チーズケーキと羞恥
「体調が悪い時にあんな変人と顔を合わせることはないだろうに。」
心底そう思っているかのように言いながら紅茶を飲むリアム殿下にどう返そうかと悩み、無難に微笑むだけにした。
それだけで察しの良い殿下はこれ以上聞いては来られないでしょうから。
事実、少し私の顔を見つめると仕方がないというように話題を逸してくださった。
「学園は君が来ない事に少々賑やかになっているぞ。早く病弱な氷の女帝のご尊顔を拝したいとな。」
「まあ…ふふっ。何ですの、その可笑しな渾名。」
「闘技祭の解説者から始まり、今では学園内で知らない者はいない有名な名だ。」
どこか揶揄いを含む目で言うリアム殿下にゆったりとした微笑みを浮かべて優雅に紅茶を飲む。
「皆様に知って頂けるなんて光栄ですねぇ。今後も身を引き締めて参りますわぁ」
「俺も見習おう。王家の一員として、模範生として恥ずべき行動はせん。」
「あら。私とアーグがその御言葉、しかと聞き届けましたよ。」
「誓いを託す相手には十分な人物だな。」
そう言って微かに口角を上げて微笑んだリアム殿下にギュ、と胸が締め付けられた。
闘技祭が終わって前会長の断罪が終わったあと、大変御迷惑をお掛けしたとき少しお話をしてから胸が苦しいわぁ…
けれどそれを表に出すことはなく、いつものように微笑み続ける。
「殿下にそう言って頂けるなんて、光栄です。」
私の言葉に僅かに口角を上げたリアム殿下にまたもギュ、と胸が痛んでふと思う。
何だか、見たことある症状ねぇ…どこで見たのだったかしら。
けれど、何故でしょう。
気づいてはいけない気がする。
「生徒会は今どのように?」
根拠のない勘を心の隅に置き話を逸らす
「ライギル先輩を中心に動いてはいるが、レオンや二年は未だに納得していないようだな。」
「あら…。あのお二人は前会長を嫌っていたと思うのですれけど…」
「気に入らないのは自分より手柄を取った後輩にだろう。尊敬する先輩が「アクタルノ嬢のおかげ」だと言って褒めているのも気に入らないらしい。」
「まあ…。」
そういう考え方になるのねぇ、なんて少し驚く
例えば嫌いな者が何か素晴らしい事を成し遂げた時は、その者の人格はともかく成し遂げた事を喜ぶものでしょう?
だって素晴らしい事をしてくださったのだから。
それが嫌いな者だったからと言って臍を曲げ、歪んだ気持ちのまま他の事に取り組む事は良い事ではないと思うのだけれど。
その気持ちは自分を苦しく締め付けるだけなのだからプラスに考え、この様な事が出来ることになって良かったと、そう思えば宜しいのに…
とは思うけれど、それは私の考え方。
押し付けるのは良い事ではないし、押し付けることでもない。考え方や捉え方は人それぞれだもの。
でも、それをいつまでも引き摺られていては困る。
「私は特殊属性の診査で今期中に学園に戻れるかわからないのですが、もし戻れたとしても私が居ては生徒会の空気が荒んでしまいますねぇ」
「気にしなくて良い。調整する。」
無表情に変わりはないのだけれどどこか圧を感じるリアム殿下を前に、初等部の先輩方に少しだけ同情してしまう。
「私が当たり障りのない程度にお二人を尊重していれば上手く収まると思いますが…」
「それがあの二人の為になるなら何も言わないが、ルーナリア嬢はどう思う。」
「…いえ、差し出がましい事を申しまして、申し訳ございません。」
「後輩として先輩を思っただけだろう。だが、これ以上君にばかり面倒…、……労働をさせる訳にはいかないから俺に任してくれ。」
「取り繕うにしても他に言い様があったのでは?」
面白くて口元に手を当てくすくす微笑っていると、コンコン、とノックされる。
リアム殿下にお伺いすると頷かれ、アーグに視線を移すと怠そうな顔をしながら扉を開けに行く
そして開かれた扉の先には茶色い髪の青年がティーカートを持って爽やかな笑顔を浮かべていた。
「まあ、ケルトル様。ごきげんよう。」
「こんにちは、アクタルノ嬢。お身体の調子は如何ですか?」
「ええ、もう平気ですよ。ご心配お掛けして申し訳ありません。お心遣い、ありがとうございます。」
いつものように微笑むと爽やかな笑顔にホッとした様子を見せたケルトル様にほんわかとした気持ちになっていると、ふと目に入ったソレについ声を上げてしまった。
「まあ…!」
私の好きな王宮シェフが作るチーズケーキがティーカートに置かれている。
もしかして…もしかしなくても、私に…?
「ルーナリア嬢と話をしようと用意したが、あまり体調の良くない者にはキツイだろう。ケルトル、下げるように伝えてくれ。」
「……承知致しました。」
ケルトル様のやっぱり体調悪いんじゃないか、という少しジトっとした眼差しに微笑み、「あら。」と頬に手を当てる。
「体調が悪いだなんて…そんな事ございませんよ。折角リアム殿下が御用意してくださったんだもの、頂きたいですわぁ。」
「お嬢、食いてぇだけだろ。」
「王宮シェフの作るチーズケーキなんてお茶会やパーティでしかお目にかかれないのだもの。」
アーグの率直な言葉に率直に返しながら、ちょうだい?と言うふうに態とらしく小首をこてん、と傾けて悲しそうに微笑むとまだ私に甘いケルトル様が「うっ…」となる。
そのまま気不味そうに目を逸らされ、リアム殿下を見たケルトル様に習い殿下を見て、効かないかしら。とまたも態とらしく小首を傾けて困ったように微笑むと、少し呆れたような微笑みを浮かべられた。
「……この半分のサイズだけだ。」
「まあ…!ありがとうございます、リアム殿下。私が準備致しますわ。」
そう言って廊下で待っているであろう侍女を呼び出されてキッチリ半分に分けられてしまう前にと立ち上がり、ティーカートまで少し早歩きで向かい少し渋い顔をしているケルトル様からティーカートを受け取りテーブルまで運んだ。
チーズの味が口の中で滑らかに広がりほんのり甘い香りがして、下地のサクッとしたクッキーシートがとても良いアクセントになって……まさに至福。
「…本当に好きだな、ルーナリア嬢は。」
「とっても美味しいんですもの、王宮シェフのチーズケーキ。」
「そうか。」
柔らかい声で応えてくださるリアム殿下は既に一切れ食べ終わっており、優雅に紅茶を飲まれている。
私の方が勿論小さなサイズなのだけれど、ゆっくり味わって食べていると遅くなってしまう。でも仕方がないと思うの、美味しいんだもの。
「それにしても、ルーナリア嬢は紅茶を淹れるのも上手だな。美味い。」
「ありがとうございます。お口にお合いしたようで安心致しましたわぁ。」
「好みだ。とても美味い。」
微かに頬を緩ませて言うリアム殿下に微笑みを浮かべ「光栄です」と無難に返してチーズケーキにフォークをいれる。
カツン、とお皿に当たった音に合わせて口を開く
「リアム殿下の中での私は立派にチーズケーキ好きですのねぇ」
「…そうだな、俺の中でルーナリア嬢が嬉しそうにチーズケーキを食べている姿は常だ。」
そう言われ驚いて思わず見つめてしまう。
それに対して訝しげるでもなく平然と見つめ返されて、私の方が目を逸らしてしまった。
「私、そこまで食い意地張っていますか…?」
態としょぼん、としたように言えば「そのような事はない。」と言ってそつなく話題を変えてくださると思った。
そう、思ったのに―――――
「あぁ。だが、そんなところも可愛いぞ。」
「え…?」
今、何と仰られました?
『そんなところも可愛い』と聞こえましたが……?
あれ、……え?………えぇ?
「……まぁ、うふふ。」
秘技。困ったときは微笑って誤魔化す。
「本当に嬉しそうに食べる姿は好印象だ。他の令嬢はパーティやお茶会で食べないから新鮮でもある。」
「……まぁ、うふふ。私も余り食べる方ではございませんわぁ」
「だが出された物は全て食べているだろう。量が多い時に食べ切れなくても必ず三口は食べて、シェフに感謝と感想を言っている。シェフはそれがとても嬉しかったと言っていた。」
「……まぁ、うふふ。本当に美味しいですもの。」
「味の好みの違いはあるだろうが王宮の料理は一流だからまず間違いはないだろう。それでも感謝を述べる相手は作る者ではなく出した者、招いた者にだ。それは必要な事だろう。だがそれでも作った者に礼を述べる事を大切にしているルーナリア嬢が素晴らしいと思う。」
「……まぁ、うふふ。光栄です。」
何ですの、この状況。
リアム殿下、何故真顔で言えますの?
ケルトル様、何故深く頷かれていますの?
アーグ、何故ニヤニヤしているの。あと摘み食い。
本当に、何なんですの。




