呼び出し
闘技祭が終わり、疲れが溜まっていたのか一週間程寝込んでしまった。
その間オリヴィアが寮の私の部屋で付きっきりの看病をしてくれて、アーグも常に私の部屋に待機してくれている。
公に特殊属性である氷を扱う事が出来るのだと知れ渡り、以前とはまた違う刺客が来ることもあるかもしれないと私とアーグ、双方の一致で守りを増やして、結果増やして正解だったと数日でわかったのにはアーグと二人で嘲笑った。
「もう熱は下がりましたね。」
「ありがとう、オリヴィア。」
「いえ、わたしもお嬢様にたくさん触れ――接する事が出来て嬉しいので!」
頬を赤らめて心底嬉しそうに言うオリヴィアはとても手際良く私の身体を拭いたり、身体を動かす時や食事の補助をしてくれた。
妹さんが体調をよく崩す子だったから慣れているのだと少し寂しそうに笑っていたけれど、感謝の言葉を伝えると嬉しそうに表情を綻ばせていたから深く何かを言う事はなかった。
「でもあんまり無理しちゃ駄目ですよ?お嬢様は熱が出ると中々引かないみたいですし…」
「今回は慣れない事をして疲れてしまっただけですから…今後は気を付けます。」
「そうしてください。」
一週間の看病のおかげか肩の力を抜いて接してくれるようになったオリヴィアが私を困った子を見るかのような目で見てくるのが少し気恥ずかしい。
「お嬢の気を付けるは説得力ねぇから。」
部屋の窓枠に腰掛けて呆れを含んだ声でアーグに言われてしまい、そんな事は…と言い掛けて口を閉ざす。それはアーグも同じで、怠そうに窓に凭れていた身体を起こしてベッドに座る私の傍に付いた。
そんな私とアーグの変化にオリヴィアが表情を固まらせた時、部屋の扉が許可も無く開く
「ごきげんよう、お久しぶりねぇ、マーカス。主人の娘の部屋に断りもなく入るなんて失礼ですよ。そうでなくとも仲良くもない異性の部屋に入るとは感心致しませんわぁ。」
「旦那様がお呼びです。早急にご準備を。」
二十代の執事服を身に纏う青年が私に挨拶もなく、言葉に対しての返事もせずに言う態度にアーグが舌を打ち、オリヴィアが表情をストンと無くす
それに対し眉を僅かに動かしただけのお父様の専属執事であるマーカスは私を睥睨する。
本当にお父様を好く方は私が嫌いですねぇ
「お父様から文は届いておりませんが。」
「旦那様はお嬢様と違いお忙しい方なのでお時間が空くのは稀なので急にもなりましょう。それに親に合わせるのが子でしょう?」
「まあ。主人の時間を作る事も出来ませんの?」
微笑みを浮かべわざと馬鹿にすればマーカスはわかりやすく顔を顰めて私を睨む。
「お父様はお忙しくて躾けも出来ていないようで。その多忙さには尊敬致しますわぁ。」
「……糞ガキが。」
低く呟いたその言葉は静かな私の部屋でしっかりと音となり耳に届き、二人はそれぞれに怒りを表している。
堪り兼ねたオリヴィアが口を開こうとして遮るように名前を呼ぶ
「オリヴィア。」
「…はい、お嬢様。」
「支度をするから手伝ってくれますか?アーグ、部屋の外へ。良い子で待ってなさいね。」
そう言うとアーグは怠そうに背を向け私を睨み続けていたマーカスと共に部屋を出た。
私の仔猫は賢い子だ。それに躾けは行き届いているから心配はない。
扉が閉まった瞬間、私の着替えのため部屋に残ったオリヴィアが声を上げる。
「何なんですかアレ!?お嬢様に対してなんって態度とるんですか!?アレ、お嬢様のお父様の執事なんですよね!?主人の娘であるお嬢様にあの態度って普通ありえないですよね!?」
「まぁ、ふふふ。落ち着いてくださいな、オリヴィア。あの程度で腹を立てていてはこの先胃に穴が空いてしまいますよ。」
「何で微笑ってられるんですか!?」
「慣れかしら。」
のんびりと返しながらサイドチェストに手を付いて立ち上がる。
寮は全室カスタマイズ自由な部屋なので、私の寮部屋は全て私好みの配置、色彩でとても居心地の良い空間だ。
学園内は基本従者や護衛を付き従えて生活する事はないけれど、王族や高位貴族の生徒は安全面を考慮して寮の部屋は少し広めのものを与えられる。
基本は2Lのユニットバスの付いた部屋だけど、私の使わせて頂いている部屋は2LDKの少し大きなユニットバスではない部屋。
私だけでなく侍女が寝泊まり出来る部屋と、護衛が待機する部屋が追加されており、寮の食堂での食事が憚れる時の為にキッチンが備え付けられている。私からしてみれば最高過ぎるもの。
このおかげで好きな時にご飯やお菓子が作れるからとても助かっている。防音性が高いので何時に何をしていても迷惑にはなりませんし、匂いは室内で留まるから気兼ねなく出来て嬉しいのだ。アーグが居てもスペースは広いため窮屈にはなりませんし、オリヴィアが増えても窮屈にはならない広い有り難いお部屋。
公爵家に生まれて初めて嬉しいと感じた事である。
「どのようなお召し物を?」
「締め付けのないものを。」
「畏まりました。」
オリヴィアに支えられて入ったウォークインクローゼットの中、普段着であるワンピースの隣に外行き用のドレスが並ぶ
手前には小物の棚と靴棚を置き、その近くにドレッサーを置いてもスペースがあるくらいの広さで私のお気に入りである。
着飾るのは幼い頃から好き。それは変わりない。
折角のこの容姿を磨かなかったり使わないなんて勿体無い事はしない。今までは一人で自分の手入れをこの場所でして来たけれど今後は年上残念侍女見習いのお姉さんと楽しく出来ると良い。
「このライトブルーのワンピースは如何ですか?」
「素敵だけれど、お父様に面会するのならばドレスを着なくてはいけないの。」
「え、でも、親に正装ってするものですか?」
困惑顔のオリヴィアに私は何と返して良いのか少し戸惑ったけれど正直なことを言う。
「アクタルノ家では家族だからという考えはないのですよ。お父様とお母様にお目通り願っても叶わない事ばかりですから、年に数回お目にかかる時には着飾り公爵家の娘であるという自覚を持っていると体現していますの。」
「年に数回…」
悲しそうに呟いた優しい彼女に微笑む。
「貴族ではよくある事ですから。お父様は王宮での職務に加え領地経営もございますし多忙なのです。あの方が仰ることは間違ってはいないのですよ。」
「そう、なんですか…」
「ええ。…オリヴィア、あちらの淡い黄色のドレスにします。手伝ってくれますか?」
「あ、はい!」
沈んだ顔をするオリヴィアに頼むと切り替えて動く姿に少し安堵した。
まだ話すには早かったかしら、と肩に流れる三つ編みに触れてドレッサーの鏡に映る私を見る。
お母様譲りの銀髪とお父様譲りの水色の瞳。
いつも浮かべている柔らかい微笑みを無くせば、いつも無表情なお父様に似た顔立ちだとわかる私。
いつも結ぶ三つ編みを解いて肩に流せば、髪を肩に流す本の虫なお母様の雰囲気に似ている私。
今より幼い頃はそれが嬉しかったけれど、今はそんな事を思うよりも、悲しみの方が際立つ
最後に姿を見たのはいつ?
最後に話しかけられたのはいつ?
最後に笑顔を向けられたのはいつ?
鏡越しに二人の面影を強く見せる私の可愛い顔が、時に苦しくて仕方ない。
「お嬢様、このドレスすっごく可愛いですね!」
フリルがふんだんに付けられた淡い黄色のシフォンドレスを持ってニコニコ微笑むオリヴィアに、ふわりとしたいつもの微笑みを向ける。
「どのような髪型が合うと思いますか?」
「そうですねぇ…ハーフアップも良いですし、団子もツインテールも合いますよ!何てったってお嬢様は可愛いですから何でも合います!」
「まあ。ふふ、ありがとう。では、ハーフアップにしましょう。アレンジして編み込みで。」
「畏まりました、お嬢様!」
嬉しそうに私の髪に触れてでろりと表情を溶かすオリヴィアにはもう何も言わず完成するのを待つことにする。
お化粧は女性の鎧と言うけれど、私は着飾る事が鎧であり武器だと思う。
可愛い自分は自信が付くから。




