでたくさん食べてくださいね。」
「ふふっ。その前に涙と鼻を拭きましょう?」
「可愛い尊い可愛い…ッ好きです!!」
「るせぇな、早くしろって、腹減った。」
「オリヴィア作ってくれてありがとう。
―――いただきます。」
「いただきます。」
「どうぞ、召しあがれ。わたしもいただきます。」
三人で美味しい食事をして、楽しい話をして、
そんな幸せな日常を送っている。
笑みが絶えない、そんな幸せな時間がずっと続けば良いと、心の底から思う。




