保護対象
暫く経って落ち着いた後、私はアーグと共に用意された馬車に乗り見慣れた場所へやって来た。
ロズワイド王国魔力研究所本部。
主に高魔力保持者や稀有なオリヴィアの体調管理をして魔力を研究する国家機関。
幼少期から私は高魔力保持者として連れて来られていたし、お父様のお仕置きとして魔力を限界まで吸うために連れて来られたこともある。
今まで何故研究機関の人間が私の氷属性に気づかなかったのかは些か疑問だけれど納得もしてしまう。
目の前の人物がその筆頭。
「もうほんっとビックリしたんだよ〜!?学園の闘技祭でアクタルノちゃんが氷の魔法を使ったって聞いてもうほんっと心臓飛び出ちゃうかと思ったんだから〜!!もうほんっと何で今まで教えてくれなかったの〜!?私とアクタルノちゃんの仲なのに〜!!もうほんっと泣いちゃう〜!!」
「申し訳ありません、所長。私皆様が知っていらっしゃるとばかり思っておりましたの。あれだけ私の魔力を使って研究なさっていたのですから何かしらの違和感などはあると思うのですけれど…。あ、ごめんなさい…余り詳しくなくて…失礼なことを言ってしまいましたか?」
「遠回しに馬鹿にされてる〜!!もうほんっとアクタルノちゃんってば面白いんだから〜!!気づけなかったのはアクタルノちゃんの初めて見るほどの高魔力に魅了されて〜!!あとアクタルノちゃんの美し過ぎる美貌〜!!」
ケタケタと笑うのは王国魔力研究所の所長を務めるナリス・サンディア様。三大公爵家の内、”風の公爵家”と呼ばれる家の末子様で、魔力愛好家などと自称する変人…変わった御人。
御歳二十五歳の独身女性。見た目は凛々しく綺麗で所謂『残念美女』と呼ばれる人種。
研究所の独身男性が見た目だけなら…!と悔しがるような人で、本当に中身が残念な人なのだ。
「高魔力ならば特殊属性に変わる可能性もあるはずでしょう?何も思われなかったのですか?」
「興奮しちゃって頭回らなかったんだよ〜!!相変わらずの美しい高魔力〜!!舐めたいな〜!!!」
「止めてくださる?」
この方は本当に舐めてくるから困る。
初見は冗談かと微笑っていたら腕から肩にかけてと頬を舐められたからもう二度と御免被りたい。
公爵令嬢として教育されているはずなのにこの方は本当にどこか頭のネジが外れている。
「冷たい眼差したまらないな〜!!ねえねえ〜!!氷魔法使ってよ〜!!」
「この場で宜しいのですか?」
「勿論〜って言いたいところなんだけど何か駄目っぽいから広いとこ行こっか〜!!ほらほらいっそげ〜!!」
ウキウキとスキップして行かれた所長に息を吐きたくなるのを堪えて後に続く
ちなみに、ここまで一度も声を発していないけれどアーグは私の後ろに控えている、と言うより隠れている。
理由はアーグも所長の被害者で、私よりも色々されていたからである。私が守ってあげなくては。
「でもほんっと、アクタルノちゃんとアーグちゃんが特殊属性持ちだなんてびっくりしたよ〜!!オリヴィアちゃんも世界初の二属性だし〜!!この代は珍しいのが多いのかな〜!?良きことだ良きことだ〜!!研究のしがいがある〜!!」
道中嬉しそうにスキップしている一応公爵家の御令嬢の何とも言えない姿にも私の微笑みは動じない。
「特殊属性を持つのは私とアーグ、そして雷属性であるリアム殿下ですねぇ。歴史には三人もの特殊属性を持つ人物が同じ世代に揃う事などありませんでしたから異常とも思えますねぇ」
「そうなのそうなの〜!!もうほんっと信じられない事態だよね〜!!陛下も慌ただしくされてるから隣国から何かあったのかもしれないね〜!!」
「バルロイズ王国ですか?」
私達の国、ロズワイド王国の隣に位置するバルロイズ王国は医療に長けた国であり、その医療の知識は万人を救うと謂われているほどに高度で、それに伴う技術も持つ国だ。
敵に回せば厄介で、味方に居れば心強い存在。
周辺国だけでなく遠く離れた国でも望む王国。
けれど彼等は医療の知識と技術を他言せず、それら全てはバルロイズ王国にしか伝わらない。
外交官を担う方が「どいつもこいつも面倒で嫌味」だと顔を顰めるほどに曲のある方々らしいけれど…
「バルロイズ王国から此方に話とは…側妃様宛にでしょうか。」
「かな〜!?側妃様は唯一バルロイズから他国に嫁いだ方だしね〜!!何か情報寄越せとか高魔力保持者を寄越せとか言ってきてるんじゃないの〜!!」
「まあ…。魔力を使っての医療が多いと言うのは事実なのでしょうかねぇ?」
「私は知らないけど〜!!でも高魔力保持者が欲しいのはどこの国でも同じよ〜!!戦にも役立つし〜!!もうほんっと研究にも役立つもの〜!!他国への牽制ってのも大事だしね〜!!陛下も手放したくなくて必死なんじゃないかしら〜!!私もアクタルノちゃんやアーグちゃんを手放したくないもの〜!!お義兄様頑張って〜!!って感じ〜!!」
地は賢くていらっしゃるのだけど、やっぱり何処か残念で微妙な人ねぇ…。
王妃様の実の妹様とは余り思えないわぁ
「どっちにしろ特殊属性の使い手なら高魔力保持者よりも重要だから保護対象間違い無しよ〜!!」
「そうですねぇ」
「私が徹底的に研究して陛下に価値あるものだって証明してあげるわ〜!!もうほんっとまかせてちょーだいよ〜!!」
「ありがとうございます。」
「アクタルノちゃんに感謝されて嬉しい〜!!お姉さん、アーグちゃんにも感謝されたいな〜!!」
「私の従者に不必要な接触は止めてくださる?」
「きゃっ〜!!冷たい眼差しありがとう〜!!さぁさぁ〜!!その冷たい眼差し、ホンモノにしてちょーだいな〜!!!」
獲物を見る目をする所長にいつものように柔らかい微笑みを優雅に浮かべ、広い訓練場のような場所へ足を向けて歩き出す。
隣には変人さんから離れて少し安堵しているアーグが居て特に緊張もしない。
「氷魔法と炎魔法をぶつけ合えば宜しいですか?」
「もっちろ〜ん〜!!!見せてくれるなら何でもいいよぉ〜!!!!出来ればすっんご〜い魔法をお願いね〜!!!」
大興奮で両手を振る人を視界から外し、アーグに向かい合う
「まだ本調子ではないから軽く相殺するくらいでいきましょう。」
「んー」
「では行きますよ。」
瞬間、私とアーグの間で氷と炎がぶつかり拮抗した後、辺りを湯気と霧が包む
上手い具合に相殺出来たと思っていたら、歓喜の悲鳴のような奇声が聞こえて苦笑する。
「間違い無く他国への牽制に値する力よ〜!!!保護対象間違い無しよ〜!!!!この先ずぅううっと私が貴方達二人を研究し続けられるわ〜っ!!!!タマラナ〜イッ!!!!!」
「アレ大丈夫かよ…」
「研究者として一流なのは間違いないもの。それに頭の良い方は他とは少し違う変わった人格の者が多いと言うでしょう?」
「知らねーけど…それブーメランじゃねぇ?」
呆れ顔のアーグに「まぁ」と不満を全面に表してみたけれど気にする様子はなく怠そうにしている。
「そろそろお嬢休まねーとまたぶっ倒れっぞ。」
「私そこまで虚弱では…」
「顔色青いくせに何言ってんだ。……オイ変態女、お嬢休ませるから部屋―――聞いてねぇな。」
離れた場所に居る所長はついには五体投地して咽び泣いて喜んでいる。あれでも公爵家の御令嬢………と言い切りたくないのは何故かしら。
けれど困りましたねぇ…いくら変人と言えどこの研究所のトップに断りもなく部屋を借りるわけにもいきませんし…
そう思っていると、所長の後ろから見慣れた方がいらっしゃった。
王の血族である証の金髪に琥珀の瞳を持つ、私とアーグ同様に特殊属性を持つ御方――――
「変人は無視して良いぞ、ルーナリア嬢。」
「まあ。ごきげんよう、リアム殿下。」
我が国の第一王子リアム・ロズワイド殿下が呆れたような無表情で変人所長を見ていた。
保護対象三人揃いという所長には贅沢な光景にキャパオーバーしたのか、奇声を発して涙を流して地に伏している姿は何故だがとても不安になってしまう。
本当にこの方が王国魔力研究所という国家機関の所長という立場で良いのかしら…。




